1-13. 【閑話】 貧乏神の物語 ~今日も麩の 味噌汁を~
イアンが 幼いアリーに 語る 窮鬼の 物語
食卓では ウェンディが パンケーキを 焼いている。
私は 本を 手に取り、暖炉の前に座る アリーために
貧乏神の 物話を 読み始めた。
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味噌蔵の 温度は ある程度 一定に しなければならない。
暑すぎても 寒すぎても 湿気があっても 乾燥しすぎても
味がかわってしまう。
父から 受け継いだ 味噌蔵の 片隅に、
いつごろからか 小さな みすぼらしい男が 住み着くように なった。
「今夜は 月が きれいじゃの」
小男は 木片の上に 盛った 味噌を ぺろりと 舐めた。
「爺さん。まだ 出ていかないのか」
「この場所を 探すのに どれだけ 苦労したか。
良い味の 味噌じゃのぉ」
もちろん 人ではない。
大切な 味噌蔵に 知らぬ男を 住み着かせることなど あり得ない。
小男は 窮鬼。
そう、貧乏神である。
貧乏神が 居ついてから、金策に 走る日が 続いている。
彼の名は、ジャポーネス。
うだつの 上がらない 味噌職人である。
昨年の 年の瀬も、ジャポーネスは 金に 窮していた。
ホームカンシ教の 教会で 無料で 分けてもらえる
古い小麦 と もち米を 食べて 昨年は やっと 年を 越したのだ。
この年の瀬、現金が ほしい。
ジャポーネスは 唇を 噛んだ。
昨年 同様、今年も 小麦 と もち米を 教会で 無料で 分けてもらった。
彼は 金を 稼ぐため、麩の 製造を はじめた。
材料が 施されたもの であるため、金は ほとんど かからぬだろう。
小麦粉 に 塩水を加え 練った生地を、布で 包んで 水中で揉む。
冬の 冷たい水が 手に しみる。
布から 水中に溶け出るものを 除くと 布の中には 麩の素が 残る。
この 麩の素に もち米を 挽いた粉を 加え蒸す。
これを 軽く火であぶり、麩の 完成である。
味噌 と 麩を 売る。
たいした 金にはならない。
しかし、窮状の ジャポーネスにとっては 干天の慈雨であった。
これで 年を 越すことが できる。
+++ +++ +++
ある 晴れた日の昼、いつものように 麩の製造を終え
食事をはじめた 彼の前に
貧乏神が ひょっこり 顔を出した。
「良いものを 食べておるの」
貧乏神が 蔵から 出てくるのは はじめて見る。
声を かける間もなく、
器を取り出し ひょいと 鍋から 味噌汁を 注ぐ。
「麩が よい口あたりで うまいのぉ」
「あんた 何をしに 出てきたんだ」
「風が 教えて くれたのじゃ。
今日、麩の 味噌汁を 食べられるとな」
いつの間にか、汁を飲み干し、鍋の味噌汁の 最後1滴を
自分の 器にに 注ぎながら 貧乏神が こたえる。
ジャポーネスの 腹が ぐぅぅと 鳴った。
+++ +++ +++
正月、いつものように 初詣に 出かけた。
賽銭を 投げ、ふと 顔を 上げると
小槌を 持ち 頬に こぶのような ふくらみを もった
老人が ぽつりと 立っているのが 目に入った。
「おぬしに 機会を 与えよう。
大きなツヅラ、小さなツヅラが ここにある。
どちらか 好きな方を 選ぶがよい」
福の神だ。ツいている。
『この手の 話は、良く 知っている。
こんな ワンパターンに ハマる奴は バカだ。
そう、小さい箱には「福」が、大きな箱には「災厄」が
詰まっているに 違いないのだ。』
迷いもなく ジャポーネスの指が さしたのは 小さい箱であった。
不思議なことに、だれも 触れてはいない のに
箱の フタは するする と 横にずれた。
そう、みすぼらしい男は、小さな器を 持ってあらわれた。
小さな男は、ずるずると 音をたて器の 汁を飲んだ。
「おぬし、なぜ 大きな箱を 選ばぬのじゃ。
まったく 貧乏性 じゃのぉ」
小さな 箱の中には 貧乏神が 入っていたのだ。
