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第一話

新年明けましておめでとうございます。


全五話(平均5000字)の中編となっております。これから毎日一話投稿で1/5完結予定となっておりますので、よろしければお付き合いください。

 聖女セシリア。若干14歳の若き少女の名前を知らないものは、このイーペン王国に殆どいないだろう。

 聖女の称号は決して軽いものでは無い。本来ならば数多の苦行を乗り越え、数々の試練を踏破した先に手にすることができる神職最高位の称号なのだから。

 しかし、聖女セシリアは所謂正規のルートによって聖女と呼ばれているわけではない。本来その資格を持たない少女が何故聖女と呼ばれるか、それは――


「ぐ、うぅ……。た、頼む。俺の足を、治してくれ……!」

「はい、わかりました」


 セシリアには生まれついての異能があった。

 それすなわち、癒しの奇跡。手を翳すだけで四肢の欠損すら瞬時に癒し、死人ですら蘇らせると謳われる奇跡の体現者なのだ。


「おお……! 足が、傷が……!」

「コレで大丈夫です。もう歩いても問題はないでしょう」


 セシリアが手をかざすと、もう生涯自分の足で歩くことはできないと医師に宣告されていた男の足は見る見るうちに正常な状態へと変化した。

 男の素性は、イーペン王国の隣国に位置する大国の王族――名をセドリックという。王族自ら兵を率いて戦に出向き、そこで流れ弾を浴びたことで足が動かなくなってしまったのだ。

 高名な武人として他国にまで名が知れていたほどの男が足を失うのは、命を失うに等しい損失であった。セドリックはみるみる気落ちして本当に死んでしまうかもしれないという状態になっていたのだが、藁にも縋る気持ちで奇跡の聖女として広く宣伝されていたセシリアに頼ってきたのである。


 その結果は見事に大成功。セドリックの足は完全に回復し、以前と同様に戦場を駆け回ることができることだろう。

 もちろん、この奇跡を受けるために彼の国はイーペン王国へ多額の謝礼を支払い、また今後何かあったとき聖女の力を借りられるように下手に出る必要があるだろうが。


「これにて癒やしの奇跡は終了となります」

「うむ……! 本当に、素晴らしい。できれば聖女殿には個人的にも礼をしたいのだが……」

「それには及びません。彼女は清廉潔白を体現せし聖女。お礼など、感謝の言葉だけでも十分なのですよ」


 感激するセドリックの前に立ったのは、一人の『司教』の位に位置する神官であった。

 禿げ上がった頭とでっぷりとした腹が目立つ中年であり、贅沢な暮らしが外見からでも透けてみえるその印象からは聖職者などとは到底思えない男だ。

 彼の名はヴィットー。セシリアが癒やしの奇跡を発現してすぐに強制的に入信させられた、この国で国教と定められている宗派の司教である。

 ヴィットーは、親元で普通に暮らしていた当時四歳のセシリアが癒やしの力を持っていることを片田舎の神父時代に発見し、聖女として取り立てた張本人である。今ではセシリアの導き手、世話役として常に側におり、癒やしの奇跡を取り仕切る監督という立場。つまり癒やしの奇跡を受けるためにはヴィットーの許可が必要と言うことであり、その権限を悪用して教会内外で発言力を強めている男として成り上がったのだ。


「おお……流石、聖女と呼ばれるだけのことはある。ならばせめて、最大限の感謝を送らせていただこう」


 そんなヴィットーの言葉に感銘を受けた様子のセドリックは、本来簡単に下げることができない王族の頭を下げてセシリアへの感謝を伝える。

 その後は案内に従い、足が治ったことを誇るように手にしていた杖を従者に渡して自らの足で外へと出て行く。そんな光景を、セシリアは聖女に相応しい慈愛の笑みで見送るのであった。


「……しかし、聖女様はよろしくとも、やはり人は飯を食わねば生きていくことはできない生き物であるというのは変えられない事実ですな」

「……わかっている。教会へも謝礼はしっかりと払わせていただこう」


 そして、セシリアの姿が見えなくなったところですぐさまこのような会話が繰り広げられる。

 聖女セシリアが感謝の言葉だけで十分だと言っても、そのセシリアが所属する――言葉を飾るのを止めれば、管理、支配している教会は無欲なんて言葉から対極の位置にある。


 教会の教えは清廉潔白を謳い、信者にも神官にも清貧を心がけるように常に説いている。

 しかし、宗教などと言うものは結局は人を支配するための道具に過ぎない。始まりは純粋な神への信仰と感謝を伝えることしか考えていなかったとしても、運営するのが人間である以上歴史と共に利権、権力に塗れ腐敗するのは世の理という奴なのだ。

