2-115.クリスタルガラスを作ろう
「これが、そのコーラだよ。」
「あら? 炭酸も効いておいしいですわね。」
シュワシュワと音を立てるグラスの中の黒い液体。 魔法で作り上げた『ライリューンコーラ』は、リアルマジック・コーラとして、人気を博している。
「作るの 大変だったんだからねっ。」
「ちがーう。 私が作ったのっ。」
もぉ、ライリューン。 まだ言ってる。 しつこいなぁ。 何か、トラウマになるようなことでも あったのかしら?
「この、グラスも、素敵ですわね。
あっ、ナチュラル・エイトですわ。」
ここは、カジノVIPルーム。 『バカラー9』の部屋だ。 カードを引いて、合計の下一桁が、『9』に近いほうが勝ちのゲームで、オリンピュアスが、金貨を 積み上げている。
「そう。 グラスも作るの 大変だったんだから。」
「あら? これも魔法ですの?
私の勝ち ですね。」
バンカーと呼ばれるカジノ側が『6』。 オリンピュアスは『8』。 チップが、オリンピュアスに移動する。
「このグラス、ペアで 持ち帰ることは できます?」
「それなら、こっちの色付きはどう?
この赤を かぶせたグラスは、とっても上品に 仕上がってる。
たぶん、オリンピュアスに ピッタリだと思う。」
「素敵ですわ。 こちらの青は、エウリュア様ですわね。
こちらの2つを、いただきますわ。」
まいどあり~っ。
お持ち帰りいただく オリンピュアス用のグラスは、光にかざすと、フィニックス・レッドの輝きを放つ。 ここに液体を満たすと、ローズ・マダーや、ローズ・レッドに色が変わる。そ して、光の加減で、サタンズ・スパークや クリストローゼ、ペッパー・レッドと、美しく色が 変化していくのを 楽しむことが出来る。
もう片方の 格調高い気品に満ちた 青グラスは、ロイヤルブルーの輝き。 上品なブルーに 力強さを感じるカットを施して 見る者を魅了する。 ・・・はいはい。 エウリュア様に ピッタリですね。
『バカラー9』で、オリンピュアスに カジノがどれほどの量の金貨を負けようとも、このグラス1脚だけで、白金貨20枚が、ライリューン商会に入るから、問題ない。 『バカラー9』のVIPルームだけで 使うグラスのため『バカラーナイン』と呼ばれる このグラスは、カジノのVIPルームを 使うことができる人の中で、特別なお客様だけに 提供するサービス。 どれだけお値段を高くしても クレームが出ることは無いし、そもそも、オリンピュアスには、お値段すら伝えていない。 言い値で 購入してもらうのだ。 高位の貴族や、聖職者さんたちからの 問い合わせもあるが、それも 相手にしていない。 「一脚ずつの手作りですから、簡単には、お分けできません。」の一言で、門前払い。 まぁ、王家には、デキャンターと ロイヤルブルーのグラスを 6脚だけ 献上しておいたけどね。
[美容師の娘] 【 2-115.クリスタルの輝き 】
クリスタルは、水晶なんだけれど、クリスタル・ガラスは、クリスタルみたいな 透明できれいなガラスのこと。 これで作ったグラスを、クリスタル・グラスと呼ぶ。
ナカヨシから与えられた 今回の課題は、ライリューンが、割りに割って山積みになった 試験管を使って グラスを作ること。 確かに廃棄するのが もったいない。 ガラスって、結構、貴重なのよね。
ってことで、さっそく鉛を用意することにした。 元素の周期表では、炭素と同じ系統。 C Si Ge Sn Pb Flの『Pb』だね。
『一酸化鉛』を、珪砂や、カリウム、ソーダ灰という ガラスの主成分に添加して 形成する鉛ガラスこそが、透明でキラキラしているあのガラス。 コツンと、グラス同士を当てると、「チンっ」っていう金属音がするいわゆる『クリスタル・グラス』だ。 鉛の含有量が上がるほど、光の透明度や屈折率が高くなり、美しさが増す。 また、比重も大きくなるため、「チーンっ」の金属音が、澄んだものとなり、余音を感じることが出来る。
目標は、鉛24%以上。 鉛含有率30%にできれば、いいねっ。
酸化鉛を24%以上含み、密度が2.9g/cm3以上のものを『ファイン・クリスタル』、 酸化鉛を30%以上含み、密度が3g/cm3以上のものを『フルファイン・クリスタル』と呼ぶ。 当然、鉛濃度が高いほどキレイな透明。 そして、密度が高いほど、いい音がするし、固い。 ただ、混ぜるのが 難しそうなのよねー。
じゃっ、鉛を 魔法で作り出す方法から 研究だね。
「あっ、鉛を使うのは、駄目じゃからな。」
え? ちょっとナカヨシ、鉛を使わないで、クリスタル・グラスを作る? 無理でしょ。
「鉛は、生物に対して 毒性と蓄積性がある。
今度のグラスに、鉛を使うことは、許可せん。
破損して、廃棄しても 問題が無い物を 作るのじゃ。」
鉛だけでなく、水銀、六価クロム、カドミウムも使用を禁止されてしまった。 溶出するかどうかだけではなく、割ってしまって 廃棄する場合に、長期に土壌を汚染する物を作ることは、ナカヨシの研究倫理上、許されないらしい・・・。 おっかしいなぁ? 元の世界では、鉛グラスを ドンドン作って、とんでもない高値で 売ってた気がするのに・・・。 記憶違いかなぁ?