口惜しさと、せつなさと、むなしさが 入り混じる。
貧乏神は、その汁を もう一度口にし、
「おぬしの 味噌も、おぬしの 麩も 良い味じゃの。
わしは、今日も 麩の 味噌汁を 飲めたので 満足じゃ」
とつぶやく。
『味噌蔵から 貧乏神が 居なくなる ことは ないのかも しれない。』
そう思った 自分に 気づき ジャポーネスは 悲しくなった。
+++ +++ +++
帰り道のこと、正月だからであろう。
街角の 易者が 声をかけてきた。
「手相を みましょうか?」
「手相よりも 見てほしいものが あるな。ははは」
乾いた 笑いで 易者に こたえる。
「ほぉ なにが ございましたかな?」
ジャポーネスは、これまでの いきさつを 易者に 語った。
「それならば、こうなさりませ」
財布の 中身と 引き換えに、ジャポーネスは、
1枚の 紙切れを 持ち帰ることに なった。
持ち帰った 紙切れは、符と 呼ばれるもの であった。
符に 味噌を 塗り付ける。
外で 火を焚き、符を 焼いてしまわぬよう 気を付けながら 炙る。
味噌の 香ばしい 匂いが あたりに 満ちる。周囲は 神気に包まれた。
しばしの 時を まつ。
好物の 焼き味噌の 匂いに 誘われて、味噌蔵の 通気口から
するりと 貧乏神が 抜け出してきた。
すぽんっ という 音が聞こえるくらいの 勢いで
焼き味噌の 符に 貧乏神が 吸い込まれた。
瞬間、ジャポーネスは それを 二つに折った。
味噌蔵から 川までの距離は 遠い。
しかし、ジャポーネスは 全く時間を 感じなかった。
貧乏神が 閉じ込められた 焼き味噌の 符を 持ち
ジャポーネスは ぐるりと あたりを 見渡した。
川辺には 人は いなかった。
足元の 水は 冷たい。
符を そっと 川に 浸ける。
手を 離すと、符は 沈むことなく そのまま 流れて 行ってしまった。
「まさか こんな 簡単な 方法が あったなんて・・・」
苦しんだ この数年を 思うと バカバカしくなる あっけなさ であった。
このまま 帰るような 気持にも ならない。
少し 浮ついた気分で 久しぶりに 町を 散策する。
「おぅ 兄さん。こいつぁ ご祝儀だ」
いつも 味噌を買う 商家の旦那に 出会い、新春の 祝儀を 渡される。
『貧乏神が いなくなった 瞬間 これだ。
ここから オレにも 運が むいてくるかも しれない』
足取りは 軽く、道行く 子供が持つ 羽子板ですら 輝いて 見えた。
その時 である。
「火事だぁ」
ケンカ と 火事は 町の華 と言われる。
野次馬が 現場を 見ようと 走る。
ジャポーネスも 例にもれず 騒動が 大好きだ。
『遅れるものか』
走り たどり着いた 先で、小さな蔵が 燃えていた。
ジャポーネスの 目の前で その味噌蔵の 屋根は 崩れ落ち、
全ては 炎に 飲まれた。
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ふと 顔を上げると アリーが いない。
アリーは、食卓の ウェンディの ところに 行ってしまった ようだ。
私も 温かい 紅茶が 飲みたくなった。
立ち上がって、食卓に 近寄る。
彼女は、大きな パンケーキを その手に 嬉しそうに していた。
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食卓に 残っていたのは 小さい方の パンケーキ であった。
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「悪の十字架」「恐怖の味噌汁」というお話を知り、これをお題に挑戦。
どうやら惨敗のようです。
悪の十字架と恐怖の味噌汁、考えた人ってスゴいですね。
【窮鬼】には血が流れていなくて 【吸『血』鬼】には血が流れている
っていうのを話のどこかに入れ込む予定だったのですが忘れてます。
まいっか。
良いお年を