3-66. アリーの自動制御人形「オートマタ」
王都から馬車で半日ほど離れた、穏やかな田園風景が広がる小さな町のはずれ。
農作業の喧騒も、ここまでは届かない。
その古びた建物は、田園畑の端にひっそりと佇んでいた。
土で出来た外壁は、長い歳月に晒され、ところどころ苔むし、色褪せて赤茶けている。
小さな窓は、くすんだガラスで覆われているが、淡い色の破片がはめこまれており、陽の光を受けてぼんやりとした美しい光彩を宿している。
鳥のさえずり、遠く農具の音が響く中、この建物だけが、まるで深い呼吸をしているかのように、静かで涼やかな空気をまとう。
そこは、古い工房跡地。
ここには、かつて、炎と技の中で生まれた職人の魂の余韻が、淡く漂っていた。
[美容師の娘] 【 3-66. アレックス、やったよっ】
そこに建つ古びた工房の一角にアリーは、身を隠すようにこもっていた。
王都に戻った後、やはりこのまま引き下がるわけにはいかないと彼女は考えたのだ。
眠っていたライリューンを叩き起こし、パトとラッシュとチビを乗せ、空飛ぶじゅうたんでセミノボヨの街に飛んで戻った。
といっても、前回のように街の中心部に宿を取ったわけではない。
にぎやかな街中から少し外れた場所に建つ静かな宿をとり、宿泊する。
しかし、アリーが、その宿に留まることは少ない。
人々の視線から逃れ、自分だけの時間と空間で、彼女は、あるモノの製作に取り組んでいるのだ。
それが行われている場所こそが、この古びた工房であった。
朝露がまだ葉先に光る頃、彼女は、厚く頑丈な木製の作業台に向かった。
薄明かりの中、アリーは、その台に向かい、慎重に自らの描いた図面を広げる。
汗ばんだ指先が、少し震える。
自律して動き、まるで魂が宿ったかのように振る舞う「オートマタ」・・・
自動制御の人形の魔道具の製作の道筋が、やっと見えてきたのだ。
日も高くなった頃、作業台の上には、精緻に紋様が彫られた小さな金属製のパーツが散らばっていた。
オートマタは、ただの人形ではない。
魔力を巡らすことで動き、自律して全てに反応する魔道具の人形。
心臓部となる「魔導コア」が、金属プレートの真ん中に埋め込まれて、キラキラと宝石のように輝く。
プレートの真ん中に埋め込まれているのは、蒼色の玉。
しかし、この部屋にあるのは、それだけではない。
琥珀色、翡翠色、橙色・・・さまざまな色の「魔導コア」が、炉の前に置かれた絹の上に転がる。
この魔導コアは、ナカヨシの砂を溶かして、結晶化させたもの。
アリーは、作業台から少し離れた場所にある炉の前にしゃがみこみ、赤々と燃える炉心に浮かんだナカヨシの砂粒を静かに見つめた。
彼女の指先が軽やかに動く。
手袋はしていないその手を、炉に突っ込んだ。
不思議に熱さは、感じない。
アリーの白く細長い指が砂をすくいとり、絡めとられた砂は、彼女の指の動きに合わせ、静かに回転する。
そうして、彼女によってゆるやかに流される魔力により、空中の砂は、形を与えられていく。
アリーは、まるで舞を演じる踊り子のように指を動かしながら、その形を整えた。
「今は、ちょうど『陽の気』が強い時間・・・だから、赤系がキレイに出るはず。」
お昼時の今の時間は、南の気である陽が強い。
砂粒は、朱色の鳥の形をとりながら、炉の中を舞う。
そして今、アリーは、またひとつ新たな光を宿した宝玉を完成させる。
炉から取り出されたのは、紅色の玉。
彼女は、静かにつぶやく。
「熱を帯びるきれいな紅色・・・焔心のスカーレットね。」
それは、紅色の宝玉「魔導コア」が出来上がった瞬間であった。
しかし、必要なコアストーンは100個ほど。
ここで気を抜くわけにはいかない。
アリーは、再び炉の中に指を入れると、砂に形を与える。
「くしゅんっ!」
思わずしてしまったくしゃみに、流し込んでいた魔力が放散する。
取り出した宝玉は、真っ白・・・
「あぁ、失敗しちゃった。」
彼女は、失敗作の宝玉を制御盤の上に置くと、そのまま窓から放り出す。
「うん。終わってから、まとめて片付けよう。」
そうして、アリーは、再び指を炉につっこみコアストーン作りを再開した。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
「魔導コア」が埋め込まれている金属プレートの真ん中には、今、細やかな魔法陣が、描かれようとしてた。
魔法陣の紋様は、一筆で一気に描く必要がある。
その線が、1か所でも途切れると魔力の流れが乱れ、滞りを生むためである。
独特の匂いを発する星屑のような銀色のインクは、特別な魔力を帯びたもの。
このドロリとした液体は、ナカヨシの砂にアリーの魔力を込めたものを、これもまた彼女が作った匂うアルコールで念入りに溶き、さらに水で薄めインク状にしたものであった。[※参照 2-29.匂うアルコール]
わずかに筆の圧を変えるだけで、魔力の流れは大きく左右される。
やり直しは、利かない。
紙の上に通常のインクで、何度も試し書きを繰り返してから、本番だ。
