2-114.炭酸を水に溶かす
クリスタルガラスに、切子を施したグラス。 この美しいグラスに、こぽこぽと、音を立てて 炭酸の液体が 注がれる。
コーラの完成だ。
「簡単に、できたじゃろ。」
「そうだね。思ったより簡単だったかも。
時間は、かかっちゃったけどね。」
1週間という時間が かかってしまったけれど、私は『コカペプシンコーラ』そっくりの『ライリューン・コーラ』を作ることに成功した。
「しかし、『アレ』は、なんとか ならんのか?
少し、おなごとして・・・いや、言うまい。」
ナカヨシが、アゴで『アレ』を指す。
『アレ』・・・。
そう、 ライリューンが、ソファーに 転がっているのだ。
部屋には、フレーク状のシリアルの袋が、放り出され、食べ散らかされている。 そして、水が入っていたと思われるボトルが、何本も転がっている。 その横で、ライリューンが、まるで 何かの作業を終えた後、そのまま ソファーに倒れ込んだかのように、大きく足を開き、口から よだれをたらして 眠っている。
食べ散らかして、倒れて転がって 寝てるなんて、はしたない。 ナカヨシが言うように、女の子としての 自覚が ちょっと足りないって 言われても 仕方ないかもしれない。
「まぁ、良い。
アリーは、炭酸の溶かし込み方も、覚えられたようじゃからな。
次の課題を 考えねばならんな。」
うぇぇ・・・。 また、新しい課題を 与えられるの? 私、ちょっと 休みたいよ。
[美容師の娘] 【 2-114.万全の戸締り 】
最初の段階では、ただ黒い色のついた 甘く匂う水でしかない。 コーラとして完成させるには、溶液に 二酸化炭素を 溶かし込む必要がある。
ナカヨシは、お出かけする必要があったため、私は、教師としてある人物を紹介された。 王都で道化師として活動している、ロナウド・マックフライさんだ。
赤い髪をしたピエロは、まじめな顔で、私に2つの注意を 守ることを誓わせた。
まず、最初に言われたのは、コレが秘儀であると言うこと。 マックフライ家に伝わる秘密の技であるから、他の誰にも 教えてはならないものだというのだ。 2つ目は、我慢。 この技を覚えるには、才能がある者でも、少なくとも 2年はかかるらしい。 なんと、ロナウドさんは、10年かけて、この技を 自分のものにしたという。
この 2つの約束を守れなければ、教えることは できないと言われた。 もちろん、即時に「YES」と答えたけれども、少し覚悟が 必要な技のようだ。
「それじゃぁ、ロナウドが、秘儀を教えちゃうよー。」
ピエロが、カリカリと、黒板に向かい チョークを走らせる。
地表を覆う 空気は、大気圏まで存在しており、
その重さは、1.033kgf/cm2。
つまり、地表に大気圏まで存在する 断面積1cm2の
細長い筒状の 柱を立てると、
その重さは、約1.033kgになる。
空気は、地球上の 全ての物に、のしかかっている。
手の筒のなかで、これ以上の力を加えることで・・・
ぐぅぅぅ・・・Zzzz。
6時間の講義と、5分の実技を終え、私が会得したのは、風魔法『コンプレッサー』。
まず、両手で筒を作る。 そして、風魔法で、空気を圧縮する。
なんと1回で出来た。 完璧だね。
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いやぁ、疲れた。疲れた。 まさか 6時間も お昼寝することになるとは・・・。
でもね、まだ炭酸水を作ることは できないんだ。 覚えてきたのは、空気の圧縮だけ。 やらなくちゃダメなのは、二酸化炭素を 水に溶かすこと。 ここからが 本番っ。
パリーン
ナカヨシ不在の研究室の戻ると、ライリューンの実験室から 試験管が割れる音が聞こえた。 ブレンディングが、上手くいっていないみたい。 ライリューンって、ストレスがかかると、物に当たるんだよね。 投げつけて 試験管を割っちゃうから、廃棄のガラスを入れた 木箱が スグに いっぱいになっちゃうんだ。
「あぁ、できなぁぁぃ・・・。
こんなの 混ぜ合わせたって、コーラになるわけないじゃない。
無理よ。 無理っ。
眠いよっ。 お家に帰りたいぃぃぃ。」
変な叫び声も 聞こえる。 ・・・まぁ、頑張ってもらおう。
