1-3.父ではない
高校入試当日の朝は、雪が降っていた。
真新しい白い地面は、踏みしめるとキュッと音を立てた。
動揺した心はおさまらなかったが、残りの3ヵ月間も
杏里は 受験勉強の手を抜かなかった。
きっと大丈夫。
ただ一人の友達みーちゃんとは会えなかったが
テストの失敗はなかったはずだ。
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父との会話は無くなった。
他人であると思うと言葉が出ないのだ。
杏里は、父を避けた。
父親が、変化した杏里の態度に気づいた様子はなかった。
『この人は、よその人。』
『違うっ。私がこの人にとって他人なんだ。』
杏里は、より父を避けるようになった。
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楽しみにしていた高校生活は、想像したものではなかった。
一緒にお昼を過ごす友達は居ないのだ。
杏里と一緒に受験した親友は、不合格となっていた。
『私より頭がよかったのに…。』
ウイルス性の感染症で、親友のみーちゃんの試験は
代替日に振り替えられたのだ。
みーちゃんは、本来の実力を出せずに、合格できなかった。
感染症で受験できなかったみーちゃんと、
同じ感染症で入学式に出れなかった杏里。
どちらが不運だったのかは分からない。
『もう、グループができてしまっていたのは仕方ないけど…。』
入学式から3日間、休んでしまった杏里の周りには、誰もいなかった。
お昼の卵焼きを口に運ぶ。
『大丈夫・・・。一人でも。』
別に涙が出るわけでも無く、悲しくなんか無く、
ただぽっかり空いた穴に風が吹き抜けるようなような…。
それから3週間、杏里は学校へ行った。
入学式初日に女の子のサイフから5000円がなくなった話も、
そのせいで初日なのに放課後、他のクラスより1時間長く残された話も、
誰も杏里に伝えることはなかった。
杏里のクラスが成績優秀者を集めたクラスであることも、
3日目の小テストの成績に英語教師が怒ったパフォーマンスをして職員室に戻ったことも
誰も杏里に話さなかった。
「もし、やる気があるなら職員室まで来なさい。」
という教師の言葉に対して
「もう、いいんじゃない?」
という意見で委員長が動かなかったことも杏里は知らなかった。
別に、わざと教えなかったわけではない。
会話がなかっただけだ。
ひとりぼっちではないけれども、杏里は一人だった。
この世界に一人だけいる気持ちであった。
2週間目の1限目、杏里は自分の居場所を見つけた。
本が、小さなころから好きだった。
家の離れの小部屋で、毛布にくるまって本を読むと、その世界に飛び込むことができた。
司書さんが、授業をさぼっていることをとがめることはなく、
空調が効き、じゅうたんが敷かれ、本に囲まれた図書室は特別な空間だった。
『息ができるっ』
高校生になって初めて呼吸をした気分であった。
3週間目、昼の探検で持ち出し禁止の本を集めた部屋なら 誰にも邪魔をされないことに気づいた。
めったに 人が入って来ることがない部屋なのだ。
じゅうたんの上に じかに座り、好きな本を手に取って、おなか が すくまで読む。
なんて贅沢な、なんて幸せな時間。
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白い光が彼女を包むまで その幸せの部屋が彼女の居場所だった。
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明日の昼御飯のカリフォルニア風フカヒレのスープの残りを
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