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第三章 王家の谷

 コンコン。ホテルの部屋のドアがノックされる。キターーーーーーッ!!思わず待ってましたとばかりに部屋のドアを開けると予想した通り教授がいた。そう、今日はあのエジプト考古学博物館に行くのだ!!!!エジプト考古学博物館には最も古い古王国時代からの新王国時代までの古代エジプトの遺物を展示している素晴らしい博物館だ。そこにはもちろんあのツタンカーメンの黄金のマスクやツタンカーメンの三重構造になっていた人型の柩も、そして背もたれにツタンカーメンと彼に香油を塗る妻のアンケセナーメンの姿を描いた黄金の玉座もある。古代エジプト好きにとってはまさに天国のような場所なのだ。

「おはよう、七海君。昨日はよく眠れたかい?まさかとは思うが、遠足前夜の小学生みたいに興奮して眠れなかっただなんて言わないだろうね」

「大丈夫ですよ、よーく眠れました。もっとも、遠足前夜の小学生以上に興奮していましたが」

「君を連れてきて良かったよ、こんなに喜ぶだなんて思いもしなかったよ。日本の空港から驚くわ、キャビンアテンダントさんのサービスに驚くわで逆にこっちが驚いたけど」

 教授は笑った。

「まあそれはさておき、今日は約束のエジプト考古学博物館だ。こんな機会はなかなかないから、ちゃんと目に焼き付けておきなさい。かく言う私もガイド仕事以外で行くのは初めてなんだけど。ガイドとしていくとあれこれあれこれ説明して回るだろ、それはそれで楽しいんだよ、もちろん。観光客の人たちが古代エジプトのことをより知ってより興味を持ってもらえるからね。でも喉は乾くわ、へとへとになるわでいっぱいいっぱいになって展示品を見てられないんだよ。それは古代エジプトが大好きな人間にとっては三食のメシを抜かれるよりも辛くてね、私自身、なんでこんな仕事してるんだろう、と何度も思った」

 そんな教授の「三食のメシを抜かれるよりも辛かった話」はさておき、僕たちはホテルの前でタクシーを拾ってエジプト考古学博物館に向かった。

 エジプト考古学博物館はエジプトの首都カイロにある。そのことからカイロ博物館とも呼ばれる。収蔵品は20万点もある。1958年、エジプト考古局の初代長官に就任したフランス人考古学者オギュスト・マリエットは国外への流出が横行している出土品の管理を進めようと考えた。そうして次第に収蔵される出土品の数は増え、現在のような博物館になった。その功績を称え、エジプト考古学博物館の前にはオギュスト・マリエットが葬られ、銅像が建てられている。

 エジプト考古学博物館に向かっているはずなのにタクシーはどんどん砂漠の中に入っていく。

「教授…?」

「エジプト考古学博物館は夜」

「夜、ですか」

「昼間行くと観光客がぞろぞろいてあんまりじっくり見られないかと思ってね」

「夜って普段やってるんですか」

「え?もちろんやってるよ、あまり一般に知られてないけど。ツウは夜行くのさ。もしかして特別に夜開けてもらうんだと思った?残念、私にはそんな権力ないよ」

「じゃあ今からどこに…?」

「テル・エル・アマルナ」

「!!!」

「好きだろう?」

「はい、もちろん!」

 テル・エル・アマルナはかつてはアケト・アテン、古代エジプト語で「アテンの地平線」と呼ばれていた都市だ。現在、一般的にハヤブサの頭をした太陽神ラーなどが知られているが、他にも多くの神々がいて、その中にアメンという神がいた。ツタンカーメンの父親アメンヘテプ4世そして祖父のアメンヘテプ3世の時代、アメン神を中心とした多くの神が信仰されていた。しかしそのせいでアメン神官の権力がファラオよりも大きくなっていき、政治に干渉するようになった。その干渉をはねのけるためにアメンヘテプ4世はある思い切った行動に出る。それは宗教改革だ。彼はアメン神信仰をはじめとした多神教を禁じ、唯一絶対の神アテン神信仰を民に強いた。そのために自らもアクエンアテン、「アテン神に有用な者」と名前を変えた。そして首都をテーベからこのアケト・アテンに遷都した。ちょうど桓武天皇が平城京から平安京に遷都したようなのと同じだ。アクエンアテンのこの行動は世界で初めての一神教の発足であるとして知られている。アテン神は太陽そのものを神格化したもので先が手になった太陽光線ですべての人間に慈悲を与えるとされていた。そして常にある神であったので神殿にはいつでも祈りを捧げられるよう屋根がなかったそうだ。

「もうすぐ着くそうだ」

 教授が言った。

「ここがそうだよ」

 タクシーが停まり、タクシーが降りると教授は少し悲しそうに言った。それもそのはず、絶望的なまでに空々漠々とした砂漠に当時の建物の柱が一本残っているだけだからだ。

 アクエンアテンの死後、アテン神信仰は終わりを迎えた。そしてアテン神神殿は取り壊されてしまった。そして他の建物などに再利用された。アクエンアテンの名前やレリーフも削り取られた。

