3-65. ライリューンの鐘打ち人形2
開いた窓から差し込む朝の光が、工房の奥の妊婦の背中、霞む空気を柔らかく照らす。
コチンコチンと音を立てて揺れるのは、小さな『振りこ』。
彼女は、手の中の真鍮の歯車をじっと見つめる。
「問題は、ここ。」
そう呟いて、仕掛けを描いた図面に目を落とす。
指でなぞったのは、設計図の一箇所。
突起を押し上げるレバーの動きがスムーズでなければ、鐘の音に、必要なリズムが出ない。
彼女は、立ち上がり、小さな木槌を手に取ると、人形の手からにゅぅっと伸びる鐘を打ち、ハンマーの接点部分をコンコンと微調整する。
人形の横には、鐘に見立てて縦置きした丸太木の皮を剝いだモノ。
時刻は、午後8時。
振り子がゆっくりと揺れ、人形の内部の機構が音もなく回転した。
コーン・・コーン・・・コーンコーン・・・
静かな工房に、薪を割るような澄んだ木の音が、8つ響き、ポコリンポコリンとお腹から伝わる胎動もそれに共鳴するように8回っ。
「この子が、時間を刻みはじめたわ。」
こうして、彼女の手で組み上げられたからくり仕掛けの鐘打ち人形は、時を刻む詩人のように、夜の帳にその詩を唄いはじめるのであった。
[美容師の娘] 【 3-65. アリーっ。出来たわっ】
「この石なら、魔力を滑らかに流してくれるはず・・・」
彼女はそう呟いて、少年から譲ってもらった白く透き通った石を撫でると、からくりの仕掛けを描いた設計図に目を落とした。
そこに緻密に描かれているのは、『振りこ』で動く軸と、それに合わせて回転する鐘打ち人形の仕組み。
鐘を打つ回数を時刻と連動させる・・・その鍵となるのは、12時間で一巡する主軸歯車。
歯車には、12個の段差がつけられており、各段が「時間」を表している。
たとえば、8時の段差は8つの突起を持ち、それが鐘打ち人形の機構を8回押し上げる。
しかし、『振りこ』で動く軸と歯車が、正確に連動して動作することをしてくれない。
実際の時間よりも、少しズレが生じるのだ。
1時間の間に、ほんのわずかに生じた誤差は、12時間後には、とんでもないズレとなってあらわれる。
ライリューンにとって、この1週間は、誤差の微調整に費やされたようなものであった。
この時計は、機械仕掛けだけでは、うまく動かないっ!
そう考えた彼女が、問題を解決するために用意した『時の砂』。
ナカヨシの砂にライリューンが魔力を込めた、時刻を刻む砂時計のような魔道具だ。
彼女は、この『時の砂』と『振りこ』の動きを同期させることで、歯車に伝わる動きに生じるズレを解消させようとしていたのであった。
魔法と機械工学を融合させる技術は、ライリューンにとって、ほぼ見よう見真似の独学である。
アリーあるいは、ナカヨシ教授がこういう風にしていたなぁ・・・といったあいまいな記憶と、工房に置いてある書物の記述を頼りに、白く透き通った石とそれを埋め込む金属のプレート・・・制御盤を設置していく。
まぁ、門前の小僧習わぬ経を・・・とは、よく言ったもので、彼女の手際は、とても良く、その腕前は、玄人はだしと言ったところか。
「本当は、魔法陣も描いたほうがいいんだろうけど・・・」
さすがにこの制御盤に有効な制御用魔法陣を正確に描写する作業は、ライリューンの手に余る。
妥協した彼女は、魔力の伝導効率が少々犠牲になることを承知で、石へと移された『時の砂』の発する魔力の波が、プレートから『振りこ』へ直接伝わるように調整を行う。
石の力を受け取るのは、『振りこ』だけではない。
歯車の一部も、石からのエネルギーを受けて伝わる魔力の周期的な波動に合わせて自ら回転速度を調節し、自律的に動きを制御するようにしなければ、長期的なズレを解消することはできないであろう。
これらを踏まえ、ライリューンが最も苦心したのは、魔力を波長に変換し、かつ安定して自動制御できる回路の設計であった。
回路網は、制御用の魔法陣なしに、石が組み込まれた制御盤と連動し、魔力の流れを連続的に調整しなければならない。
まず彼女は、『クリスタル』とも呼ばれる透明な水晶を砕いた小さな粒を、制御盤上に並べていった。
水晶は、魔力を蓄積するだけでなく、流れる魔力の波長を整える性質をもつ。
金属プレートの上に並んだこの小さな『クリスタル』の粒が、『時の砂』の発する魔力の波を石へと移す。
さらに、石から『振りこ』や歯車へと魔力の波を伝えるのも、この『クリスタル』の役目だ。
魔力の波の乱れは、即座に回路の誤作動を意味し、それは、より大きな時間のずれを引き起こす。
いや、時間のずれであれば、まだよい。
やり直せばいいだけだから。
ライリューンが恐れるのは、少年から譲ってもらった白く透き通った石と金属プレートを、破損させること。
『クリスタル』の粒の配列のどこかで滞りが起こり、魔力の波が停滞し過剰に蓄積されたならば、おそらく、石やプレートに少なからぬダメージを与えることになるだろう。
少年から譲ってもらった石とこの制御盤に、代替品は、存在しない。
作業を行う彼女に一切の妥協は、許されなかった。
