表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/5

第二話

(……この方は何が言いたいのでしょうか?)


 国王が一人決意を固めていることなど知るよしもないセシリアは、エリックとの会話をニコニコしながら聞き流していた。

 セシリアにとって、他人とのコミュニケーションとは治癒の奇跡を使うことだ。それ以外で他者と関わることは極力禁止と言いつけられており、今だって相手が王族だからと護衛の者が下手に口を出せないから延々とエリックが話し続けているという形になっているだけである。そもそも話をするつもりすらないのであった。


「――というわけで、今度個人的にシラ山へ遠乗りにいかないかい?」


 エリックはそんなセシリアの様子が全く見えていない様子でデートに誘っていた。

 その理由すらセシリアの頭には入っていないが、長々と話した内容を纏めると『この前近くの山に行ったら綺麗な花が咲いていたから見に行かない?』というだけの浅い理由なので別にセシリアが特別なわけではないのかもしれない。

 どちらにせよ、聖女としての回答は決まっているのだが。


「申し訳ありません。私には使命がありますから」


 何かの誘いを受けた場合、こう答えろとセシリアが厳しく教育されている。

 教会の外に出ることは極力控えるべし。もし茶会などに誘われた場合は一端聖女の使命を理由に断り、後で教会上層部が有益だと判断した場合のみ許可が下りる――というルールである。


 しかし、そういった事情などエリックには関係がない。全ての女は自分に惚れているのが当然であり、そもそも断られることなど想定すらしていない男にとってその返答は不愉快というレベルではないのである。

 これまで何度も似たようなことを繰り返し、その度に断られてきた屈辱。それが蓄積し、いい加減に我慢できなくなってきているのだ。


「君はいつもそう言うけど、一日くらい休みはあるだろう?」

「休み……? ですか?」


 食い下がるエリックだが、セシリアは不思議そうに首を傾げるだけであった。

 なにせ……本当にセシリアに休みなどない。日々金持ちからの依頼を受けた神官達にこき使われ、金持ちからの依頼がないとしても庶民の治療で引っ張りだこなのだ。

 金持ち達が払うような大金を庶民が払えるはずもないのだが、そもそも教会は『金を払わないなら奇跡は与えない』とは言っていない。例え無一文の貧民であっても、教会は救いを求められれば手を差し伸べるのである。

 金持ちからの多額の寄付金はもちろん大切だが、その他大勢の端金とて数を集めればかなりの収入になる。ならば、庶民からの人気だって取るのは当然の判断だ。


 ただし――優先順位というものがある。

 現状、癒やしの奇跡を行使できるのはセシリアただ一人。つまりどうしても順番待ちというものが発生し、セシリア本人の体力などの問題も含めて救いを求める者全員を必ず救えるというわけではないのだ。

 そして、時間を待てば必ず救いを与えられるわけでもない。奇跡の順番待ちは早い者勝ちの予約制ではなく、献金という形で日頃からどれだけ教会に尽くしているかで前後する方式なのである。一度に大金を動かせる金持ち達は何かあったときにすぐ治療予定をねじ込むことができ、それができない庶民達は自分よりも教会へ金を払っている者がいなくなるまでただ待つしかないということだ。


 そんなシステムで動いている以上、セシリアに休みなどあるはずがない。

 病人も怪我人も毎日当たり前に発生しているのだから、こうして王族から呼び出しを受けた~ということでもない限り、常にスケジュールは短時間の食事睡眠入浴以外は奇跡の時間で埋まっているのである。

 そう――聖女として教会に招かれた時から、言葉を飾るのを止めれば親元から拉致されたその日から、セシリアに休日なんてものはただの一日もなかったのである。


「……そうか。もういいわかった。行ってよい」

「はい……? 畏まりました」


 そんな事情のことなど全く知らない、調べようとも思わないエリックはどこまでも自分を虚仮にしているのだと受け取った。

 そうして、女を口説くとき用の笑顔をかなぐり捨て、憎しみを露わにした表情でセシリアに出て行くように告げたのだった。


(ふざけおって……! 貴様がそのつもりなら、もはや容赦する必要もない。未来の王を愚弄した罪、その身で味わってもらうぞ……!)


