2-44.厄日だな。今日は。
「このまま 殴られ続けたら、
どこかで、ノックダウンされて、倒れる気がする。」
ライレーンの予測は、このまま 殴られ続けたら・・・。
少し、絶望を感じながら 尋ねる。
「逆転できる?」
「たぶん、簡単に。」
「えっ簡単?」
ライレーンは、マイペースに 話を続ける。
その、事もなげに放った「簡単」の言葉にオリンピュアスが、反応した。
「どうすれば、エウリュア様は、勝てますの?」
「座るか、寝るかすればいいんじゃない?
たぶん、殴られなくなるよ。」
立っているから、殴られる。座ればいい。
それじゃ、戦えないでしょ。
「そっか、寝て、2回戦みたいな戦いにすればいいんだ。」
あら、ライリューンも、それでいいと思うのね。
じゃ、正しいのかな?
「それ、どうにか伝えられませんこと?」
「それは、無理。 距離が ありすぎる。
広いし、歓声も大きい。
ボクが大声で叫んでも、エウリュアに 聞こえないよ。」
あっ、それは、私が 出来そうだな。
[美容師の娘] 【 2-44.幻聴 ~ げんちょう 】
シーアのパンチは、確実に、エウリュアの顔面を捉える。
このまま押し切れば、なんとか勝てる。
でも、焦りは、禁物。
シーアは、慎重に、エウリュアの様子を うかがう。
右目は、見えていなさそう。
左に ステップを 踏む。
すぅぅっと 相手の 右側に 入り込む。
そして、左。
バチン。
もう、目は狙わない。
狙うのは、こめかみ。
脳を揺らして、意識を刈り取るのだ。
利き腕を、しならせ、こめかみに一撃っ。
シーアの 左こぶしが、エウリュアを襲う。
ぐらりと、エウリュアの 体が 揺れる。
くぅ・・・。非力っ。
力の無さは、理解している けれど、こうも 相手が 倒れないと さすがに 悔しい。
シーアの 利き腕は、左。
通常の 拳闘の構えとは 違い、その左を、ジャブに使う。
力の無い シーアは、こうすることで、ジャブの威力を 上げていたのだ。
しかし、試合を 決めるための 一撃も、左のこぶし。
目を塞ぎ、相手の死角に入り、体重を込めて 急所を 殴る。
その渾身のパンチを 受けた エウリュアの体。
ふらつき 揺れるだけ。
すこし、気が 滅入る。
でも、ずっと、こうやって 勝ってきた。
繰り返す。相手が 倒れるまで。
シーアは、再び ステップを 踏み、左のこぶしを 相手の 顔面に 叩き込んだ。
よしっ。入った。
エウリュアが 膝をつき、倒れこむように 転んだ。
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「アリー、どうすれば エウリュア様に 伝えられますの?」
オリンピュアスが、不安そうに、聞く。
私は、分厚いガラスの 窓を 見た。
「ここって、窓を開けられる?」
「やってみる? あぁ、固定されてる。
高い場所だから、事故防止で、開けられなくなってるね。」
ライリューンが、窓を開けようとするけれど、動かない。
ん-。窓が 開かないと、ちょっと 無理だなぁ。
どこか、開く窓が ある場所ないかしら?
「じゃ、壊そう。」
「そうね、でも、割ると下の人、ケガするね。
小さく穴を 開けられない?」
こ・・壊すのね。
私が、開く窓を探していると、双子姉妹は、窓を 壊そうと しはじめた。
窓が、開かなければ、壊せばいい。
ここらへんの発想が、ライレーン、ライリューンの スゴさだね。
真似したくないけど。
「アリー、壁か、窓に 穴を 開けられない?
