3-64. ライリューンの鐘打ち人形1
3-59.あの鐘の音を鳴らすのは 6 の 続きになります
午後の柔らかな陽差しのもと、何かに思い悩むように愁いを帯びた表情をした妊婦が、静かに田園のはずれを歩いていた。
大きくふくらんだお腹を両手でさすりながら、一歩一歩を確かめるように前に進む。
その歩みの横には、ライ麦畑が広がる。
妊婦は、足を止め、揺れるライ麦を見つめた。
風にそよぐライ麦の波。
一つ一つの茎の先には、小さな命のように穂が実る。
粒は、小ぶり・・・しかし、確かに、次代へと命をつなごうとしていた。
「ライ麦も、生きている・・・」
彼女は、つぶやいた。
[美容師の娘] 【 3-64. 白いコアストーン 】
「やっぱり、このまま引き下がれないわ。起きてっ。ライリューン!」
そんな声で叩き起こされたのは、月の光すら見えない真っ暗な夜中であった。
3匹の犬が、顔をなめる。
そうして、寝ぼけまなこのまま、空飛ぶじゅうたんに無理やり乗せられると、セミノボヨの街に飛んで戻ることになったのだ。
宿泊したのは、にぎやかな街中から少し外れた所に建った静かな宿。
しかし、アリーは、その宿に留まらなかった。
「ライリューンは、身重なんだから、ゆっくり休んでてね!」
彼女は、言い捨てるや否や、職人組合のギルドから借りた田園畑のはずれにある古びた工房へと走って行ってしまったのだ。
「ゆっくり休めって言うなら、王都に置いてきてくれたらよかったのに・・・」
確かにその通りで、ライリューンを気遣う言葉をかけるくらいなら、無理やり連れてくる必要など無いのだ。
本人には言えなかった愚痴をブツブツとつぶやきながら、畑の横を歩く。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
ライ麦の葉は、本来ならば陽光を受けて青々と広がる。
しかし、この畑のモノは、少し違った。
ところどころで内側に巻き込み、あたかも濡れた後に乾いてしまった紙のように丸まったり、あるいは、しなびてしおれて見えるモノも、ちらりほらりと見られる。
その葉を支える茎の色は、本来の冴えを失い、根元に近い部分からじわじわと茶色く変色していた。
目を凝らせば、葉や茎の表面に、小さな赤褐色の斑点が点々と浮かび上がっているものもある。
まるで錆びた鉄を思わせる、不自然な色と質感。
それは「サビ病」と呼ばれるライ麦の病。
寒さに強いライ麦ではあるが、熱さには、弱い。
熱を含んだ湿気と風に乗って広がる病原菌が、この畑を蝕んでいる証だ。
風が吹き抜けるたび、葉の裏にこびりついた粉状の胞子が、ふわりと宙に舞い上がる。
しかし、枯れかけた葉や、サビ病に侵された茎があっても、それでも麦は穂をつけ、実を宿している。
風に揺れるその姿には、どこか凛とした気配があった。
自分の内側で、確かに動く小さな命。
日に日に大きくなるお腹は、重く、苦しい時もある。
夜中に目が覚めて不安になることもある。
それでも彼女は、お腹に手を添えるたびに思う・・・この子もまた、世に出る準備をしているのだと。
麦が穂を実らせて次の命を地に落とすように、自分もまた、命を抱いて、次の時代へ渡そうとしている。
痛みや不安があっても、それは、尊いことだと、ライ麦の姿が教えてくれる。
「それでも、がんばって育つんだね・・・」
その言葉は、ライ麦に向けられたのか、お腹の子に向けられたのか・・・
風が吹いて、麦穂がざわりざわりと音を立てる。
妊婦は、その音を聞きながら、今、自身が抱えるある問題について再び考えを巡らせ始めた。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
その日、明るい工房の窓にまばゆい日の光が差し込む中、妊婦のライリューンは、書物と部品の山に囲まれていた。
体は重く、時折、胎動がお腹の中でポコリンと波打つ。
「鐘打ち人形・・・自動制御で時間が来れば鐘を打つ・・・そんな難しいモノ、作ることが出来るのかしら?」
アリーは、田園畑のはずれにある工房にこもったまま、もう数週間も出てこない。
顔を出すのは、時折食べに戻る食事の時だけ・・・
その時も、汚れた頬をぬぐうこともせずに、難しそうな本をめくりながらうんうんと唸っているのである。
「やっぱり、私がやるしかないわ。」
ライリューンは、作業台の上に積まれた書物を全て本棚に戻し、スペースを確保した。
アリーが行き詰まっている以上、これをやり遂げるのは自分しかいないっ!