 エリックにとっての理想は、セシリアを自らの影響下に置き利用することだった。

 しかし、穏便な手段でそれが叶わないならもはや邪魔なだけだ。もし王位を争う他の兄妹がセシリアを手に入れてしまえば厄介なことになるし、そうでなくとも教会の影響力がこれ以上強くなるのは王家としても不利益でしかない。

 ならば、力で手に入れるまで。それも王族としての権力ではなく――もっと単純な暴力によって。


「例の計画を実行する。すぐに連中に指令を出せ」

「御意」


 自分に与えられている執務室に戻ったエリックは、腹心の部下に言葉少なく命令を与えた。


 例の計画――その内容は、聖女拉致計画。在野に存在する金次第でどんな汚れ仕事でも引き受ける犯罪組織に依頼を出し、聖女を拉致するというものだ。

 そうすることで、切り札を失った教会はその力を大きく落とすだろう。それどころか、神の子とまで宣伝しているセシリアを守れなかったと責め立てる口実にだってできる。

 更に聖女そのものを所有することができ、癒やしの奇跡を独占することもできる。その手札の価値は計り知れないものになるだろう。

 もちろん、聖女を拉致しましたなどと公にすることはできないが、癒やしの奇跡を自分の手中に収めることができるというだけでも十分利用価値がある。公にはせずとも、具体的なことは言わずとも、いざという時『万能薬』という商品を持っていることで得られる権力は天井知らずなのだから。


「ヴィットーの生臭にも伝えておけ。タイミングは奴に任せる」


 そして、この計画に欠かせないもう一人の主要人物。それはセシリアの世話役、一部の者の間では飼い主と呼ばれる汚職司教ヴィットーである。

 あの男さえ協力者として抱え込めば計画は半分成功したようなものであり、護衛をなくし聖女を丸裸にすることも容易だ。

 今現在聖女の力で甘い蜜を吸っている男をどうやってこの計画に加担させたのかについては……どこまでも金と利権である。

 要するに、ヴィットーは聖女を利用して金と権力を得ることが望みなのだ。しかし所詮ヴィットーは運良く奇跡の力を持つセシリアを見つけただけの男であり、いつ他の司祭や神官に今の地位を奪われるかわからないという不安は拭えない。そこにつけ込み、より楽に、より甘い蜜を吸えると囁けば容易く転ぶのだ。

 もちろん聖女を攫われましたとなれば世話役として責任を問われることになるだろうが、今の地位を捨てるだけの対価さえ支払えば欲望だけの人間は面白いように踊るはずだとエリックはほくそ笑んだ。


(実際にくれてやるかは別問題だがな)


 計画では、ヴィットーは聖女誘拐事件の際に死亡することになっている。もちろん死を偽装するという意味であり、実際にはエリックの庇護下に入るということだ。

 後は適当な名前と来歴を作り、未来の王として君臨するエリック政権の重鎮の一人として雇用してやるという契約になっているわけだ。

 世話役の立場を利用して横領と賄賂で潤うよりも、王の側近の地位の方が美味しい。つまりはそういうことである。


 しかし、所詮は金で裏切る愚物。そんなものを本当に懐に抱える気など毛頭ないエリックは、本当に殺してしまってもいいかななんて考えているのであった。


(この契約書がある限り、奴は私に縋るしか道はない。適当に利用して、その内処分するのが妥当なとこころか)


 エリックは自らの机の引き出しから一枚の書類を取り出した。

 それは、聖女拉致計画に協力するとヴィットーのサインと判子が押された契約書であった。いざとなればエリック王子に従いますと誓うものであり、もしエリックの計画を外に漏らせば道連れになる致命的な証拠というわけだ。


 コレがある限りヴィットーが自分を裏切ることはない。エリックは嫌らしく笑い、書類を再び引き出しに戻すのだった。


「くれぐれも私が裏にいることを悟られないようにな」

「はっ!」


 最後にエリックは配下に一言付け加える。

 ヴィットーを契約で縛っていることからもわかるが、もしこの計画が露見した場合立場を失うのはエリックだ。民衆からも貴族からも奇跡の担い手として高い人気と知名度を――それこそ王族すら凌ぎかねない人気者であるセシリアを誘拐し、独占しようとしましたなんて知られれば王族の地位を失い、罪人の汚名と共に表舞台から永久追放されるのは間違いない。