とにかく、今回は、ライリューンが使えない。 1週間、研究室に缶詰のように 詰め込んでいたせいで、ソファーで 倒れて転がっているのだ。 ホント、大事な時に居ないなんて、困っちゃうわ。
元素の周期表を、じぃぃっと眺める。 鉛に代替するなら、チタン、ジルコニウム、ハフニウム、ラザホージウムかなぁ。
原子番号22の『チタン』は、フルーク王国のカンメナ谷で産出されるため、王国では「カンメナカイト」という名前で有名だ。 プロセム王国のマルティ・ルゥドリヒ・クラゲプーニによって神の名「タイタン」を与えられた この金属は、酸化物となることで、高い安定性がを得て、侵されにくくなる。 チタンは、空気に触れるだけで、表面が強力な酸化皮膜で覆われる不動態となり、プラチナや金などの貴金属とほぼ同等の強い耐食性を持つのだ。 軽く、強く、安定的で、何と言ってもお値段が安い。 この金属なら、金属アレルギーも起こさないし、毒性もほぼ無い。 とても安定性が高く、耐食性があるから、自然界に流出しないので、ナカヨシにも、怒られないはずだ。
酸化チタンの膜に、光が、入ってから抜けると美しい輝きを放つ。 この虹色の輝きは、クリスタルガラスの候補となるんじゃないかなって思わされる。 わっかんないけどね。
原子番号40の『ジルコニウム』は、ダイヤモンドに酷似した屈折率が高い金属。 強い輝きを持ち、美しく、温度が 900度未満なら、安定的だ。 900度を超えてしまうと、簡単に 水と反応して、酸化物と 水素を発生して、爆発の危険性まであるが、そんなこと メルトダウンを起こした原子炉建屋で、冷却水があふれ、水とジルコニウムが反応するなどといった、あり得ない状況でなければ、起こらない事象だろう。
酸化ジルコニウムは、単斜晶、正方晶、立方晶の3つの結晶系をとる。 ダイヤモンドよりも きらびやかに輝く 立方晶ジルコニアは、特に美しく、クリスタルガラスを作るための 候補として適していると思う。
とりあえず、ライリューンの割った試験管の木箱を、ずるずると引きずって、私の実験室に持ち込んだけれど、実験を始めるには、先に 酸化チタンと、酸化ジルコニウムを 手に入れないと ダメよね。 『チタン』は、カンメナ谷から取り寄せればいいか。 『ジルコニウム』のバデライト鉱石は、どうしよう?
「ちょっと、ナカヨシ。
『チタン』と、『ジルコニウム』が、欲しいんだけど。」
「ん? それなら、マルティ研究室に、頼めばよい。」
あぁ、ナカヨシは、プロセム王国に留学してたんだっけ? ラッキーだね。 プロセム王国のマルティ・ルゥドリヒ・クラゲプーニの研究教室と、ナカヨシには、太いパイプが あるらしい。 マルティ氏は、プロセム王国の ルリンベ大学の 初代の魔法化学の教授だというのだ。 ジルコン結晶を解析していた、マルティ氏が見つけた『ジルコニウム』。 そして、フルーク王国でも産出されるけど、マルティ氏が「タイタン」って 巨人神の名を付けた『チタン』。 どっちも プロセム王国から 取り寄せることが 出来るらしい。
じゃ、お取り寄せして置いてもらおう。 私は、その間ゆっくりさせてもらうねー。 お疲れ様っ。
「アリー、待つのじゃ。」
ん? ナカヨシ。 どうしたの?
「それを、片づけてから帰れっ。」
ナカヨシが指さしたのは、転がるライリューンと、その周りに散らばるゴミ・・・。 シリアルの袋や、水のボトルだ。 水のボトルは、今度のガラスに再利用するとして、問題は、ゴミよね。
両手を筒状にして、ロナウド・マックフライ氏に 学んだように、風魔法で圧力を高める。
しかし、あまり強くしてはならない。 この調節が大切だ。 手の筒を、おでこの方向に 向ける。 エイッ。
ペチンっ。
「いたぁぁぁぁい。」
あっ・・・起きた。 やっぱり、眠り姫を起こすのは王子のキスじゃなくて、デコピンだよね。
「ライリューン。
ボトルの片づけは やってあげるから、袋を片づけて。
それが終わったら、帰るよー。」
「あれ・・・明るい?
