2-100.カジノ革命 8
お尻が、痛いっ。
スピードの遅い ラバが引く荷馬車が、後ろからついて来るから、私たちの馬車の歩みも ノロノロ。
なのに、揺れるっ。
途中までは、道は単調で、ひたすら上り坂。
しかし、コウ州街道は、山を越える。 峠経由となるため、道に起伏が多いのだ。
「山賤の おとがい閉ずる 葎かな・・・」
やまがつ? おとがい? とずる??? むぐらって なによ。
「やまがつの おとがいとずる むぐらかな・・・」
突然、ナカヨシが、良く分からない 呪文を2回も唱えたので、ビックリした。
「コウ州の山道は、急峻でのぉ。
草が、生い茂る山道では、木こりも、口を閉じる。
そういう歌じゃ。」
歌って、俳句みたいなものかな?
ナカヨシの説明を聞く。
「山賤」とは、木こりなど山仕事をしている人。
「葎」は、山の背が高い雑草。
「おとがい」は、下あご。
人も行かぬ、雑草の丈なす山中ですれ違った木こりは、口を閉ざして開こうともせず愛想が悪い。 これを見た旅人が、山に生い茂る草の穂が、口に入るため、口を開けることができなかったのだろうと、皮肉っているような 趣を感じているような 歌らしい。
「この街道は、馬車が 揺れるからの。
草は、口に入らぬが、口を閉じておいた方が良いかもな。
むやみに、しゃべると、舌を噛む。」
むやみに、喋り始めた ナカヨシが言っても、説得力がない。
あぁ、それより、お尻が痛いよ。
この馬車には、リジットタイプと呼ばれる 左右の車輪の位置を固定する車軸が 装着されている。
左右の車輪が 車軸でつながっているため、山岳に入るにつれ、起伏が大きくなっていく この街道では、地面の隆起があると、片側の車輪が 押し上げられ、反対側は 強制的に 押し下げられるので、悪路での接地性能は、良い。
構造が単純な上、頑丈。 悪路に強く、破損しても修理が簡単。 地方に向かうには、この方式の車軸の方が 便利だと ナカヨシは言う。
でもね、このスピードだから、段差で、ちょっとだけ、体が、ピョンって、跳ねるだけ。
だけど、スピード上げたら、ピョンピョンピョンってなって、乗ってられないよ。 ・・・たぶん。
馬車が、ガタンって小さく揺れるたびに、体が 浮き上がり、お尻を打つ。 これが、地味に痛い。 途中から、布を何重にも折って、座布団代わりにしたけれど、クッションが欲しいよ。
困っているのは、舌を噛むことより、お尻 なんだよねぇ。
あぁ、空を飛んでいけたら楽なのに・・・。 ナカヨシも飛べるんだから、行きは、荷馬車を 先発させて、飛翔魔法で 飛んで行った方が、時間的な 効率も 良かったんじゃないかなぁ。
[美容師の娘] 【 2-100.辛口の白ワイン 】
紅葉には、まだ早いけれど、ちょっとだけ、街道の木々の葉が、色づいてきている。 気温も下がって来たし、確実に、秋が 近づいているんだねぇ。
「それもあるが、この辺りは、涼しいのじゃ。」
横を、サラサラと流れる キレイな川。
コウ州の 山中にある湖から 流れ出している この川は、山麓の水を集め流れる。
「もう1か月早ければ、アユが食べれたのぉ。」
ちょ。 それ、1か月前に言ってよ。
「まだ、食べられるかもしれん。
季節的には、ギリギリじゃな。」
おぉっ。 鮎に合うワインも、あるかもっ。
って、ん・・・? なに、あの石碑。
「あぁ、あれは、ホームカンシ教のものじゃな。
あそこに、船の形をした石が あるじゃろ。」
ホームカンシ教の 開祖シラーンが、この船の形をした石の上で、ありがたい説法を 行ったらしい。 石碑は、それを 記念して建てられたもの。
「その話には、続きがあってな。」