 だからこそ、絶対にこのことは露見しないようにと強く言い含めるのであった。


(――陛下に報告を)


 そんな会話を、国王リチャードが派遣した監視者が聞いていることなど想像すらできないままに……。



 そんな愚か者達の計画は、その良心によって阻まれるなどあるはずもなく実行に移される。

 狙うのは最後に王宮へ招かれてから一月が過ぎた頃。本来神殿に軟禁されている聖女セシリアは、何故か世話役ヴィットーの命令で『清めの儀式』とやらを行うために人里離れた山へ向かうため馬車に揺られていたのだった。


(なんでしょうね? 清めの儀式って?)


 ヴィットーが言うには、聖女の力を高める神聖な湖がある……ということであり、聖女に任命された者は十年に一度その湖で儀式を行い穢れを払い力を高めるのが義務ということであった。

 そんなことは初めて聞いたセシリアであったが、確かに聖女となった四歳から数えて今年で丁度十年。元々疑うという機能を持たない少女は、そんな世話役の適当な言葉を信じて素直に馬車に揺られるのであった。


 もちろん、そんな儀式はヴィットーが即席ででっち上げただけの法螺である。


(本当に、都合のいい小娘だ……。このままエリック殿下の下に行ったとしても、この聖女様は私の言葉を疑うことなく働いてくれるだろう。聖女を本当の意味でコントロールできるのは私達神官だけ……。しかし聖女の行方を他の神官に漏らすことなどできない以上、エリック殿下は私を重用せざるを得ないわけだ)


 聖女セシリアを見ながら、ヴィットーはそんなことを考える。

 ヴィットーとて、全てが終わった後口を塞ぐためにエリックが自分を殺しに来る可能性は考えていた。

 そんな愚考に対し、ヴィットーが切る手札こそが『聖女の支配権』だ。確かに聖女は自分で考えることをせずにただ命令に従うように躾けてあるが、それはあくまでも『上位神官の命令に』である。

 神官だとしても下位の神官(ようぶん)が何を言っても『司教様に確認します』と上役の許可を得ることを優先するように躾けてある。当然、教会外の人間も同様であり、誰に何を言われようとも司教以上の教会関係者の指示を最優先するように教育が施されているのだ。

 とはいえ、教会の人気取りのための看板でもある聖女が何かのミスで単独になってしまい、一人の時助けを求められたのに見捨てた~というのも外聞が悪い。そこで、周囲に司教がいない場合は救助を優先するようにも躾けてあるが……その点はヴィットーが一言『自分の許可なく奇跡を使うな』と命令してしまえばいい。

 一度でも命令してしまえば、それを撤回できる権限を持つ他の司教が介入しない限りはエリックには使用不能になるのだから。


(襲撃の後、その辺の調整はゆっくりとやればよい。ギリギリまで他の神官(商売敵)に隙を見せるわけにはいかんからな。ククク……これが大人のやり方だよエリック殿下。まだまだ詰めが甘い……)


 聖女という道具のことを理解していないだろうエリックは、拉致さえしてしまえば癒やしの奇跡を自由に使えると思い込んでいる。

 そこを狙い、拉致という取り返しの付かないところまで動いたところでこの事実を明かす。そうなれば、エリックの中で『癒やしの奇跡』と『ヴィットー』の価値は同一のものになる。それが彼の計画であった。


(偶々王子に産まれただけの若造が、私を利用しようなど100年早いわ)


 ヴィットーから見れば、エリックなど揺りかごの中で守られているだけの若造でしかない。

 確かに優秀と称されているし、事実として才能自体はあるのだろう。しかし、それらは所詮机上の学問しか知らない未熟なつぼみであり、海千山千の聖職者の仮面を被った政治家達を相手にしてきたヴィットーにとっては掌の上で踊るのがお似合いの未熟者というわけであった。


(さあ、私の栄光の未来のため、これからも役立ってくれよ、聖女様……)


 聖女としてただ献身的に、身を削って民のため国のため尽くす少女に対し、聖職者と呼ばれる男は最後まで欲望以外の感情を持つことはない……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