3-01.【閑話】羊皮紙工房の移転
あの「死大陸写本」の羊皮紙が作られた、歴史あるマシミマウ州のビッグキング羊皮紙社の「法王工房」。
その工房が、会長カタト・モワ・カイ氏の鶴の一声で、全設備を 休止するらしい。 再稼働は前提と、前提とせず、全面閉鎖だ。
王都で開かれた会見で、ビッグキング羊皮紙のカタト会長は、「羊皮紙生産の一貫性や付加価値の高い新しい商品といった生産力が 相対的に低い羊皮紙工房を 休止する。」と話した。 時期については、明言しなかったものの、「法王工房」の設備や建屋も いずれは解体し、更地にすることも、明らかにされたという。 同工房が 当初計画していた 再編案の中では、工房は 縮小されるものの 残ると思われていただけに、地元の衝撃も かなりのもので、周辺の動揺も 激しいものであった。
酒場で、その噂を聞いたのは、小悪党デップと、その弟分のジョニー。
「アニキ、聞きましたかい?
法王工房が、休止するみたいですぜ。」
「あぁ、聞いている。
明日は朝から、法務局だな。」
「法務局? なんでまた、そんなところに?」
「てめぇは、黙って、ついて来てれば いいんだよ。」
まぁ、ビッグキング羊皮紙社は、新事業として、植物紙と呼ばれる 薄っぺらい紙を 作り始めるみたいだが、新事業なんて、そうそう 上手くいくわけがない。
これは、チャンスだ。 この混乱に乗じて、オレ様が、ひとやま当ててやるっ。
[美容師の娘] 【 3-01.オリンピュアスのお仕置き 】
私は、マシミマウ州企業局 水道課、水道管理部の係長だ。
マシミマウ州では,産業活動に必要な工業用水を企業に供給するため,100年ほど前に、工業用給水を開始した。 現在、州東部から海沿岸及び 州東南地域の企業などに対して、1日当たり約2万7200立方メートルを 給水して 地域の工業を助けている。 その中でも、マシミマウ州東部工業用水道事業は、法王川 表流水を水源とし、マシミマウ地域における 工業用水を確保するため、マシミマウ州における最初の水道事業として、建設が始められたものだ。 約100年前に給水を開始して、その翌年に すべての給水施設が 完成した。 現在、羊皮紙業など7事業所に 日量約1万9400立方メートルを 給水している。
「先輩、どっかに、いい女の子いません?」
いつものように 書類を整理していると、後輩の アキヌ・ブリースが 声をかけてきた。
「一応、好みは、聞いとくけど、どんな子がいい?」
「スタイルが いい子がいいですね。
出るべきところは 出てるのがいいです。
で、引き締まるべきところは、キュッと引き締まっている感じ。
髪の毛がサラサラで、お肌もきれい。
いいにおいがする子が いいですね。
身長は、自分より低い方が いいです。
それから、メイクは薄い方がいいです。 濃いのはダメです。
あと、笑った顔が かわいい子が好きですね。
で、料理が上手で、甘えんぼ。
足首が、細くて、鎖骨がきれいな人が いいです。
あと、おしとやかで・・・。」
「うん、いないな。 あきらめろっ。」
「おい、お前ら、バカ話してないで、仕事にかかれっ。
法王工房が閉鎖したらしい。 料金負担が変わる。
試算しておいてくれ。
あっ、あと、アキヌ・ブリース。
お前、結婚は、あきらめた方が いいぞっ。」
偉そうな口調の課長は、のんびりコーヒーを飲み始めた。 おいっ。コーヒーを飲んでいる暇があるなら、お前が計算しておけよ・・・。 とも言えないので、私は、大人しく、現在7つの事業所用に供給している工業用水の代金を 6つの事業所で使用する形でに変更して 試算することにした。
と、いっても、私は、お茶を飲んでいるだけだ。 ここは、 アキヌの計算能力を試すことにしよう。
「3倍ですね。」
「3倍? 工房が、ひとつ無くなるだけだぞ?