銀のインクを横に、筆を持つ。
目の前にあるのは、制御魔法陣の紋様を描くコアストーンをはめた金属のプレート。
1回勝負だ。
すすぅっと筆を滑らせる。
よしっ!成功。
しかし、これは、まだ1枚目。
自動人形「オートマタ」1体を製作するために、この誤作動防止の制御紋結界盤や、魔導回路中央制御盤、魔力漏洩防止の安定結界盤など、約100枚の同様の金属プレートを用意する必要がある。
100枚目のプレートをやっと描き終えた時、工房の周囲には、夜のとばりが降りていた。
静寂が、室内を包み込む。
揺らめく月の光が窓から差し込み、アリーの顔に影を落とした。
大きな一区切りとなる部分までたどり着いたとはいえ、まだ、やっと制御用のプレートが出来ただけ・・・
孤独と焦燥が胸を締め付ける。
しかし、アリーの心は、決して折れなかった。
私が、ひとりで出来ないとなると、ライリューンが、あの体できっと無理をする。
いつも無茶ぶりをしてきたアリーであるが、さすがに妊婦であるライリューンをこき使おうとするほど鬼畜な行動をとる気持はない。
月光を頬に浴びながら、アリーは、オートマタの内部に使用する歯車を確認しはじめた。
これも、ズレや狂いは、許されない。
彼女は、歯車どうしをかみ合わせてくるりと回す。
「これだと、音が違う・・・このままじゃ、動きが死ぬ。」
ちょっとでもひっかかりや、動きのぎこちなさが見つかったならば、その小さな歯車を精密に削り直すのだ。
そうして、ルーペ越しに細かな金属の歯を見つめ、金属ヤスリで微細な凹凸を削り落とす。
神経を研ぎ澄まし、息を止めて表面をじっと見つめた。
そうして、再び無言で作業台に向かい、指先ほどの歯車を手に取る。
彼女はそっと金属やすりを取り上げると、歯車の縁にそれを当てて動かしはじめた。
「少しでも引っかかりがあれば、全体が、狂う・・・」
頬や髪に振りかかる細かな金屑を払うこともせず、アリーは、黙々と作業を続ける。
わずか数ミリの狂い。
それが、オートマタ全体の鼓動を狂わせる。
「誤魔化したところが、ちゃんと壊れるのよね。」
彼女は、金属加工専用の微細な絹のクロスを取り出し、歯車の縁にそっと当てた。
角度は、ほんの数度。
髪の毛1本分のずれだ。
ガチョウの羽根が落ちるほど、軽い力加減。
削るというよりは、磨く。
磨くというよりは、撫でる。
目ではなく、指先の感覚でその金属面を読み取っていく。
宙に舞う細かな金属が、月光を反射してきらりと光ったその時、アリーは、手を止め、歯車を傾けて光にかざした。
歯車に、水を1滴ポトリと落とす。
水滴は、表面張力で歯車の表面に浮かび、すすぅっと滑るように落ちた。
「合格ね。」
小さくつぶやく。
鏡のように顔がうつり、水を落としてもその水滴が留まることが出来なくなるまでの磨き・・・
あたかも小人がその中に入っているのではないかと見まがうような、自動人形「オートマタ」の滑らかな動きは、この歯車が生み出すのである。
動きがぎこちなかった最初の試作人形から数週間。
細かい部品の位置を微妙に変え、魔導コアの魔力の波長を魔法陣を修正することで微調整し、関節部の金属バネのテンションを再確認する。
すべてが複雑に絡み合い、ひとつひとつのズレが、オートマタ全体の動きを大きく狂わせる。
アリーは、手を止め、窓の外の空を見上げた。
孤独な戦いだが、この小さな工房こそが、彼女にとってアレックスのお願いに応えるための場所であった。
そうして、月明りの差し込む静寂の中、新たなオートマタの小さな指先がゆっくりと動き出す。
まるで、命が吹き込まれたかのように、その人形の瞳が淡く光った。
剣を振る、盾を構える、宙に浮かぶ。
もちろん、鐘を打つような単純作業は、お手の物。
自律して動き、複雑な動作を滑らかにこなす自動人形「オートマタ」の完成であった。
喜びが胸を満たし、アリーの頬に一粒の涙が流れる。
涙は、これまでの努力の結晶に対する誇り。
そして、無謀な挑戦を乗り切った印であった。
「アレックス、わたし、やったよっ!」
バタンっ
その時、大きな音を立てて工房のドアが開いたっ。
「アリー、出来たよ。鐘打ちの自動人形っ!」
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大きなお腹をかかえ、声と同時に飛び込んできたのは、ライリューンであった。
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蛇足.今回の連続投稿の一連の蛇足は・・・
たぶん、かなり前に予約することになるはずです。
多少、現実世界と齟齬があるかもしれません。
蛇足1.なんで高いか
「取り合いをしているから」
100必要なところに、103のモノがあります。
普通なら、3余ります。
でも、いつも1個買うところを、
2個買う人が居れば、必要量は、増えます。
飲食店やコンビニ、スーパー、お弁当屋さんなどは特に大きい所は、必要量確保のため、とりあえず契約をします。
