3-60. 【閑話】エイプリル医院のお手伝い 前編
春の夜は短く、眠りが、心地よい。
目を覚ませば、さえずる小鳥の声が聞こえる。
昨日の夜は、はげしい風の音がした。
花粉が、たくさん飛び散ってしまったことだろう。
ふと、窓を開けてみる。
すると、黄色い花粉が窓枠にくっ付いていた。
[美容師の娘] 【 3-60.花粉さん飛ばないで 】
かゆいの、かゆいの飛んでいけ・・・いや、飛ばないで。
目がかゆい。
鼻がかゆい。
うん。くしゃみも出る。
なんなら、鼻水も。
お願い、飛ばないで・・・花粉さん。
☆ ☆ ☆
「くしゅんっ。」
「もーぉ、アリー汚いっ。くしゅんっ。」
「ライリューンだって、一緒じゃないっ。」
「私のは、風邪だもん。ほら、38.5℃もあるし。」
ぶんぶんと、振り回される体温計。
いや、そんなに振り回しちゃ、見えないって・・・
しかし、今年は花粉が、よく飛んでいる。
黄色い粉が、ナカヨシ研究室の窓枠に積もっているのが分かるもの。
あぁ、ドアを開けたくないわ。
って思っていたら、ウチの賢いパトちゃんが、前足で器用にドアノブを回して研究室へと入ってきた。
うん、開けたら閉めようね。
花粉が入ってくるから。
「あー、また、郵便物をパトが盗ってる。」
おーい、ライリューン。
ウチのワンちゃんは、お手紙を盗ってるんじゃなくて、お部屋の中まで運んで持って来てくれてるのっ。
そうこうしてどうして・・・パトがくわえて持ってきたお手紙は、ライリューン宛てのものであった。
「あーっ。もうこんな季節だったんだ。困ったな。ライアさんに言ってなかったや。」
お手紙の封を切って中をチラリと見た瞬間、ライリューンが、ため息をつく。
「どうしたの?」
「いや、毎年この時期に、ホームカンシ教の診療所のお手伝いしてたの。そのお手伝いに来るようにって、手紙。」
どうやら、ライリューンは、エイプリル医院という診療所の看護師さんに、今日からお手伝いをする約束をしていたことをすっかり忘れてしまっていたらしい。
「ライアさんになんて言おうかなぁ。」
「ライアさん?」
「うん。お手伝いを約束した看護師さん。何年か前に、名前が似てるねって意気投合してお友達になったの。そのご縁で、医院のお手伝いを始めたんだよね。」
ホントは、ライアーヌさんって名前だけど、縮めてライアさん。
ライリューン・・・ライアーヌ・・・
似てるような・・・似てないような・・・
まぁ、どうでもいい。
「さすがに、診療所のお手伝いする時に、38.5℃の風邪ひいてて、咳とくしゃみしながらっていうのは、ダメだよねぇ。」
ライリューンは、あきらめ顔でぼやく。
うんうん。確かにそうだね。
しかし、安心しなさい。
このわたしが、一肌脱いであげましょう。
「まかせて、ライリューン。代わりに行って来るよ。」
「いや、それなら高熱でも、私が行く方がマシ・・・って、アリーぃぃぃぃ。」
後ろから、なにやら叫び声が聞こえた気もしなくもない。
けれども、ライリューンの右手から、お手紙をパッっとひったくって、わたしを追いかけてきたパトの口から、今度は、わたしがその手紙をひったくる。
お手紙の食物連鎖。
こうして、わたしは、エイプリル医院のお手伝いに向かうこととなった。
くしゅんっ。
☆ ☆ ☆
「おはようございますー。」
王都の中心から少しはずれた場所。
閑散としたとまでは言わないけれども、それでも中心部よりは人通りが少ない。
エイプリル医院は、まだ開院前で、受付に誰も人が居なかった。
きょろきょろ周りを見渡し、挨拶をしながら奥へと進む。
「あら?ごめんなさい。まだ先生が来てないから、診察できないわ。」
奥の扉から出てきたのは、1人の女性。
この人こそ、ライリューンの友人で、看護師のライアーヌさんであった。
「あのー、アリーって言います。ライリューンの代わりに来たんですけど・・・」
そう言って、わたしは、パトからひったくった手紙を取り出してライアーヌさんに見せた。
「あぁ、お手伝いに来てくれたのね。ライリューンは?」
「38.5℃の熱出して、倒れてます。」
「あら?それなら、一緒に来ればよかったのに。病気なんだから。」
あっ・・・そっか、風邪ひいてるんだから、ライリューンもここに連れて来れば、治療してもらえたんだ。
失敗しちゃったな。
「じゃ、もうちょっとしたら、先生が降りてくるから、そこにでも座って待っててね。」