なんで費用負担が、そこまで増えるんだ?」
「羊皮紙工房は、水を 大量に使いますからね。
大口の工房が撤退するんだから、当然上がりますよ。」
法王工房の、1日当たりの契約使用量は、1万1650立方メートルほど。 東部工業用水道事業が賄う工業用水の 6割を占める。 今回の試算は、設備の維持管理費などのコストを 賄えるよう水道料金を算出したものだ。
料金収入が大幅に減ろうとも、設備は、維持しなくてはならない。
これは、個人家庭でも同じなのだが、水道代とは、水を使った料金ではなく、水道設備の維持に必要な金額を、各々が水を使用している割合で、分配したものが、支払う金額として算出される。
いままでは、羊皮紙事業のため、法王工房が、水を多く使っていたため、1事業所あたりの割合が相対的に 少なくなり、安く 水を提供できていたのだ。 法王工房の閉鎖は、水道事業に壊滅的打撃を 与えかねない・・・。
「まいったな。
他の事業所さん、絶対、値上げなんて、のんでくれないよ。」
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キング羊皮板紙 マシミマウ工房は、厚手の羊皮紙を製造するマシミマウ州の工房である。 板紙とは、その名の通り、羊皮紙の中でも、厚手のものを指すのだが、羊皮紙工房だけあって、水の使用量は多い。 この工房だけで、工業用水を1日で約5000立方メートルほど使用する。 これは、この地域では、ビッグキング羊皮紙の法王工房に次ぐ 使用量であった。
「3倍? それは、無理ですな。」
「そこを、なんとか・・・。」
「今でも、事業は、採算ギリギリですわ。
だいたい、残る者が、穴埋めするのは理屈に合わんでしょう。」
「設備の維持管理が、できなくなると、水を供給できません。
今後も安定して、工業用水を提供するには、必要なコストです。
どうか、ご理解を頂きたい。」
後輩のアキヌ・ブリースと訪れた キング羊皮板紙 マシミマウ工房では、当然のごとく、料金値上げの撤回を求められた。 当たり前だ。 立場が逆になったら、私も、撤回を求めるだろう。
「先輩、マシミマウ工房の受付の女の子、かわいかったですね。」
「お前は、平和だな。
頭の中を、割ってみてみたいよ。」
「ボクらみたいな 下っ端では、解決できませんからね。
たぶん、先輩でも、課長でも、無理でしょう。
最終的に、局長が、出張るんじゃ ないですか?」
「まぁ、それも、そうだな。
おそらく、政治決着になるだろうし。
少なくとも、しばらくは、公費負担が、必要になるだろうな。」
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そのころ、小悪党デップと、その弟分のジョニーは、法務局で、土地台帳を閲覧していた。
「アニキ、土地台帳の閲覧なんて、誰でも できるんですか?」
「あぁ、そうだ。ジョニー。
あまり知られていないが、申請さえすれば、簡単にできる。」
土地台帳とは、もともとは、土地に対して課せられる租税徴収のために、設けられた課税台帳だ。 固定資産税の徴収を行う税務署と、法務局が 保管してある。
デップは、手に唾をつけながら、台帳の羊皮紙をめくる。
「ほら、ここだ。
この土地は、ロナウド・マックフライの所有になっている。」
「そうですね。アニキ。
しかし、こんなのを見て、何になるんです?」
「まぁ、見てなって。
おい。そっちに立って、向こうの職員から見えないようにしろ。
不自然にならないように、うまく動けよ。」
「へいっ。」
弟分のジョニーを 目隠しにし、小悪党デップが取り出したのは、本物の台帳そっくりの1枚の羊皮紙。 そして、するりと手を伸ばすと、『ロナウド・マックフライ』の名前が書かれた 本物の羊皮紙と、『ジョニー・スパロウ』と書かれた偽物を 差し替えた。
「よしっ、もういいぞ。」
「アニキッ、こんなことして大丈夫ですかい?」
「果実を得ようと思ったら、多少のリスクは覚悟するべきだ。
だが、おそらく大丈夫だ。
賃借契約が、終了されるタイミングだからな。」
