1-14. 【閑話】 エリザベト物語 恐怖の館 ~青い血~
イアンが 幼いアリーに 語る エリザベトの物語
いつものように アリーに 本を読んでいると、柑橘の よい香りがする。
トンっと アリーの前に カップが 置かれる。
ウェンディが ゆず を しぼってきたのだ。
蜂蜜を 混ぜた ゆず湯である。
「あぁ~おいちぃ」
アリーは 一気に 飲みほす。
物欲しげに 私のカップを 見つめるが、
私のカップの 中身は ブランデーだ。
飲ませて やるわけには いかない。
ぽとり、ぽとり
ブランデーにも ほんの少しだけ ゆずを 垂らしてもらった。
ゆずの香りが 暖炉の前に 広がった。
xxx xxx xxx
ハガリー国、エリザベトの館では、灰が まかれる。
枯れた 桜の木に、庭の 土の上に、そして 部屋の 寝台の回りに・・・。
もちろん 桜が咲くことは なかったし、
庭に 木が生えてくる ことも なかった。
部屋に まかれた灰が、液体を 吸いとり 赤黒く 色を 変えるだけであった。
トリバー・エリザベトは、夫を亡くした。
4年前、オシマーイン国と ガセキハランで 戦った時に 負ったキズが
癒えなかったのだ。
夫は 苦しみながら 息絶えた。
そうして エリザベトは 伯爵家の 女当主となった。
44歳の未亡人 エリザベトが 今一番気にしているのは
目元の小じわであった。
顔のほうれい線も気になる。
ぴんっと 張って 瑞々しかった 手も しわが目立つ。
その日も 侍女が ティーカップを 落として 割ってしまったことを
本気で 怒っていた わけ ではない。
ただ、その肌が シワ ひとつ ない 美しいものであった のが
どうしても 許せなかった。
考えるより先に 手が 小さな花瓶を つかんでいた。
侍女の額を パクリッと 割った 花瓶は、鈍い音を たてて
絨毯の上に 転がった。
紅い血が ピシャリと 飛ぶ。
エリザベトの 手の甲に 散った それは、かさつく 肌に 吸い込まれた。
驚いた エリザベトは、侍女に 駆け寄った。
助けようと するのでは なく、ただ 血を その手に 塗りこめる ために。
しわは 消え、肌は 潤いを 取り戻す。
顔、首筋、足のライン・・・足りない。
それからというもの 館では、灰が まかれるように なった。
大量に 流れ落ちた 血を 吸い込ませる ために。
+++ +++ +++
ちゃぽんと 水音がする。
浴槽に エリザベトが 浸かっている。
手には ワイングラス。
紅く 光る そのグラスを 傾け その唇にそそぐ。
「あぁ~おい・・・しっ・・・」
エリザベトは 一気に 飲みほし 手を振りぬいた。
ぱりぃん
同時に ワイングラスは 壁にぶつかり 音を立てて 四散する。
胸の 谷間で百合の花が 浮き、荒く 揺れる。
あれから 6年、肌が 戻らなくなった。
もちろん 50歳と 見られることは ない。
ただ、若いころの 瑞々しかった 肌の記憶が、
たまらなく エリザベトを おびやかすのだ。
紅い液体の 浴槽から 体を起こした エリザベトは ある決意を固めた。
あの 赤子を 使おう。
エリザベトの娘 ハンナは、器量もよく 素直だ。
ハンナは、ハガリー国伯爵の 夫と 2人の娘と 共に 王都で 暮らしていた。
8か月前、ハンナの 妊娠が わかった。すでに 3ヵ月だ という。
いつものように 実家である エリザベトの館に 戻り 出産の 準備に はいる。
そうして 先日 生まれたのが 長男チャールソンである。
ハンナの夫、伯爵は、ハガリー国の 副宰相を しているので 忙しい。
しかし 娘は そうではない であろう。
エリザベトは、ダイアとカミラナ、2人の娘を 館に 呼んでみては どうかと
ハンナに もちかけた。
「あの子たちも 早く 弟の顔を みたいでしょうね」
「それは よいですわ。すぐにでも 手紙を 出しましょう」
ハンナは、器量もよく、なにより 素直だ。
ちゃぽんと 水音がする。
浴槽には エリザベトが 浸かる。
馴染む。
やはり 血が つながった者の ほうが 良いのだ。
エリザベトは ワイングラスを その唇に 近づけ 微笑んだ。
+++ +++ +++
馬車が 野犬に 追われている。
ハンナは、カミラナの遺体から 服を 脱がせた。
「お母さまっ。何を・・・」
ダイアが 叫ぶ。
あの時、血にまみれた カミラナの体を 見つけたのは ダイアであった。
すぐに エリザベトの館を 脱出 しなければ ならない。
チャールソンを 抱き、ダイアの 手をひき、
御者の ショベルトンに カミラナの 遺体を 運ばせ、馬車に 飛び乗る。
夜道で、獣に追われようとも エリザベトの 元で 過ごすよりは マシだ。
投げ捨てた カミラナの服に 野犬が 食いついた。