 信者に清貧を強制し、多額の寄付をさせて上層部は貴族を超えるような放蕩三昧の贅沢三昧。毎日贅を尽くした美食を貪り、美男美女を買いあさり、我が世の春を満喫するのを当然の権利だと信じて疑わない類いの人間ばかりが集まるようになっているのであった。

 当然、今や教会最強の手札となった聖女セシリアの管理者であるヴィットーもまた腐敗した上層部の一部であり、本来聖女に与えられるべき富の全てを『この先聖女の奇跡はいらないのですか?』の一言で自分の懐に入れているのであった……。


(今日も喜んでいただけたようで何よりです。また、明日も良き日であることを願いましょう)


 そんな汚い大人の世界など知るよしもない聖女セシリアは、正しく教会が掲げる品行方正で清貧な聖女として神に祈りを捧げる。

 幼い頃から奇跡の担い手、神の落とし子と理由を付けて彼女を囲った教会により洗脳に等しい偏った教育を受けた彼女に疑うという概念はない。毎日毎日言われるがままに奇跡を振るい、修行僧でもなければ完璧に守ることなど誰もやらないような教義に従い貧しく僅かな食事で腹を満たして眠る。

 本一つを読むにしても、教会の図書室にある本しか――つまり教会に都合のいい知識しか目にすることを許されず、それこそが幸せであると信じて疑わない。そんな完璧な広告塔を体現した歪んだ人間へと造り上げられているのであった……。



 さてそんな聖女セシリアは、当然教会の外との接触は極力避けられている。

 余計な知恵を付けられては困るという教会の思惑によるものだが、それでも避けられない出会いというものはある。

 権威という意味では教会を凌ぐイーペン王国の王族との謁見がその筆頭である。


「聖女セシリアよ。この度のセドリック殿への奇跡、国王として感謝を述べよう」

「ありがとうございます、国王陛下」


 セシリアは白髪が目立ってきた初老の国王――リチャード・イーペンに頭を下げる。

 今日セシリアが呼ばれたのは、セドリックの足を治した事への感謝を伝えるためという名目であった。

 イーペン王国は当然自国の聖女による奇跡を与える条件として、彼の国から幾つもの譲歩を引き出している。つまり名目上彼の治癒はイーペン王室からの依頼であるため、それを含めたお礼ということだ。


 こういった王族との謁見も、セシリアからすると珍しいことではないため慣れた様子でニコニコと聖女の笑みを浮かべている。教会より『余計なことは言わずに笑ってありがとうございますとだけ言っていればいい』と言われていることを実践しているだけだ。

 そんなセシリアの様子を、リチャード国王はどこか痛ましいものを見るように視線を逸らした。

 リチャードは国王だ。人の汚いところなど見飽きるほどに見てきた男であり、年齢のわりに苦労を感じさせる皺の数だけ人間に失望してきたと言っても過言では無い。

 そんな彼だからこそ、セシリアの歪さが嫌でも目に付く。奇跡を宿している――ただそれだけで、汚い大人に利用されしゃぶり尽くされる憐れな少女。その実体を見ただけで理解してしまえるのだ。


(できれば何か手を打ちたいのだが……やはり難しいか……)


 仮に義憤に駆られて国王としての強権を振るい、教会からセシリアを強引に引き剥がしたとしよう。

 すると、何が起きるのか? その答えは――国を二分する戦争だ。

 真っ向から対立すれば、教会の上層部は『王家が神の奇跡を独占するつもりだ。神の子を自らの欲望で穢す気だ。王家は神敵に成り果てた』と国内外に触れ回る。

 それに呼応し、国中の信者達は王家と教会のどちらかを選ぶことを強制され、待っているのは愛すべき国民同士の殺しあいだ。

 更にその先を考えれば、国外の有力者達も黙ってはいまい。内乱に乗じて『聖女様を救う』とでも大義名分を掲げて軍を動かし、聖女を――あわよくばイーペン王国そのものを自分達の手中に収めようと画策するのは間違いない。

 聖女セシリアには、それだけの価値があるのだ。


 そんな国の滅びの引き金、国王として引くことなどできるはずもない。

 やるなら誰にも文句を言われないような大義名分が必要であるが……


(想定される言いがかりが、半分言いがかりではない以上よほどの事がない限りは動けん)