工房が、全設備を休止するだけでなく、再稼働は前提とせず、全面閉鎖するならば、地主の『ロナウド・マックフライ』と、ビッグキング羊皮紙社『法王工房』との賃借契約の登記が、書き換えられるはずなのだ。 この時、参照するのは、法務局の土地台帳である。 これを見ながら、賃借契約の登記を取り消した 新たな台帳が作られる。 そう、オレ様 『ジョニー・スパロウ』の土地として 法務局の台帳が作られ、それが、税務署と登記簿に 新たに 綴られることになる。
「なるほど、アニキ。 考えましたね。
このタイミングでなければ、他の台帳と見比べられて、アウト。
だけれども、新たに作り直されるタイミングならば、バレない。
こいつぁ、うまいい手だ。 さすが、アニキだっ。」
「まぁな。 今日は、うまい酒が飲めそうだぜ。」
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「先輩、昨日の合コン、ひどいんですよ。」
「なにがだ?」
「相手の女の子、5人いたんですけどね。
4人が、彼氏持ち。」
「おいおい、何しに 合コンに来てるんだよ。
で、どうなった。」
「一応、盛り上がって、2次会に行くことになったんです。
だけど、1次会の会場を出た途端、彼氏が迎えに来てて・・・。
1人残った子も、帰っちゃうし、やってられませんよ。
だいたい、1次会の費用は、男もちですよ。 全部。」
「詐欺だな。 まぁ、大した金額でもないだろっ。
そういえば、工業用水の負担金、解決したらしいぞ。」
「えっ? どうなったんです?」
「局長が、6つ全部の事業所を、回ったらしい。」
「まさか、説得したんですか? 全員を?」
「いや、州政府が、増加分を、10年負担することになった。
今ある事業所は、そのままの料金を支払う。
新たに参入する事業所や、土地の所有者は、3倍だ。
政治決着だよ。 政治決着っ。」
「まぁ、妥当な所でしょうね。
10年後なんて、何社、残ってるか、分からないですし。」
「それに、10年たてば、局長も、課長も、退職してる。
責任は、取らなくていい。」
「あの・・・ ボクらが、責任を取ることになりません?」
「いや、気にしなくていい。
前任者の責任だからな。
尻ぬぐいをしてますって顔をして、頭を、下げておけばいい。」
「なるほど、さすが先輩っ。
それはともかく、今日、お昼、おごってもらえません?
昨日の、合コンのせいで、金欠なんすよ。」
「無理だ。こっちは、こずかい減らされてるんだよ。
自分で、何とかしやがれっ。」
「あぁ、今日は、昼食抜きか・・・・。」
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ここは、マシミマウ州のミカン畑。
私と、オリンピュアスは、カワノエ農園まで、みかん狩りに来ている。
「アリー。ミカンって、思ったより、甘いですわね。」
「そだね。 11月初旬からは、早生みかんだから。
極早生よりも、ちょっと、糖度が高いのよ。
10月ごろのより、甘みがあるんだと思うよ。」
その時であった。 突如、大きな炸裂音がした。
どーーーんっ
みかんの木に、風の塊が、ぶつかったのだ。 バラバラと、ミカンが木から落ちてくる。
「あぁ、コレ、楽だね。 高い所の実まで 落ちてきた。」
「ちょっと、アリー。
なんで、落ち着いて、みかんを拾っていられますの?
いまの風の衝撃はなんですの? ビックリしましたわ。」
「んー。 あれ、マックフライ砲だね。
ライレーンは、東の辺境に行っちゃったもんね。
だから、使えるのは、マックフライさんだけ。
どこかに、マックフライさんが 居るんじゃない?」
きょろきょろと、あたりを見渡すと、赤いアフロが、遠くに見えた。
「ほら、あの赤いのが、マックフライさんだよ。きっと。」
「あぁ、アリーと、オリンピュアスじゃないか。
聞いてよ。 ボクの土地が、取られちゃった。」
「ん? どうしたの? もぐもぐ・・・。」
んー、ちょっと、酸っぱいね。
ロナウド・マックフライ氏が言うには、書類を偽造され、所有していた土地を 悪党に取られてしまったらしい。 しかも、州知事によるハンコが押されてしまったため、これを覆すことも できないとか・・・。
「場所は、どこですの?」
「法王工房っていうのが、あったところだね。」
「それならば、仕返しは、出来ますわね。
取り返すことは、難しいですけど。」
「ホントかい?
