3-67. すれ違うふたり
田園外れの工房の一室。
むわりとした暑苦しくよどんだ空気が舞う中、床に無造作に置かれているのは、ライリューン謹製の『からくり仕掛けの鐘打ち人形』。
それを見つめるのは、アリーとライリューン。
2人の少女は、どちらも腕を組み、眉をひそめていた。
「とりあえず・・・これは、どういうことなのか、説明してくれるかな?」
アリーは、ライリューンに問いただすように、そして、つぶやくように口から言葉を吐き出す。
「えーと・・・アリーが、『鐘打ち人形』って言ってたから、頑張って鐘を打つための人形を作ってみたの。」
「ライリューン?わたし、あなたに、なんて言ったっけ?」
「お・・お腹の子供のこともあるから、宿で休んで・・・」
「そうよね?で、この人形は?」
「あ・・アリーが、『鐘打ち人形』って言ってたから・・うぅ・・・」
アリーは、頬を膨らませながらライリューンをにらむ。
同じく頬を膨らませながらうつむいたのは、ライリューン。
長い沈黙の後、アリーが、口を開いた。
もう、彼女の頬は膨らんでいないし、ライリューンをにらむようなこともない。
そうして、ぽつりと、アリーの口から洩れた言葉・・・
「・・・ごめん、わたし、ちゃんと相談してなかったね。」
顔をあげたライリューンも、ぼそりと口から漏らす。
「そうね。私、設計図を書いた段階で、ちゃんと相談して、確認しておけばよかったわ・・・ごめんなさい。」
「あはっ。」
「ぷっ。」
そう言って、ふたりは、同時に吹き出した。
[美容師の娘] 【 3-67. 仲なおり】
アリーの指は、お腹を開けられた『鐘打ち人形』の中へと突っ込まれ、内部の歯車をグルグルと回していた。
「あ~、すごいっ。鐘を打つ回数を時刻と連動させるのに、歯車が、12時間で1周回るようにしてるんだ。これ、よく思いついたね。」
「うーん・・・でもね、これだけだと、12時間後には、実際の時刻とだいぶズレちゃうんだ。」
「そだねー。1時間に1~2分ズレるだけで、12時間後には、30分近く経ってるし、1日だと1時間。ちょっと、時刻を知らせるには、ズレが、大きすぎるね。それで、この出来損ないの白いコアストーンを使ったんだね。そっか、魔法陣を描いて制御しなくても、クリスタルの粒で連鎖させて伝播させれば、魔力は、スムーズに伝わるんだぁ。これ、思いつかなかった。」
アリーの指が、制御盤に固定された白い石をつまみ上げ、その周辺のクリスタルの粒を撫でる。
「いや、男の子から、コレもらった段階で、気づくべきだったんだよね。こんな規格外の石が、田舎の畑の道端に落ちてるっていうのが、そもそもおかしいんだもの。普通、あり得ない。」
「わたしも、廃棄物の処理をちゃんとしておけばよかったよ。これねぇ・・魔力を込めている途中、くしゃみしちゃって、魔力が抜けちゃったんだよね。ほら、色が真っ白になってるでしょ?外の廃棄用ボックスに捨てに行くのが面倒だったから、そこの窓から、石をくっつける予定だった制御盤ごとポイしちゃったんだよねぇ。あとで片付けようと思ってたんだけど、まさか、子供が拾って持ってちゃうなんて・・・」
「はぁ・・田舎のはずれに、こんな変な石が落ちているなら、アリーが作ったって可能性にすぐ結びつくはずよね。冷静だったら、絶対分かったのに・・・あの時は、ふりこと歯車の時間のズレをどうにかしなきゃって、考えてたから、何も考えずに飛びついちゃったのよ。」
「でも、こんな失敗作のコアストーンと制御盤で、ズレを直しちゃうなんて、すごい。しかも、この人形、その時刻の回数だけ、鐘を打つんでしょ?あっ、コレだ。サブの歯車に12個の段差つけてるんだね。各段が、その時刻で・・8時の段差だと、8つの突起だから、8回鐘を打つ。これは、スゴい仕組み。魔法陣を使ってないんだもの。」
「うん。魔法陣は、さすがに無理だから、私なりに頑張ったんだけど・・・そのオートマタを見ちゃうとねぇ。何?その規格外の生き物・・・」
そう言ってライリューンは、アリーの隣で自律して動き、まるで魂が宿ったかのように踊る「オートマタ」を見つめた。
「かわいいでしょ?わたしのジャックマールくん♪」
「な・・名前は、じゃっくまーる・・って言うんだね・・・っていうか、この優雅な舞は、何?」
「ふふふっ。ジャックマールくんが完成した喜びで、わたしが踊ってたら、真似して踊りだしたの!うんうん。ホントにこの子、いい子だわぁ。」
アリーのオートマタは、足元をすっと滑らせ、しなやかに動き始める。
その指先は、空を撫でるようにすっと伸び、動きの軌跡にまで魂が宿る。
美しい動きをする身体の幹は、揺るぐことなく、その舞に凛とした芯が感じられる。
手のひらの向き、指の揃い具合、肘の角度・・・すべてが緻密に計算されているように見えるが、それは技巧の誇示ではなく、自然さと優美さをたたえていた。
「じ・・実用性が、なぃ・・・芸術品だよね?これって・・・」