シラーンは、説法の後、布に命号と呼ばれる文字を書きつらね、その地の巫女、膨大な魔力を持つ老婆に、ふわりと 布をかぶせた。
「なんと、老婆は、一瞬のうちに、若い娘へと変わった。」
おぉ。 なんかよくある話。 若返って、本来の姿に戻ったのね。
そして、2人は、結ばれるっ。
「いや、娘は、魔力を 多く持っていた。
シラーンは、娘の手首を切り裂き、血をすすった。
そして、その膨大な魔力を・・・」
いやぁぁぁ。 そういう、夜眠れなくなる話をしないでっ。 もう、油断も隙もない。
だいたい、血をすすって、魔力を補充ってあり得ないでしょ。 そんなので 魔力を増やせたら、世の中、殺人鬼ばっかりに、なっちゃうよ。
川面を、日の光が照らす。 黄色く キラキラと。
道は続き、馬車は、ポクポクと進んだ。
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やや黄金色がかった、輝きのある 淡いイエロー。
そう。 太陽を思わせる 壮麗な輝き。 活力に満ちた その煌めきは、飲む人を魅了する。
「酸味あって、鋭くて、やわらかいアタックが、良いな。」
うん。 ナカヨシ先生、分かりません。 その表現。
「まぁ、凝縮感もあるし、ボリュームも 適度にある。
余韻に、やわらかい渋味と、甘い果実味が残るのも良いな。」
しかし、コウ州のブドウだから、コーシューとは・・・。
このコーシューと言う名前の白ブドウ。 実は、白ではなく、紫がかった ピンク色をしている。
果皮は厚めで、糖度は、あまり高くない。
そのため、このブドウからは、穏やかな 味わいがする 辛口の 白ワインができる。
あっそうだ。 残念なことに、アユは、もう季節が終わっていた。 ホント残念・・・。
ワイナリーで、いただいたのは、コーシューから作られた 白ワイン。
グラスから感じるのは、すだちや、ゆずを思わせる 酸味を感じさせる香りと、西洋梨のような優しく ふくらみのある 甘い果実の繊細な香り。
調和のとれた、バランスがいい。
私も、口に 含んでみる。
まず、爽やかな 酸味を感じた。
中盤から後半にかけては、果実の味わいが膨らむ。 なんというか、自然な果実の甘みと、うまみ?
アフターにかけて、引き締まるような心地よい、渋みを感じる。 このおだやかな渋みと、リンゴの蜜のような甘い果実味が、口の中に残った。
うん。 香りの豊富さと 味わいのボリューム感が、全体として、ほど良いバランスだ。 余韻に残るコーシュー由来の 軽い渋みが、特徴かな?
それに、可憐で清廉な白い花を感じさせる 上品な香りもいい。 アリーって名前を 付けてあげたい白ワインだわ。
100%タンク熟成で、木樽の香りづけは無し。 良く分からないけれど、たぶん、いらないと思う。
「こっちは、迷うの。
冷やしても 美味しいが、常温のものも 良い。
常温だと、おだやかな 果実のうまみを感じるの。」
輝く緑色が かかった 淡い麦わらの色調。
さっきの コーシューの白ワインも 辛口だけど、こっちの ローズ・ゼンピョウエの白ワインも 辛口。
ローズ・ゼンピョウエの、ぶどうの樹は、赤褐色。 果皮の色は、淡い黄色から 淡い黄緑色。
グラスには、そのブドウから作られた、白ワイン。
青りんごのような 柔らかな果物の香りがして、酸味もやわらかで まるみを帯びた口当たり。 渋みも おだやか。 だけど、辛いねぇ。この上品なバランスの 辛口 白ワイン。 何が合うかなぁ。バターとか使った味のお料理が合いそうかなぁ? あっ、お刺身とか、酢の物の時に 合わせてもいいかも。
「ちゃんと、醸造前に 人の目で 確認していますからね。
ぶどうの状態を、ひと房ずつ、目で 確認します。
ダメな粒は、除きます。