叫び声は、気にせず、木魔法と風魔法を用いて、二酸化炭素を作り出す。 「炭素を作り出すのは、木魔法。」「水素を作り出すのは、風魔法。」って、頭の中で考え、それらを くっ付けると 二酸化炭素が 出来る。 CO2の完成だ。 この方法を 頭にイメージさせるために 必要なのが、 『元素の周期表』の暗記らしい。 ライリューンは、この暗記を 投げ出したままなんだけど、私は、だいたいは、覚えた。 これ、アルコールを作るのも、楽に なったんだよねー。
まずは、二酸化炭素を 維持しなければならない。 作り出すのは簡単だけど、気体だから、どうしても手の中から、ふわふわと 逃げて行ってしまう。 1時間ほど 二酸化炭素を作り出しては 逃がし ・・・ を繰り返して 頑張ってみたけれども、どうやっても 手の中に二酸化炭素を 維持することが 出来なかった。
困った。 無色透明・・・見えない気体を、手の中から 逃がさない方法を 考えなきゃダメだ・・・。
うーん うーん・・・ あっ、いいこと思いついた。 きれいに洗った 麻袋が、空き部屋に あったはず。
持ってきたのは、ライレーンが猫のエサを入れていた 大きな麻袋。 何かに使えるかもしれないから、洗濯して 干しておいたんだ。 ついでに 倉庫にあった 新品の手袋も、持ってきた。
丈夫で 通気性の良い この麻袋を使えば、何とか なるかもしれない。
まずは、窓を開ける。 十分な換気が必要だ。 二酸化炭素が充満すると、息が 詰まっちゃうからね。
ドアと窓を きちんと開いて、空気の通り道を作ったら、手を 麻袋の中に 突っ込む。
「えいっ。」
さっきまでは、手の中に 二酸化炭素を留めなければならない と思っていたから、そぉっと、気体を作り出していた。 だけど、今度は違う。 手の平から 勢いよく 二酸化炭素を 噴出させる。
ぶぉぉぉぉぉぉ という音と共に、麻袋は、大きく膨れ上がり、ぶわんと、向こうのほうに飛んで行ってしまった。
あぁん、やり過ぎちゃった。 あわてて袋を拾い上げ、口を広げると、そぉっと 中をのぞき見る。
やったっ。 出来ている。 粉末状のドライアイスだ。
気体の二酸化炭素を 急速に大気中に放出する。 今回は、大気中というか、麻袋の中にだけどねっ。 一気に 手の平から 放出したことで、気化熱が奪われ、その温度が、二酸化炭素の凝固点を 下回る。 これで、粉雪のような 粉末状態のドライアイスが 出来た というわけだ。
ドライアイスは、二酸化炭素を固体にしたもので、マイナス78.9度と 極めて低温。 素手で触ってはいけない。 なので、用意しておいた 手袋を 両手に はめる。 ぎゅっ ぎゅっ と雪を踏み固めるような 音をさせながら、手で、麻袋に 体重をかけて 押し固めていくのだ。
こうして、袋を開くと、今度は 粉雪ではなく 固型のペレット状のドライアイスが 出来上がっている。 チョコレートを割るように、ペキペキと小さくしながら、それを取り出すと、水を入れた厚手のガラス容器に ポイッっと放り込む。
よーし、風魔法『コンプレッサー』。 容器の口に手を当て、上から水面に圧力をかける。 水にドライアイスを入れたんだから、本来なら、白い水蒸気が、ガラス容器から噴き出すはず。 だけど、水面は、風魔法で作った空気の圧力があるから、水蒸気にも二酸化炭素にも、逃げ場はない。 融解した気体は、水に溶けるほかないのだ。 そのままフタをする。
放置している間に、ドライアイスから 気体となって 水中に放出される 二酸化炭素の圧力によって、ガラス容器が割れなければ、大成功のはず・・・。 お願い。成功してっ。
容器が破裂し、割れるの怖いので、フタをした ガラス容器を 少し大きめの木箱の中にいれておく。 瓶が割れてしまったら、ガラスの破片の片付けも大変だもんね。
久しぶりに、寮に帰ろうかなぁ。 って、廊下に出た途端、パリーンって音・・・。
あぁ、ガラスが割れる音は、ヤダわ。 耳の奥に響く。 ライリューンが、また、試験管を割っているみたい。 これは、ブレンドの完成まで 時間がかかるね。
しかし、私は、寮に帰ろう。
もちろん、きちんと 研究室の戸締りをしてからだけどね。 ナカヨシが、お出かけしているから、研究室の責任者は 私。 盗難には、十分 注意しなければならない。 換気のため、あけ放していた窓には きちんとカギをかけ、格子をはめる。 格子をはめることで、外からの侵入を防ぐのだ。 そして、シャッターを下ろす。 これは、入り口だけではない。 窓についているシャッターも、きちんと降ろしておく。 万全の備えが、ナカヨシ研究室を 盗難から、守るのだ。
「ちょっと? アリー?