「しっつれいな!ジャックマールくんは、すごいんだよっ。見ててっ!『グラディウス・オノリス、アッケーデ・アド・マヌス・エイウス!波動の調和を示せ。魔導の絆、命を吹き込み、我が魔力よ、名誉の剣を彼の手に!』」
「えっ、け・・剣?」
何ということだろう。
アリーが、呪文を唱えると、「オートマタ」の手に、美しい剣が、具現化されたのだ。
「うんうん。ジャックマールくんのコアストーンに内蔵している魔力でボディの中にある『ナカヨシの砂』を剣の形にしたの。まぁ、その分、魔力は消費しちゃうんだけどね。あっ、盾もできるよ!」
「う・・うん・・・」
「もぉ、仕方ないなぁ。特別に見せてあげる。『スクトゥム・トゥテレ、イルルム・プロテゲ・エト・アッパーレ!波動の調和を示せ。魔導の絆、命を吹き込み、我が魔力よ、守護の盾の姿をとり、彼を守れ!』ほらっ!ライリューン、盾だよっ。これだけじゃなくて、まだまだいっぱい仕込んでるから、ジャックマールくんの今後の活躍が楽しみね。」
右手に剣、左手にこーら・・・じゃない・・左手に盾を持ち、「オートマタ」は、剣舞を踊り始める。
しかし、ライリューンは、アリーの言葉を強く否定した。
「アリー、そうじゃないっ!そうじゃないの。」
「なによ。せっかくジャックマールくんが、舞ってるのに、ライリューンは、見ないの?」
「違うのよ。私ね、『鐘打ちの自動人形』を作っている時から、思ってたの・・・これ、違うって。」
「何が、違うのよ。」
「『美容師の娘』は、こんなテイストの話じゃなかったわ。何っ?コアストーンと制御盤って・・・こんなインスタ映えするようなアイテムは、これまで存在しなかったでしょ?それに、今の呪文っ!そういう詠唱なんてものも、無かったわっ!そもそも、話・・というか文章が、シリアスに寄りすぎなの。なに?『農作業の喧騒も、ここまでは届かない』とか『小さな窓は、陽の光を受けてぼんやりとした美しい光彩を宿している。』とか『建物だけが、まるで深い呼吸をしているかのように、静かで涼やかな空気をまとう。』とか・・・挙句の果てには、『ここには、かつて、炎と技の中で生まれた職人の魂の余韻が、淡く漂っていた』なんて、そんな太宰治みたいな見るのも恥ずかしい表現、いままでしたことなかったでしょ。読み返してみてよ。話の中に、1つのボケも・・・小ボケすら無いのよっ!」
「ライリューン、インスタ映えって、何かしら?ちょっと良く分からないわ。それに、呪文の詠唱は、『冒険者の娘』の第一話で、登場してるわっ!そもそも2年以上も本編を書いてなかったから、作者も、どんな雰囲気で書いていたか、あんまり覚えてないのよ。だから、前のことは忘れて、ここからは、こんな感じでいくのよっ!」
「つ・・続かないわ・・・こんな真面目なテイスト無理よ・・・」
絶望したような顔のライリューンに、にっこり笑ったアリーが続ける。
「大丈夫。きっと、何とかなるって。知らないけど・・・」
対照的な表情でたたずむ二人の少女。
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その隣では、物言わぬ「オートマタ」のジャックマールくんが、ただ、優雅に舞い続けているのであった。
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辞書を見ずに、サッカー選手のリオネル・メッシさんを、きちんと「晩御飯」と漢字表記できる人は、高評価を押して次の話へ⇒
蛇足.今回の連続投稿の一連の蛇足は・・・
たぶん、かなり前に予約することになるはずです。
多少、現実世界と齟齬があるかもしれません。
蛇足2.メッシ
これを最初に書いた頃は、この人がどこのチームに居るか知らない人なんて居ないくらいだったのに、今は、フロリダにいるなんて、時の流れって早いですねぇ。
サウジアラビアに行った人も、退団後、次にフロリダに行ったら面白いのにって思います。
蛇足2.まだ、マスクしてる
基本的に、人と接触する場所というか、外出時は、今もまだマスクをしてるんですよね。
今だったら、リンゴ病に百日咳にマイコプラズマに・・・なんか、はずすタイミングなくなってます。
で、たぶん、夏が終わったら、コロナかインフルエンザが流行るんですよね。たぶんコロナだろうなって思ってますけど。
って考えると、思い切って今外すか、今後ずっとマスク生活するか。
手洗いと比べたら、自分が感染らない効果は低いと思うんですけど、自分が感染った時に人に感染させない効果を考えると、ずっとマスク生活でもいいかなぁ・・・ちょっとそっち寄りを選びそうな気がします。
蛇足3.米袋有料化
昨日(といっても、5月の終わりの話で投稿日とはズレがありますけど)「農水大臣、米袋有料化へ!」っていう冗談を聞きました。「レジ袋有料化」は、懐かしいですね。ジョークとしてセンスがいいなって思います。
こういうセンス欲しいですねぇ。