そう固く決意して・・・
「歯車と『時の砂』との同期を、どう制御すればいいのか分からないわ・・・」
ライリューンは、小さくつぶやく。
彼女は、作業台に広げた手書きの設計図を指でなぞりながら、手元の小さな模型で動きを試した。
何度も動作不良を起こし、歯車が噛み合わず止まったりといった分かりやすい不具合は、すでに解消している。
ただ鐘を打つだけならば、この鐘打ち人形でもう十分なのである。
しかし、王都の鐘は、時刻を告げるもの。
一定の時刻ごとに、決まった回数の鐘を打つようプログラムするには、時間との同期が必要なのだ。
今、ライリューンの手の中にある『時の砂』は、時刻を刻む砂時計のような魔道具だ。
その中には、ナカヨシの砂が詰まっている。
この砂の変動によって、一定時間が経過したならば、それを知ることが出来る。
ライリューンは、これに魔力を込めて時刻を正確に歯車に伝えようと考えていた。
しかし、それを鐘打ちの人形と連動させるすべが思いつかない。
彼女は、作業前に本棚に片付けた書物を、再び作業台の上に広げると、目を近づけてこれを読み始める。
時折、ポコリンポコリンとお腹から伝わる胎動を感じながら、彼女が、完成を諦めることは、決してなかった。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
ライリューンが、それを見つけたのは、アリーのこもる工房近く。
ライ麦が植わった小さな畑のすぐ横である。
この日、作業に行き詰まった彼女は、気分転換に外に散歩に出かけていた。
髪をかき上げ、うつむき加減だった顔を、ふと上げる。
目にしたのは、畑のあぜ道をふらふらと歩く、手に金属のプレートと、不思議な石を持った少年。
すれ違いざま、一目見てそれが特別なモノであることに、彼女は気づいた。
なぜならば、石に膨大な魔力が込められていることが、チラリと横目で見ただけで感じられたから。
「ねぇ、君っ。それ、どこで見つけたの?」
「え?そこで拾った。落ちてたから、ボクのだよっ。」
これがあれば・・・
そう、この石と金属プレートがあれば、『時の砂』と歯車・・・そして、鐘打ち人形全体との同期が出来るかもしれない。
ライリューンは、思わず少年に駆け寄った。
「お願いがあるの。これ、お姉ちゃんに譲ってもらえないかしら?」
「えー、でも・・・きれいだから拾ったけど、もしかして、おばちゃんの落とし物?」
「違うけど・・・ある意味、そうかもしれない。いま、私は、それを必要としているの。」
「ん-・・でも、あげるの、もったいないな。せっかく光ってて、きれいなのに。」
「代わりのものをあげるわ。」
ライリューンは、腰の小袋から、金貨を取り出して見せた。
「おいしい食べ物にも、たくさんの服にも変えられるわ。これ1枚あれば、小さな家を借りることだって・・・」
彼女のその言葉は、少年によってさえぎられた。
「このお金は、見たことないです。本物?」
「金貨よ。だから、すごく、価値があるのっ・・・あっ、それなら、こっちは、どう?」
ある考えを思いついたライリューンは、腰の袋から、小さな皮袋を取り出してその口を広げた。
「なら、こちらと交換にしましょう。見てっ。この中には、『キョーカミトバ州のライ麦の種』が入ってるわ。」
「キョーカミトバ州の?」
「そう、とっても強いライ麦の種よ。暑さや病気に耐性があるし、少ない水でも多くの実りをつける。ここのライ麦は、最近の暑さで苦しんでいるのでしょう?畑を見させてもらったわ。葉先も焼けて、穂が細い。病気にかかっているものもある。でも、こっちの新品種なら、来年の夏は、枯れずに実るかもしれない。」
少年は、種を見つめ、少しの間、沈黙した。
そして、決意したようにうなずく。
「だったら、交換するっ。この石と金属盤の代わりに、その種ください。どうせ拾ったものだから、石は、無くなっても別に問題ない。交換して、来年暑くてもライ麦が病気にならないなら、絶対、そっちの方が、得だし・・・」
ライリューンは、歓喜した。
「きれいなお姉さん」と言うべきところで、少年が、「おばちゃん」呼ばわりしたことも、ぐっと我慢した。
キョーカミトバ州の外に出すのは、少々問題のある新品種のライ麦の種も差し出した。
代わりに手に入れたのは、魔力のこもった石とそれをうまく伝えることが出来そうな金属盤。
これで、『時の砂』と鐘打ち人形全体との同期が、可能に・・・
うまくいくかどうか・・・
いや、うまく・・成功させなければならない。
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こうして彼女は、大きなお腹を抱えるようにしながら、鐘打ち人形を作るため、アリーとは別にこっそり借りうけた工房へ戻るのであった。
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蛇足1.2年ぶり、3年ぶりに
3-55.あの鐘の音を鳴らすのは 5掲載日2022年12月05日3年前
3-59.あの鐘の音を鳴らすのは 6掲載日2023年05月07日2年前
3-64. ライリューンの鐘打ち人形1は、あの鐘の音を鳴らすのは 6の続きになります
お待たせいたしました。
ここから数話、区切りのいい所まで投稿をさせていただきます。
しばらくお付き合いのほどよろしくお願いいたします。
蛇足2.4月3日の5時20分
4月1日まで遊んでいた通貨のお話。
もちろん、夢の中の話ですが!
4月1日8時過ぎ・・・$=¥150.09!
ここで、半分を円に!
4月3日の5時20分ごろ・・・$=¥149.97
ここで、残りを円に!
いや、疲れたぁ。
何とか、ギリギリ間に合いました。
1年に1回の蛇足だから、ちょっと頑張ったけれども、もうこの手の企画は、やめましょう。
っていうか、夢の中の話だったはず!
それでは、次の話へ