集中し、設計図を見ながら1粒1粒のクリスタルを並べ、区切りまで並べたら、それを金属のプレートに固定していく。
その時であった。
ポコリンポコリンとお腹から伝わる胎動が、急に、ボコボコという急なものに変わった。
「えっ、なに?」
ライリューンは、思わずプレートから手を離し、お腹を押さえた。
「あっ、だめ・・・」
並べた小さな『クリスタル』の粒のうち、まだ固定をしていなかったものが、コロンと床へとこぼれ落ちる。
「あぁ・・やり直しね。」
そうつぶやきながら、ふと図面を確認すると、赤いインクで書かれた自分の文字に気づく。
『注意!ここは、二重になっているから、クリスタルの配置を逆にすること!!』
彼女は、お腹をさすり、涙ぐんだ。
「うん。この子が、助けてくれた。下手をしたら、石が、爆発しちゃうところだったわ。」
そう・・・ライリューンは、『クリスタルの配置を逆にする』と書いた注意書きを見落として、自分が、『クリスタル』の粒を逆ではなく、順列に並べてしまっていたことに気づいたのだ。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
こうして、試行錯誤すること丸1日半・・・
ついに出来上がったのが、7時であれば7回、8時であれば8回・・時刻が来ると、その時刻の回数、鐘を打つ『からくり仕掛けの鐘打ち人形』であった。
コーン・・コーン・・・コーンコーン・・・
8時・・・
鐘に見立てた縦置きした丸太を、8回打ち終えた『鐘打ち人形』は、ライリューンの右腕によって誇らしげに抱えられた。
「この鐘打ち人形は、ただの魔導具ではなく、命の奇跡と努力の象徴よっ。」
それは、お腹の中の我が子に助けられながら作った、彼女の傑作であった。
アリーが人形を作るためにこもっている工房は、この田園畑のはずれ。
ライリューンは、はやる心をおさえきれないまま、彼女の元へと向かった。
「きっと、ビックリして喜ぶわ。アリー・・かなり行き詰まってたもの。」
舗装されていない少しぬかるんだ田舎道。
お腹の大きなライリューンにとっては、少しつらい距離である。
けれども、小さくつぶやきながら移動する彼女は、ライ麦畑の横を・・・まるでスキップするかのように小走りにすすむ。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
趣のある古く小さな小屋が、その工房であった。
「アリーっ。出来たわっ。この『鐘打ち人形』なら、鐘打ち職人の代わりを完璧に務めることができるわっ。」
バタぁンと工房のドアを開け、ドオぉンと突き出すように『からくり仕掛けの鐘打ち人形』を床に置くライリューン。
おそらく、過酷な作業を続けていたのであろう。
久しぶりに目にするアリーは、ひたいや頬を黒々と汚し、目の下にはクマをたくわえ、ひどく疲れた様相をしていた。
そうして、ぴたりとふたりの視線が重なった瞬間。
アリーは、ニッコリ笑ってライリューンを見据えると、その生気がない疲れ切った表情とは違って、弾むような声で答えた。
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「ライリューンっ。出来たわ。完璧な人形よっ!」
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蛇足.今回の連続投稿の一連の蛇足は・・・
たぶん、かなり前に予約することになるはずです。
多少、現実世界と齟齬があるかもしれません。
蛇足1.中小のスーパー
日本で一番精米能力を持っているのは、どこでしょう?
はい、全NOパぁルラィス・・・JAですね。
じゃぁ、中小のスーパーに渡す古古古米は・・・10万トン程度、そこに委託して精米すればいい。
設備はあるんだから、そこで袋詰めまでして、配送は、政府が手配すればいい。
JAには、その委託手数料だけ払う。
米自体では儲けさせない。
それが効率がいいと思うのですが・・・
小泉さん、嫌いなんでしょうね。
JA。
蛇足2.200万トン
基本、備蓄米は、全量を輸入米にすればいい。
そうすれば、9月に米が多少なりともだぶつく。
200万トン輸入して、保管する。
豊作の年なら、国産米で100万トンを積み増せばいいだけ。
2年たったら、玉木さんの言う「動物の餌」にする。
それを毎年やって回転させれば、いいのでは?
あっ、そういえば、この人、言葉選びの「センスの悪さ」が、私に似ている気がします。
これから販売し、人の口に入るお米を、「動物の餌」って・・・お気を付けにならないと、どこかで高転びする可能性がちらりほらりと・・・「後期高齢者」って言葉で叩かれた方を思い出しました。
あっ、私の言葉のセンスの悪さですか?
たいしたことではありません。
70歳以上の高齢ドライバーが車に貼る「もみじマーク」を、間違って「枯れ葉マーク」って言ってしまっただけです!
あっ、もみじ饅頭を食べたくなったので、この辺で終ります。