窓がある。 1週間ぶりの光だぁ。」
何言ってるんだろう? 良く分かんない。
「さっさと、片付けするよ。
いつまでも転がってないで、動いてね。」
「うぅぅ・・・ さっき布団に入ったばかりの気がする。
眠いよぉ。」
お片付けにかかったのは、1時間。 いやぁ、1週間分のゴミって量があるね。
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あっ、ライリューンが、またソファーで寝てる。 いいや、このまま置いて帰っちゃおうっと。
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『ファイン』より『レッド』のほうが、センスがいいと思う人は、高評価を押して次の話へ⇒
蛇足1.ファイン・クリスタル
酸化鉛を24%以上含み、密度が2.9g/cm3以上の
ものを『ファイン・クリスタル』、酸化鉛を30%以上
含み、密度が3g/cm3以上のものを
『フルファイン・クリスタル』と呼ぶ。
実際は、酸化鉛を24%以上含み、密度が
2.9g/cm3以上のものを『レッドクリスタル』、
酸化鉛を30%以上含み、密度が3g/cm3以上の
ものを『フルレッドクリスタル』、
酸化鉛24%未満のものを『セミレッドクリスタル』
と呼びます。
ただ、レッドクリスタルって、名前が嫌だったので、
ファインクリスタルって名前にしました。
レッドより、ファインの方がいいですよねぇ。
蛇足2.鉛の毒性
鉛は、生物に対して毒性と蓄積性がある。
無機鉛系統の化合物は、水に溶けにくいものが多いため
急性中毒を示すことは、あまりありません。
それでも、脂溶性のものは、毒性も蓄積性も
注意する必要があります。
有機化合物を摂取したり、尿などで、排泄される分量を
上回る鉛を、長期摂取すると、蓄積され、毒性を持ちます。
そういう意味では、食器としての鉛クリスタルのガラスから
問題になる程の鉛の溶出はないと、一応言われています。
腹痛・嘔吐・筋肉の麻痺・感覚の異常、腎毒性、血液毒性、
ヘム合成阻害、免疫阻害、死産、奇形、脳障害なども起こり
うる毒ですので、注意は必要ですけどね。
蛇足3.ベートーベン
鉛で、ベートーベンは、耳が聞こえなくなりました。
ワインに、鉛を添加すると、甘くなります。
酢酸鉛ですね。
と、いうことで、この時代のワインは、鉛がたっぷり。
お父さんも、アル中・・・アルコール好きらしいですが、
ベートーベンも、ワインが大好き。
彼は、20代後半頃より、難聴が徐々に悪化。
28歳の頃には、聴覚機能が、かなり失われていたと
言われます。
1802年、32歳のベートーベンは、自殺を考えます。
「生命を絶つまで、ほんの少しの所であった。
私を引き留めたのは、ただ『音楽』だけであった。」
という『ハイリゲンシュタットの手紙』が、有名です。
蛇足4.水銀、六価クロム、カドミウム
メチル水銀の中枢神経系への毒性は、有名です。
1950年代ころからの公害で、いまだに、健康被害
を訴える人と、その認定問題が混乱しています。
六価クロムは、付着後、放置するだけで、皮膚炎や
腫瘍の原因になります。肺に入れば、肺癌。長期間の
摂取は肝臓障害・貧血・大腸癌・胃癌などの原因に。
なお、東京の結構な部分は、北条早雲の時代、海です。
その地盤強化のために、江東区など、いっぱいクロムを
地下に埋めていますので、東京の地下水は、クロムの
チェックが必須です。まぁ、どこの地下水でも、
チェックは、されていますけど。
カドミウムは、腎毒性や発がん性。
火山列島である、日本は、大半の土が、中性から酸性。
カドミウムが、作物に溶出し溜まりやすい傾向にあります。
と、いうことで日本人は、食事からカドミウムを、
平均1日26μg摂取していると見積もられています。
まぁ、お米でもなんでも、基準値を超えたら焼却処分って
いう規則があるので、現在は、たぶん大丈夫ですけどね。
蛇足5.900度を超えてしまうと、簡単に水と反応・・・
原子炉建屋の水素爆発が起こった2011年のメルトダウン。
爆発を捉えた画像を分析すると、炎や煙の色などから
水素とは違うガスが含まれていた可能性があるそうです。
10月19日の規制委員会の会合で、建屋で使われる
資機材が、高温にさらされた場合の影響を調べるとして、
ケーブルや塗料、配管の保温材を200度から1000度
という高温の環境下に置き、発生するガスの種類や分量を
試験で確認する計画を11月より実施すると提示したそう
です。
実験結果から対策をまとめて、再稼働に必要な施策という
ことになれば、稼働中の原発も追加対策が求められます
ので原発の運転にも影響する形になりそうですね。