仕返しが出来るなら、その方法を教えてくれるかい?」
「簡単ですわ。 一緒に参りましょう。
アリー、馬車で向かいますわよ。」
えー。 まだ30個しか、みかん食べてないのに・・・。 めんどくさいなぁ。
オリンピュアスと、マックフライさんと馬車に乗り、ぽくぽくぽく・・・。 30分ほどで、法王工房跡地に着いた。
スタスタと、敷地内に、オリンピュアスが、入って行く。 後ろには、マックフライさんと、私・・・ うん、不法侵入だ。
「水道の蛇口を全部、出しっぱなしにするのですわ。」
え? それって、大したことのない いやがらせじゃん。
「いいえ。ここは、羊皮紙工房ですから。量が違いますわ。
あの大きな元栓の部分も、開きますわよ。」
オリンピュアスって、水道の使用量に詳しいとか、案外、庶民的なのね。
「エイペロ家に、州知事が、嘆願に来たのですわ。
水道料金を、王国に10年助けてほしいと・・・。
ですので、この州の工業用水については、理解していますわ。」
ふぅん・・・。 っていうか、蛇口、多すぎじゃない? この工房・・・。
汗だくになりながら、水道の蛇口を全部・・・ それから、大きな元栓も全部を開けていく。 あぁ、私、ミカン狩りに来たのにぃぃぃ。
「うふふっ。 人の土地の乗っ取りだなんて・・・。
そう、うまくは、いきませんわよ。」
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「アニキっ。 土地は、どうなりやしたか?」
「ジョニー。 問題ない。 州知事の印鑑が押されている。
この登記書類さえあれば、だれが何と言おうとも、大丈夫だ。」
「じゃぁ、土地を拝みに 行きやしょう。
ここ1か月、何にもしてないので、退屈すぎやす。」
「そうだな。 ほとぼりを冷ますために、1か月待ったからな。
そろそろ、見に行った方が、いいだろう。」
工房跡地は、水の匂いが 充満していた。
「アニキ、なんか、下がビショビショですぜ。
水漏れ ですかね?」
「ちくしょう。 水が出しっぱなしじゃねぇか。
ジョニー。 栓を閉じろ。 スグにだっ。」
慌てて2人は、水道の蛇口を 絞めて まわる。
「っていうか、蛇口、多すぎだろっ。 この工房っ。
ふざけんなっ。」
やっとのことで、蛇口を絞め終わった小悪党2人組・・・。
「ちわっー。 『ジョニー・スパロウ』さん宛ての郵便でーす。」
そこに現れたのは、人のよさそうな顔をした、郵便屋さんであった。
「ん? 郵便? 誰だ・・・?」
「マシミマウ州企業局水道課 東部工業用水道事業部門?
アニキっ、なんか、水道課からみたいです。」
「おう、かしてみろっ。」
渡された、郵便羊皮紙を 広げるジョニー。
「なんじゃ、この金額はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ。」
羊皮紙に記載されていたのは、1か月分の水道代。 しかも、3倍の金額であった。
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こうして、マックフライ氏のものであった土地は、工業用水負担金の代わりとして、州政府に 代物弁済されることとなったのである。
オリンピュアスのお仕置き成功。 めでたし めでたし・・・。
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水道を出しっぱなしにしたことがある人は、高評価を押して次の話へ⇒
蛇足1.和歌山県の紀の川の水道管
10月3日、紀の川にかかっている水管橋が崩壊し、
そこにかかっていた大径90センチメートルの水道管2本が
折れてしまいました。
実は、和歌山市の紀の川以北の6万世帯、人口にして
13万8千人は、紀の川南岸の加納浄水場に頼っており、
紀の川以北への水の供給は、折れた2本の水道管を通って
全てを賄っていたのです。
10月6日に、六十谷橋上への水管仮設の工事が始まり、
24時間通しての工事で、8日の夜、応急の復旧工事が完了。
10月9日から、給水が開始されました。
しかし、本格復旧するまでは、六十谷橋は通行止め。
大変な事態です。
水道事業の維持管理は、お金も労力もかかる上に、
事故が起こってしまえば、大変な被害を出してしまいます。
蛇足2.日本製鉄、呉瀬戸内製鉄所
広島県の、太田川東部工業用水。
これを使っている、日本製鉄の呉製鉄所が、
閉鎖されることと、なりました。
大口の契約先を失うことになり、水道事業の
収支見直しを迫られた広島県は、料金収入が、
大幅に減ることから、事業所1社あたりの負担割合を
増やさざるをえず、10年後には、最大で約3倍の負担
となる試算を出しました。
これ、広島だけじゃなくて、撤退する可能性のある
事業所がある、すべての工業地帯に当てはまる話のような
気がします。
それに、個人住宅用の水にも当てはまるかもしれません。
日本では、水と、安全は、タダじゃないみたいです。