 当たり前の話と言ってしまえばそれまでだが、王家だって癒やしの聖女の力が欲しくないはずがない。

 仮定の話だが、リチャードとて使えるならセシリアの力を国益のために利用する。人間としてのリチャードは憐れな少女に同情しているが、王としてならば全ては国益が優先するのだ。

 腐敗した教会から救い出した後、今度は腐敗した王家に利用されました。なんて未来になるだろうと言われれば、否定できないのが正直なところなのだった。


 事実として、教会に癒やしの奇跡の利権を握られているのを良しとしない者達が動いているのだから。


「――要件は以上だ。今後とも、聖女としての働きに期待している」

「ありがとうございました」


 結局、この場で聖女セシリアを救う手段を持たないリチャードは何もできずに教会へと返すしかなかった。

 そのまま、護衛と共にセシリアが退室すると――


「やあ、セシリア。奇遇だね」

(……エリックか)


 セシリアが廊下に出ると、さも偶然という様子で話している男の声が聞こえてきた。

 声の主の名はエリック。リチャードの実の息子であり、次期国王の座を巡って兄妹達と日夜水面下の闘争を続ける王子の一人である。

 このエリックは、聖女セシリアが城にやってくるとどこから嗅ぎつけてくるのか必ずやってくる。

 暗殺や誘拐の危険性を考え、セシリアと会う予定は国家機密扱いにしているのでリチャード側から漏れるということは例え実の息子相手でもないはずだ。となると、セシリアの予定は教会側が完全に抑えている事から考えて、恐らくは教会内にエリックを次期国王へと望む者がいるというところだろう。

 

 そう――エリックがセシリアに会いに来るのは、自らの権力を強化するため。つまりセシリアを自らの妻にする、それが難しくとも派閥の誰かの家に嫁入りさせることでその力と権威、名声を手に入れようと思っているのだ。

 そこに一人の少女を思う気持ちなど欠片もない。セシリア自身は栄養失調ぎみであり発育が遅れているが、それでも顔立ちは文句なく美しいと呼べるものであり一人の男としても手に入れておきたいと思う対象であることも含め、エリックの中には欲望しかないことだろう。

 残念なことに、王子様だからといって救いのヒーローだとは限らないのだ。


「聖女セシリア。今日もお美しい」

「ありがとうございます」


 エリックはいつものようにセシリアを口説こうとしているが、当人は教えられたとおりにニコニコと『ありがとうございます』を口にするだけだ。

 そもそもセシリアの中に恋愛感情というものがあるかはわからないが……聞いているだけでも脈無しであることはわかる。わかっていないのはエリック当人だけだろう。

 リチャードとしては教育に失敗したと自らの恥を認めるようなことになるが、エリックはやたらと自己評価が高い。確かに学問的な点だけで評価すれば優秀と言えるし、顔立ちだって美形と誰もが認めるだろう。

 なのに――あるいはだからというべきか、内面に大きな問題を抱えている。優秀で美しい自分に酔っており、女は全て自分に惚れていると信じているのだ。

 そんな性格だからこそ、王位に自分が就くのは当然だと考えており、それを確固たるものにするためセシリアを確実な方法で手に入れようとしているのだった。


(……今王家がセシリアの確保に動けば、エリックがその欲望をぶつけるだけだ。今は教会の護衛がついているから声をかける程度しかできない……という状況を崩すのは危険過ぎる)


 聖女を縛る教会は腐敗しているが、同時に守っているのも教会である。

 自分の息子ですら憐れな聖女を狙う欲望の化身の一体である現状では動けない。


 だからといって、まだ具体的な犯罪を犯したわけでもない実の息子を捕縛することもまたできない。そんなことをすればエリックを次期国王にと推す派閥の貴族達から猛反発を受け、結果的に内乱になるだけだ。

 しかし――


(――このまま、黙っているつもりはないがな)


 人間としても、国王としても今の状況が健全であるとはとても言えない。

 人間として考えれば、当然信仰を口実に罪なき少女を奴隷のように扱うことなど許せるはずがない。苦しみを苦しみと、痛みを痛みとして理解することすらできないなど余りにも憐れだ。

 国王として考えれば、教会が過剰な力を持ってしまうのは国の安定を考えれば危険以外の何物でもない。このまま放置すれば、やがて王権すら揺るがすことにもなりかねないのだから。

 どちらの立場としても、聖女セシリアの現状は変えなければならないものだ。しかし表だって権力を使うことができないとなれば……


「正々堂々、真正面からいくのがベストだな」


 老いが迫っている国王の目に、一国を背負う男としての光が宿るのだった。

※この世界に若くてイケメンで金持ちでヒロインをひたすら甘やかすヒーローはいません。

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