 僕はしゃがんで砂に触れた。しかしはるか昔に消えてしまった都の風を感じることなど到底できるはずもないのだが。

「七海君、行こうか」

 待たせておいたタクシーに再び乗ってテル・エル・アマルナを後にした。タクシーの中で教授の携帯が鳴った。

「Hello, this is Yoshida. What!?…」

 その後も通話は続き、電話を切ると教授は言った。

「アメリカの方で台風が発生して、飛行機が飛ばないそうだ。それで多くの技術者、研究者来られないと。だから本格的な調査の開始は一日延期だそうだ。その代わりにだ、七海君。王家の谷にも行かないかい?」

「もちろんです!!」

 王家の谷とは歴代のファラオたちが葬られている場所だ。ツタンカーメンも、あのラメセス二世も葬られている。景色もすっごくいい。普通の人には分からないかもだけど、岩がごつごつしていて、黄色い砂でさばさばしたあの感じが。

 という訳で、僕は今、王家の谷にいます。写真で見たのと寸分違わない景色だが、やっぱりリアルは違う!

「どの墓からがいいかい?ちなみにそこがツタンカーメンで、あっちがアクエンアテン」

「ツタンカーメンとかアクエンアテンは楽しみに取っといていいですか、」

「君…まさか…!?」

「…一番奥から順番に見ていっていいですか」

「…!!(特別意訳:七海君、やるぅッ)もちろんいいけど、この暑さだよ?マニアでもこの暑さだと全部は諦めるよ」

「そんじょそこらのマニアとは違うんで」

 僕をその辺のマニアと同じにしてもらっちゃ困る。僕は小学校の時、古代エジプトのとりこになって以来、人生のすべてを古代エジプトに捧げ、心は古代エジプト人なんだから。そしてタイムスリップするのなら古代エジプトがいい、と思って来たんだから。

 王家の谷の一番奥の墓から順番に見てきて僕は今、ツタンカーメンの墓の前にいる。ツタンカーメンのの墓の入り口にかかっている看板をじっと見る。

「kv62…」

 この「kv」というのは「kings valley(王家の谷)」の略で、その後についている数字は発見された順番だ。つまり、ツタンカーメンの墓は62番目に発見されたということだ。

 ツタンカーメンの玄室へと向かう、薄暗くて急な階段を、はやる気持ちを抑えてそろりそろりと下りる。そうでもしなければ本当に階段が急だから危ない。歴代のファラオのミイラは博物館に展示されているが、ツタンカーメンのミイラはここ、kv62に残されている。ついに、会える。僕はこの瞬間をどれほど楽しみにしていたことだろう。長年の夢が今、叶う…。

 階段を踏み外すことなく無事に下りると、目の前に玄室が広がっていた。黄色い壁に7人の人物が描かれている。そしてその前にツタンカーメンのミイラがいる。ガラスごしではあるが、ようやく会えた。ミイラは茶色くなっていて、彼が生前はどんな顔をしていたのかは分からない。しかし、ミイラの存在は確かにツタンカーメンという一人の人間が存在したことを証明していた。

「ちょっと、七海君、まさかとは思うが泣いてるんじゃないだろうね?」

「ぎょうじゅ、なぐにぎまってるじゃないですかあ!」

 そうなのだ。あまりの感動に僕は顔を涙と鼻水でぐちゃぐちゃにしていた。

「どこまで感受性が豊かなんだ…」

「ずみません、教授…」

 教授がくれたティッシュで鼻をかみながら来た道を戻る。

 次はkv57。この墓の主はホルエムへブというファラオだ。彼はツタンカーメンの次の次のファラオだ。彼は軍人からファラオになった。ホルエムへブとは「祭礼の中のホルス神」という何とも凛々しい意味で、その名に違わず、腐りきった官僚制度を正した。寵妃を持たず、神への敬いも忘れない、ストイックなファラオだったそうだ。そのストイックさが僕は好きで、ツタンカーメンの次に会ってみたい人物だ。そんなストイックな偉大なファラオであったが、その墓は盗掘に遭ってミイラは見つかっていない。彼の墓の壁画は青がベースになっていて、ツタンカーメンのとはまた違った趣がある。ホルエムへブの力強さが壁画に表れている感じがする。

 そんなこんなでなんとか全部見終わった。やはりかなり疲れる。ホテルの自室に戻った瞬間、またしても寝落ちしてしまい、気付くともう夕方だった。

 教授も僕も疲れ切っていたので、エジプト考古学博物館は明日におあずけとなった。もう一日余分にあって良かった。ありがとう、台風。

次回予告

 ついにエジプト考古学博物館へ!そこでツタンカーメンの黄金のマスクと対面、しかし事件が…!?

次回「第四章 エジプト考古学博物館」お楽しみに!

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