今なんか シャッターが、降りるような音しなかった?
って、廊下が、暗いよっ。 なに?
ドアが開かない? えっ、窓も?
ちょっと、なにコレ。
水の入った大量の瓶が並んでる?」
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研究室には、トイレもある。
水のボトルは、大量に置いてきた。
食料は、大量に買い占めて 持ち込んである 朝食用のシリアルがあるから 大丈夫なはず。
ふぁぁ 疲れた。
私、よく頑張ったから、1週間くらいは、休んでも 大丈夫よね。
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ドライアイスを手に入れたら、水に入れて煙を出して遊ぶ人は、高評価を押して次の話へ⇒
蛇足1.ドライアイス
細かい粉状のドライアイスを圧縮しても
きちんと、ブロック状に固めることは、
できません。
そのため、市販されるブロック状の
ドライアイスは、きちんと固めるために、
水と薬液を加えています。
さて、水につけてブクブク遊んだ場合、
その水は、微炭酸になります。
二酸化炭素が、少しだけ溶け込むからです。
しかし、アリーがやったように圧力を
かけないと、強い炭酸水にはなりません。
また、前述のように、薬液を加えていますので、
出来た微炭酸を飲んではいけません。
ブクブクして遊んだ後の水は、絶対に口に
入らないように気を付けましょう。
蛇足2.ペットボトルにドライアイス
ドライアイスは圧縮された気体であり、
融けて気体になると体積が、約750倍に
なります。
ペットボトル限らず、ガラス容器であっても、
密閉容器にドライアイスを入れておくと、
気体になり、容器がその圧力に耐えられなくなり
破裂・爆発する危険性があります。
また、圧力だけでなく、ガラス容器が急激に
冷やされることにより、割れることもあります。
と、言うことで、アリーの真似はしないでください。
蛇足3.ドライアイスは、涼しい
ある暑い夏の日、若い営業マンが、デパートで
アイスを買い、車に戻ってきました。
直射日光に当たった、車内は、もうもうとした熱気。
とても、座っていられるものではありません。
営業マンは、クーラーをつけ風量をマックスに・・・。
よく冷えるように、窓も閉めきったのですが、
温度は、なかなか下がりません。
しかたなく、まだ背に熱を感じる運転席に座り、
買ってきたアイスの箱を開けました。
その時、素晴らしいアイデアを思い付いたのです。
箱の底にあるドライアイスを、エアコンの送風口に
当てれば、温度が急激に下がるのではないかと・・・。
エアコンの前のカップホルダーに、ドライアイスを
置きました。
これは、本当に画期的なアイデアでした。
なんと、一気に温度が下がったのです。
マイナス78.9度ですから当然の結果とはいえ、
コロンブスの卵と一緒です。
思いつくか思いつかないか。
これが、営業マンの価値を決めます。
この後、この営業マンは、意識を失いました。
アポイントメントを取っていた会社への訪問も
出来ませんでした。
連絡もせず、すっぽかしたのです。
目を覚ました時は、すでに夜。
閉め切った車内で、ドライアイスを使ったら、
こうなります。営業マンは、充満した二酸化
炭素により、酸欠になり意識を失っていたと
思われます。
!注意
ドライアイスは、換気のできない部屋や、狭い場所で
使用しないでください。酸欠になる恐れがあります。