ちょっとお高い値段で。
それを見て、中くらいの所もとりあえず契約をします。
ちょっとお高い値段で。
ここに買いだめしちゃう人が加わります。
それを見た卸さんは、在庫が、9月までもたないかもしれない・・・って思います。
そこで、すこし在庫を抱えると一層、お値段が高くなります。
大変だなぁ・・・
蛇足2.みかん農家
かなり昔、ミカンの価格が高くなった年がありました。
いっぱい作っていたミカン農家は、次の年の収量を減らすようにして計画し、他のモノを多く作りました。
絶対、味を占めた人が、多く作って供給過多になると思ったのです。
案の定、中くらいのミカン農家さんが、お値段が高くなったことを見て、次の年の収量を増やすよう計画しました。
次の年、ミカンの価格が、暴落しました。
ってことで、お米の値段を高い状態で維持しようとする人たちの気持ちは、分からなくは無いです。
過去におきた作物の暴落経験が、そうさせるんですよね。
っていっても、今回のお米は、すでにだいたいのお値段を決まってて高い価格で農家と契約をしているので、(JAの概算金とか30%~40%高くなってますし、青田買いの飲食業なんかも高値で年間契約してますし、)その時のミカンほど価格が暴落することは無いと思うのですが、それでも、作付面積が広がっているため、今年の9月以降には、異常気象なんかで凶作になったりしなければ、本来ならモノが余って価格がそこそこ落ちないとおかしいんですよね。
しかも、備蓄米を6、7,8月にも流すでしょうから、そこでのだぶつき感も出るはずなので、供給の途切れを恐れて念のため在庫していたお米も出て来るでしょうし・・・
ってことで、9月前後で周りの物価上昇と同じ程度の価格上昇までは、あり得えても、それ以上の価格になるなら、どこかで誰かの作為が働いていないかを疑いそうになりますね。
蛇足3.同量の買戻し条件付き一般競争入札
競争入札で、高いお金で買わされた古米。
その後、あり得ないほどのとんでもなく安い価格で古古米や、古古古米が随意契約で放出されました。(あっ、古古古米は、まだか・・・)
「返還したいというのであれば、対応したい」って、5月29日の参院農林水産委員会で言っている大臣がおられますので、お米のだぶつき感が多少出て来る可能性が高い9月頃に「競争入札で、高いお金で買わされた古米」は、返還することにしてあげればいいと思います。
バランスって、大切です。
JAだって、供給に責任を持つことをほぼ義務付けられているのですから、そのくらいは、許してあげるべきです。
・・・ですが、きっと許さないんだろうなぁ・・・返すなら早く返せってせっつきそうです。
どこかの関税と一緒で、ジャイアンは、ジャイアンの論理で動くので、仕方ないですね。
蛇足4.正しいとは、限らない。
ここに書いてあることが、正しいとは、限りません。
例えば、どこかの総理が消費税をゼロにしたら、小売店のレジなんかを調整するのに、「1年はかかる」って言ってましたよね。
で、「そんなん15分あれば、設定できる」って町のお店の人が言っているのを見て、総理大臣は、嘘つきだって話が流れる。
でも、そこで言っていることが、正しいとは、限りません。
町のお店の人の持っているレジシステムなら、15分で設定できるだけで、色々なシステムが組み合わさって田舎の温泉旅館の増築のように、複雑に積み建てられている巨大なPOSシステムなら、下手したら1年以上かかってもおかしくなかったりします。
だって、システム改修して、テストしてエラーが出たら、直してってしなきゃダメですから。
先日、高速道路の『深夜割引見直し』のためETCシステム改修をして、『大規模障害』が起こって、料金所の支払機が使えなくなり、大渋滞が起こったのは、記憶に新しいですよね。
実は、この影響で7月頃の『深夜割引見直し』実施困難になって、高速道路の『深夜割引見直し』は、再延期された上、実施の時期は未定となりました。
これって、前も1度延期していまして、その理由が、システム改修がうまくできなかったためです。
ってことで、2024年の12月に1回延期して2025年7月開始とした『深夜割引見直し』を、再延期して『深夜割引見直し』をいつ行うか分からないということになりました。
同じように、消費税をゼロにして、レジシステムが使えなくなりましたってなった時のことを考えると、1年って短いんですよって思います。
改修の考え方は、お値引きということで割引と同じですけど、税なので、取引相手や国など、割引よりよっぽどやってることが複雑ですから。
ってことで、確かだと思える1個の証拠があっても(「そんなん15分あれば、設定できる」って町のお店の人が言っている)その他の状況をぐるりと見渡して、それが本当に正しいか考える必要はありますよね。
ってことで、ここに書いてあることも、ぐるりとその他の状況を見渡した時、正しいとは限りません。
2つくらいの相反する意見があって、どっちも正しいなんて、よくある話なんですから。