その後、糖度の より高いぶどうを 選別しています。」
説明してくれているのは、ワイナリーの リヨッカ・タケダ・シンゲさん。
ここのブドウ園、 実は、今が収穫時期。
アルバイトさんも動員して、スタッフ一同、収穫中なのだ。
と、言うことで、人が居ない。 応対してくれている、このリヨッカ・タケダ・シンゲさんも、 実は、ここの新人さんだったりする。 ベテランスタッフは、収穫作業中らしい。
面白いのは、この人、雷魔法を使えるらしい。 ココのブドウ畑は、イノシシ、ハクビシンなど動物による獣害対策のために、柵を設置してあるのだ。 電気柵を。 動物さんっ、ビリビリっ。
「ボクの雷魔法、強いんですよ。
だから、結構、高い電圧になっています。
柵には、絶対、手を 触れないでくださいね。」
そだねぇ。 そういう注意は、来てすぐ 言おうね。
目を上に逸らすリヨッカさんの目線を追う。 空には、うろこ雲が、流れていた。 あぁ、秋空だ。
「あっ、そうそう。
ローズ・ゼンピョウエは、スパークリングワインも あります。
冷やして飲むと、暑い日に ピッタリです。」
そうだね。 最近、やや肌寒くなったけど・・・。
新人さんだからなのか、商売がお下手。 なんで、暑い日の話をするのよ。 言うなら、この白ワインは、冷やすだけじゃなくて、肌寒い日に、常温で飲んでも、おだやかな果実のうまみが 感じられて おいしいですよ。 とかじゃないの?
「あっ、収穫は、いいの? 人手足りてるの?」
「大丈夫ですよ。
でも、もし、興味があったら、やってみます?」
面白そうだから、収穫のお手伝いも、してみよう。 あっ、ナカヨシは、足がフラフラしてたから、参加しませんっ。 飲み過ぎだね。
ブドウ畑は、一文字 短梢仕立て。
収穫すること自体は、それほど手間ではないけれど、その1列の長さは、100メートルを超える。 ながぁいっ。 向こうの端が、小さく見えるもん。
さぁて、ローズ・ゼンピョウエの収穫。
摘果ハサミを使用し、できるだけ、枝に近い部分で 梗を切って 収穫する。
収穫したブドウの房は、そのまま収穫用木箱に、ポイッ。
「あぁ、ダメです。
醸造前に、人の目で確認って 言いましたよね。
実は、収穫時にも、確認しているんです。」
切り取られて 破棄ボックスに放り込まれるのは、小さいまま成長をしない ショットベリーと呼ばれる未熟粒や、カラスなどにツツカれた破砕粒。 もちろん、このあとの醸造前にも チェックはするのだけど、収穫時にも、チェックを入れて、1つ1つ 取り除いく。
・・・リヨッカさんが。
いや、ハサミでの最後の手入れは、私、やりたくないよ。 せっかくの ブドウの房を ダメにしたら、怖いから。
リヨッカさん、新人だって言ってたけれども、手際がいい。 房の目視も、最後のハサミ入れも、すごいスピードで、チャチャチャっと、やっていく。 ちょっと見直した。
やっと、端までたどり着いた。 収穫用木箱1つには、ブドウが、10キロほど入る。 この木箱は、木材をを扱う商会が販売している。 もちろん、テレサさんのアンターナッハ商会。 ホント・・・ ぼろもうけ してるね。
1つの台車の上に、3列の木箱。 高さは5個。 そして、それが 横に4個並ぶ。
で、1箱は、横積みしてるから・・・ ん-と、61個。 610キロ以上?! 重いっ。
ラバは、ここでも 大活躍。
短梢仕立てなので、高さを取れない 低い空間を、台車を引いて 運んでいる。
あぁ、疲れた。 私は、手を伸ばして切るだけしかしてないけれど、リヨッカさんは、検品までしてるんだもの。 すごいわ。
テクテクと、電気柵の外へと 戻る。
触らないように、ちゃんと気を付けて・・・。 でも、触るなって言われると、触りたくなるんだけどね。