窓を 割るのは、下の人が ケガしそう なんだよね。」
ん-。出来るかなぁ。
水魔法で、窓の端に 水流を ぶつける。
「そうそう、その つなぎ目の 場所が いいね。」
ライレーンの指示を聞きながら、水流を 細く、鋭く。
そして、水に 圧力を 加える。
加圧された細い水が、分厚い窓ガラスの端を襲う。
ウォーターカッターだね。
ただ、私の水魔法は、切るというより、加圧された水流が、水の当たった場所を 吹き飛ばしている だけだけど。
「オッケェイ」
ライレーンから、OKが 出た。
「じゃ、ここから、ぐるーって 丸い穴を 開けようね。
1か所だけ、つなげて 残して おいてね。」
同じ要領。
今 開けた 穴を 起点に、ウォーターカッターで、ガラスを 切り出す。
クルっと、一周させて、1か所だけ つなげた状態に。
「できたぁ。じゃ、こうやって・・・。」
ペキンっ。
ライレーンが、布を巻いた 指を 突っ込んで 内側に 向かって 力を 加えると、窓ガラスの接合部は、小さな 音を たてて 簡単に折れた。
「完璧ぃ。下にガラスを落とさずに、穴が、きれいに開いたね。」
「完璧って・・・いや、2人とも・・・水浸し。
さすがに、掃除しないと ダメでしょ。」
満足している 私たちに、ライリューンが、ツッコミを入れる。
「ボク、床の水は、後でいいと思うよ。」
「そうだよね。
疲れたし、ちょっと、お茶でも飲んでから、掃除しようよ。」
「ライリューン、ライレーン、アリーっ。」
あっ・・・オリンピュアスが 怖い顔をしている。
「エウリュア様に、お伝え出来ますの?」
は・・・はい。スグやります。
目が、怖いよ。オリンピュアス。
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何度目だろう。
また、シーアが、消える。
エウリュアは、右の死角に消えた シーアを 追う。
ビュン
見えない空間に、右こぶしを突き出すも、当たらない。
空振った瞬間、こめかみに 強い衝撃。
一瞬、目の前が 白くなる。
これは、マズい。
見えない。当たらない。
勝てる気が しない。
倒れそうになる 体を グッと 起こし、バックナックル。
ブオンという風を起こし、裏拳で、右の空間を 薙ぎ払う。
当たらない。
そして、顔面に衝撃っ。
シーアのパンチだ。
自分の体が 大きく揺れるのが 分かる。
おーい。
ふいに、声が聞こえた。
エウリュア、聞こえる~?
頭の中に、ライレーンの声。
幻聴が 聞こえる。
厄日だな。 今日は。 フッと、笑みがこぼれた。
あのねー、立ってるから、殴られるんだよ。
寝ちゃえば、パンチは、当たらないからねー。
寝る?
あぁ、このまま 倒れて寝てしまえば、楽になれる だろう。
ライレーンの声に、寝るように うながされ どうでも よくなった 私は、膝をついた。
そのまま、ゴロリと、横たわる。
あっ、寝ちゃダメだよー。
あぁ、幻聴よ。
寝るのか、寝ちゃダメなのか、はっきりしてくれ。
そこから、顔を、横に向けよう。
見えるでしょ? 足。
相手の足を 狙おうねー。
・・・足?
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声に従い、首を 横に 倒す。
そこには、さっきまで 見えなかった、シーアの 両足が あった。
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蛇足1.
厄日だな。今日は。
災厄
紀元135年。
ローマ皇帝ハドリアヌスは、ユダヤ州で起こっていた、バル・コクバの乱を鎮圧します。
そして、その地を、パレスチナ と改名しました。
1948年5月14日。
同じ地で、ダヴィド・ベン・グリオンが、ある国の独立を宣言します。
イスラエルです。
80万人を超えるパレスチナ人が、この地を追われました。
この時から、5月15日は、大災厄「ナクバ」と、パレスチナ人に呼ばれる日となりました。
今、パレスチナ-イスラエルで、交戦が活発になっているのですが、今日は、5月15日。
何か起こりそうで、なんとなく 怖いです。
蛇足2.
「じゃ、壊そう。」
「そうね、でも、割ると下の人、ケガするね。
小さく穴を 開けられない?」
中央アジアと、日本。
同じアジアとはいえ、文化や考え方は、違います。
2014年、ブラジルでサッカーW杯が、行われました。
その予選でのことです。
日本代表は、中央アジアの国で戦ったのですが・・・。
テレビ中継が、LIVEで行われます。
スタジアムにおいて、配線、コードですね。
これを通す穴が、無い状態でした。
日本のテレビ局のスタッフが、現地の競技場の末端スタッフに、配線を通す穴が無いことを伝えます。
「オッケェイ」
と、ライレーンのように 言ったか どうかは 知りませんが、即、壁に穴を開けたそうです。
すさまじいですね。
そして、分厚いガラス窓。
そこにカメラを設置して、撮るのですが、邪魔です。
このガラス、はずすこと 出来ない?
日本のテレビ局のスタッフは、競技場の末端スタッフに、たずねます。
「オッケェイ」
飛び散った破片とともに、分厚いガラス窓が、無くなったそうです。
優しさと、臨機応変さ。
中央アジアの国の人たちのスゴさを感じます。
日本だと、末端のスタッフが、こんなことをしたら、上の偉い人の責任問題になるかもしれませんね。