服に染み付いた カミラナの 血の匂いが 犬を 引き付けたのであろう。
「どうやら 逃げ切った ようです」
ショベルトンが 周りを見て 報告した。
その時 である。右前方に 岩が 迫った。
ドンっ ガラガラっ
車輪は はずれ 地を転がり、ショベルトンの体は 宙を 舞う。
地面の上で ピクリとも 動かぬ ショベルトンの 胸は、鼓動を 失っていた。
追っ手が 来れば、もう 逃げられない。
絶望した その時、ダイアが いう。
「お母さま。まだ 馬が あります」
馬車の 馬には 鞍も なく、鐙も ない。
それでも 背に腹は 代えられない。
ハンナと ダイアは しがみつくようにして 馬の背に またがる。
暗い道、走る 2頭の 馬。
母は その手に 息子を 抱き、
娘は 馬のたてがみと 一緒に 姉の遺体を 抱えこむ。
ざざざ、ぞぞぞ と 草木が 喚く、ひゅるり、ひゅるりん と 風が 泣く。
「お母さま、お母さま、
悪魔の 声 です。エリザベトが 呼んでいます」
怯えた声で ダイアが いう。
「これは 風の音っ。落ち着いて、
もう少しで、伯爵家に つきます。
もう少しで・・・」
こたえる ハンナの 声も 震えている。
血を失い、青白くなった 娘の遺体を 迎えたのは 父親の 伯爵であった。
「カミラナは・・・
ダイア と チャールソンは 無事で あったのだな」
ハンナは 馬上から 抱きかかえるチャールソンを 父親に・・・
おかしい・・・動かず、泣かず、息もせず。
ハンナ 腕の中で チャールソンは 天に 召されていた。
+++ +++ +++
エリザベトの館の捜索と その後の 裁判を 指揮したのは、
ハンナの夫トニーゾ・ジョルジーニ伯爵であった。
捜査に 入った 役人は、衰弱した 若干の生存者を 発見した。
灰がまかれた 庭からは、600を超える 遺体が 掘り出された。
すでに 白骨化しているものも 多かったという。
エリザベトに仕え、残虐な行為を 助けた 召使いは 斬首され、
2人の 女中は 火刑と なった。
エリザベトへの 判決を 下したのは ジョルジーニ伯爵であった。
「600を超える 人命を奪い、その目的は、自らの 若さと 美しさのため。
この残虐 極まりない 行為を 正当化する 理由は どこにもない」
死刑 である。
「あなたの子を 殺してしまったことは 悪かったわ。
しかし、刑罰に 平民の数を 入れたのは、
ただ、あなたが 恨みを 晴らしたかった だけ ではないの?
貴族本人ではなく その子、しかも 女子を 殺しただけで
伯爵位をもつ 私が 死刑を 受けるのは 不当よっ」
問う エリザベトの声に ジョルジーニ伯爵が こたえることは なかった。
刑は、その場で 執行された。
ギロチンは、鈍い音を 立てて 落ち、彼女が 好んだ 液体を 散らした。
ジョルジーニ伯爵は、エリザベトを じっと 見つめると つぶやいた。
「伯爵位か・・・
確かに この身に流れる『青い血』は、受け継ぎ 伝え 守るべきものだ。
だが、伯爵 というものは、高貴たる 義務を
魂に 宿して 貴族として 生きるものだ。
貴族の 心構えもなく、領民の 血をすするものに その資格は ない。」
転がる 女の首が 伯爵の声に こたえることは なかった。
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アリーを 少し怖がらせて しまったかもしれない。
そう思って 顔を 上げた。
残り 少なくなっていた 私の カップが 空に なっている。
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横には 赤い顔で くぅくぅと 眠る アリーの 姿が あった。
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『青い血・・・』
「『十字架』と『味噌汁』で懲りなかったのか」
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あけましておめでとうです
来年は良い年になるといいですね。っていうか今年になるか。
2019年の12月13日の新聞に小さな記事で中国の新型感染症が・・・
っていうのを見つけました。
紙の新聞だったので切り抜くかわりにコピーした記憶があります。
ほんと長いですね。
さて、バートリ・エルジェーベトの話は流れが決まっているから
簡単だと思っていたのですが、筋がほぼ決まっているからこそ、
考えていた結末を作りかえ違う話にしてしまってOKだった
吸血鬼や窮鬼の話より、難く、まとまらず困りました。
しかも残酷な話に嫌になって場面を削ってやり直し。
胎盤のケアとどこが違うのかって
言われたらそれまでですけど・・・
あー疲れた。