ローゼンクロイツ
昔々あるところに魔法の王国がありました。
華やかな薔薇園が自慢の王城に、民を守る強き王と民を慈しむ優しき王妃が暮らしておりました。
素晴らしき王と王妃の下、城下は穏やかに栄えて人々が笑顔を絶やすことはありません。
しかし、国の人々には一つだけ心配事がありました。
王と王妃の間には、御子がお産まれになっておられないのです。
神殿に多くの人々は祈ります。
『あぁ、どうか。我らを導く次代の王を齎らしたまえ』
……
天界にてそれを聞き届ける神々の王がありました。
「ふむ。よし、それならばワシが一肌脱いでやろう」
神々の王は、王妃の夢枕に現れて予言しました。
「汝に、神の子を齎そう」
……
予言は成就しました。王妃は可愛い王女をお産みになられたのです。
王女の誕生を国中が祝福し、神々への感謝を兼ねた祝祭が執り行われました。
すると、三柱の女神が御降臨なさいます。
「王女へ愛の祝福を」
「王女へ富の祝福を」
「王女へ美の祝福を」
神々の王の名代として、女神たちは王女に祝福を与えました。
王女は、愛に溢れ美しく成長し、貧することのない黄金の運命を約束されたのです。
しかし、空が曇天に染まり、さらに一柱の女神が御降臨なさいます。
神々の王の妻、神妃たる女神です。
「私の旦那を誑かしたのはお前たちか?よし、その娘に死の呪いをくれてやろう。それだけ祝福されたならば、天秤も釣り合うまい」
嫉妬に狂う神妃は一方的にそう告げました。
「王女は十五の年を数えると糸車の錘に指を刺して死ぬだろう。ふふふ、ふははは、あぁはははは!」
神妃は高笑いを残し消えました。
国中が悲しみに涙します。三柱の女神にも、神々の王にだって、神の残した呪いを覆すことはできません。
それを覗く白い烏が一匹。
ひらりと王女の元に飛び寄ると、瞬きの間に白い翼を背負う少女の姿となりました。
「死の呪いとは厄介ですね。罪なき子が背負うモノではないでしょう」
「貴女さまはどなたでしょうか?」
独り言ちる少女に王が問い掛けました。
「私は天使。真なる神、主に仕える代行者。人間たちよ、神殿を取り壊し、我らが主を崇める教会を建てるというならば、王女の呪いは百年の眠りに弱まるでしょう」
「神々の定めが弱まるのですか?」
「その通り。我らが主を神とすれば、汝らのいう神々はもはや神にあらず。神でなきモノの呪いなど如何様にもできよう」
「なれば、天使様。私は貴女の云う神を崇めましょう」
王は国中に勅を発しました。
神殿は取り壊され、新たに教会が建ちました。
しかし、それでも王女の呪いは弱まるだけです。
「神々の記憶が薄まるまでは時が要る。なればこそ、王女の呪いは消えることはないだろう。だが、案ずるな。王女は確かに護られる」
天使は最後にそう言って飛び去りました。
それでも王は安心できませんでした。
国中の糸車を捨て去ったのです。どうにか呪いを消し去りたかったのです。
やがて、時が経ちました。王女は十五の年を数えます。
国に糸車はないはずでした。
けれど、王女が遊びに入った森の中。
ひっそりと佇む木の家で、老婆が糸車を使っておりました。
「何をしているの、お婆さん?」
王女は無垢に問い掛けました。
「糸を紡いでいるんだよ。やってみるかい?」
「やってみたいわ」
お婆さんの誘いに、王女は無邪気に応じます。
そして、錘が指に刺さってしまいました。
「いたっ、あら、なんだか……眠たい、わ……ね……」
「きひひ、おやすみ王女さま。何も知らない王女さま」
老婆が杖を一振りすれば、眠れる王女を柔らかなベッドが受け止めます。そして、茨が覆い尽くすのです。
「隠してしまえ、隠してしまえ。死の呪いは消えようと、見つからなければ同じこと。恐れよ、哀しめ、罰なるぞよ。目覚めたところで居場所はない。嘆けよ、怒れよ、咎なるぞよ」
老婆は歌うように言いました。
国中は虫の巣を突いたような大騒ぎ。王女の行方は杳として知れません。
王と王妃は塞ぎ込み、国は落ちぶれてしまいました。
……
百年後。新たな王国が興ります。
その国の王子は、神の声を聞きました。
森の中へ、森の奥へ。
導かれるままに進みます。
やがて、茨の蔓延る地を見つけました。
「なんと!?」
その奥に美しい女性が見えました。
茨を斬り払い、王子は女性に駆け寄りました。
女性が王女が目覚める様子はありません。
王子は、王女をお城に連れ帰りました。
そして、魔術師たちに診せました。
「何と、この方は百年間、眠り続けておられる」
「おぉ、素晴らしい魔力だ。古き妖精たちに祝福されておられる」
「案じなされるな、王子殿下。この方はもうすぐお目覚めになられるだろう」
やがて、目覚めた王女は、王子と愛を育みませんでした。
王女は、魔術を学び、人々の病を癒す研究に没頭しました。
死の呪いから逃れることにより不老となったその身で、何百年も何千年も人々のためにその身を捧げることにしたのです。
やがて、王女に感銘を受けた魔術師たちが集団となりました。
それが薔薇十字団だったかもしれません。
めでたし、めでたし。