あっ、ナカヨシ・・・。 まだ、飲んでいたんだ。
明日の朝の出発までに、アルコールが 抜ければいいんだけれど・・・。
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そして、出発は、お昼になった。
ナカヨシが、起きてくれなかったのだ。
収穫作業で忙しい ブドウ園の人たちに、ワインの積み込みを 手伝ってもらっていたのに、なんと、やわらかいお布団の中で、ぐうぐうと 寝ていたのだ。 起こされるまで。
しかし、あまり 責めては いけないと思う。
なんといっても、長旅で、疲れもあっただろうし、アルコールも 入ってたからね。
テレサさんが、居たら別だっただろうけれど、お寝坊した2人は、許されるはず。 というか、私が許すっ。 ・・・ふぁぁぁ。 ねむっ。
さて、本日、積み込まれたワインは、次の通り。
コーシューの 白ワインが、荷馬車60台分。
ローズ・ゼンピョウエの 白ワインが、荷馬車50台分。
ローズ・ゼンピョウエを使った スパークリングワインが、荷馬車20台分。
そして、ローズ・ゼンピョウエと、コーシューの廃棄物も 積み込まれた。
そう、摘果ハサミで、ちょいちょいちょいと 除かれていた、小さいまま成長をしない ショットベリーと呼ばれる未熟粒や、カラスなどにツツカれた破砕粒 などを 箱詰めしたものが、荷馬車10台分。
なんだろう?
カヤオマ州でも、皮の色素が少なくなって、着色が悪くなった 黒ブドウを 箱に詰めたものが、荷馬車に乗せられていた 気がする。
これ、なんか意味あるのかなぁ?
まぁいいや。
魔法で、ワラを冷やすのは、前回と同じ。
ナカヨシも、私も、十分な睡眠もとったから、魔力も万端。
それでは、しゅっぱぁぁつ。
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んー。 腰が、痛いっ。 お尻が、痛いっ。
帰ったら、車輪につけて、衝撃を吸収するバネや、バネの振動を 吸収して抑えて、馬車が安定して走行できる道具を、馬車の車輪 1個ずつに、装着したほうがいいね。
作って もらおうっと。
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今年、43歳の人は、高評価を押して次の話へ⇒
蛇足1.貞亨2年は1685年 天和2年は1682年
貞亨2年、芭蕉43歳の歌
天和2年の大火(八百屋お七の火事)で、
深川の芭蕉庵が燃えてしまいました。
そこで、芭蕉は、甲斐谷村藩 秋元家の国家老、
高山繁文(俳号麋塒)の甲州都留谷村の屋敷に疎開します。
天和3年の5月頃まで谷村に滞在し、江戸にもどった芭蕉は、
翌貞享元年8月、今度は『野ざらし紀行』の旅に出ます。
木曽・甲斐を経て、江戸に戻ったのは貞享2年4月。
山賤のおとがい閉ずる葎かな
この句が読まれたのは、この帰路であったと言われます。
そんな、甲斐や甲州街道ですが、作中のコウ州とは、まったく全然これっぽっちも、関係ございません。
蛇足2.天和の大火
お七は、江戸本郷の八百屋の娘。
天和2年の冬、江戸に大火事が起こりました。
お七は、家族とともに、正仙院に避難。
そこで、寺小姓、生田庄之介と運命の出会いをします。
恋仲となった二人も、避難生活が終われば、離れ離れ。
家に戻ったお七の庄之介への想いは、
どんどん大きくなっていきます。
あぁ、火事が起これば、また、庄之介さんに会える。
庄之介に会いたい一心で自宅に放火したお七。
捕縛され、鈴ヶ森刑場で、火あぶりとされてしまいました。
へー。芭蕉の、甲州行きと、ちょっとだけ関係あったんですね。
知りませんでした。