そう言って、ライアーヌさんは、コーヒーが入ったカップをテーブルに置いてくれた。
うーん。程よい苦みと酸味がおいしい。いい豆使ってるね。
そうして、わたしが、コーヒーを十分に堪能したころ、ようやくお医者さんが現れた。
「あっ、はじめまして。アリーです。」
「うん。今日からお手伝いをしてくれるんだってね。このエイプリル医院の医院長をしている医師のフールだ。よろしく頼むね。仕事内容は、ライアに聞いておいてくれたまえ。」
そう言うと、さっと、診察室へと向かう。
「じゃ、アリー。こっちに来て座って。受付事務のサトゥさんのお手伝いをしてもらうわね。」
ライアーヌさんの後ろに立っていたのは、事務のサトゥさん。
オリエントーク国出身のかわいらしい女の人。
「アリーさん。よろしくね。」
「あっ、アリーでいいですよ。よろしくお願いします。」
サトゥさんをお手伝いしながら、患者さんを診察室へとご案内する。
ライアーヌさんに患者さんを引き渡したら、受付に戻ってサトゥさんのお手伝い。
仕事の出だしは、順調だった。
しかし、その問題が起こったのは、サトゥさんと同郷のオリエントーク国の人たちが患者さんとして受付に並び始めてからだった。
え?何???この文字。
オリエントーク国の文字で名前が書かれている。
奇怪で難解。
「カンジ」という名前の独特な雰囲気を持った象形文字は、その形で1文字ごとに意味を持つらしい。
「はいっ。これで薬の袋に名前を書いてね。」
「やま・・・だ、たぁろ・・・う・・・山田太郎。」
む・・・難しい。
もぉ、ヤダっ。難しすぎ。
山の中に稲を植えずに、平地に植えようよ。
なんで、山田なのよ。
そんなことを言っても、薬の袋が減るわけでもなく・・・
オリエントーク国出身の患者さんは、どんどん増えていく。
それでも、数をこなして慣れてくれば、なんとか作業の流れを掴むことが出来た。
「はいっ。これ、難しい方の「ハナ」で書いてね。」
はいはい。
また、山の中の田んぼなのね。
「ヤ、マ、ダ、ハ、ナ、コ・・・で、難しい方のカンジで書く。」
うん。完璧っ。
わたし、オリエントーク国に行ったとしても、筆談で生きていけるような気がする。
「ちょっとぉぉぉ・・・アリー。漢字、間違ってるっ。」
えっ?言われた通り書きましたけど?
山 田 鼻 子
「どこの世界の親が、名前に「鼻」を使うのよっ。いままで来た患者さんに、体の一部の漢字を使った人、ひとりでもいた?」
・・・心愛ちゃんって子供がいました。
そう答えたかったけれど、サトゥさんが、本気で怒っていたので、ごめんなさいと、頭を下げた。
どうやら、山田華子が、正解だったらしい。
オリエントーク語は、難しい。
やっぱり、オリエントーク国に行ったとして、筆談であっても、なんやかんや間違いは、起こりそうだ。
旅行に行くことになったら、通訳の人を連れて行こう。
うん、賭博をしない通訳がいいな。
その後も、ときどき名前を間違って怒られつつも、なんとか仕事をこなすことが出来て、お昼休憩。
ってか、もう13時30分過ぎてるじゃん。
午後の診察14時からなのに・・・。
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下の4本、本日中に、投稿を予定しています。
それぞれ視点が違います。
お時間がございましたら、是非お楽しみください
★本日、09時に投稿予定 アリー視点
【美容師の娘】3-60. 【閑話】エイプリル医院のお手伝い 前編
https://ncode.syosetu.com/n6487gq/223/
★本日、10時に投稿予定 アリー視点
【美容師の娘】3-61. 【閑話】エイプリル医院のお手伝い 後編
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◆本日、15時に投稿予定 ライア視点
【冒険者の娘 ライリューン】1-4.【閑話】エイプリル医院のライアーヌさんは、今日も大忙し
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▲本日、17時に投稿予定 オリヴィアとケイシー視点
【風と水の魔法使い】2-42. 【閑話】受診するならエイプリル医院
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