2-91.アタリヤショック 13
「スプリットっ!」
私は、初めのベット(BET=賭け金)の横に、小金貨を置き、二本の指をV字に広げた。 カードを2つに分割する「スプリット」の合図だ。
並べられた、私のカードは、10と10。
配られた 2枚のカードが、同じ数字の場合、初めにBETしたのと 同じ額の小金貨を追加することで、それを2つに分けて プレイすることが できる。 これが、スプリット。
10の札を、2個に 分割。
「ライレーンっ。」
それぞれに もう 1枚ずつ、カードを 要求する。
配られて 来たのは、9。 そして、K。
10と9で、合計19。
10とKで、合計20。
21に近いっ。 両方とも、強い数字だ。
ライレーンの 表札は、7。
仮に 彼女の次のカードが、10や J Q K であったとしても、合計17。 また、Aを引いたとしても、18。
私の勝ちとなる。
例によって、ライレーンは、カードの角を、そぉっと めくる。
チラリと見える 真っすぐの棒。
これは・・・。
7のカード。 7+7。14だ。
ライレーンは、親。 親は、16以下なら、追加のカードを 引かなければならない。
もう一枚。
「こいっ。 ジャックポット。 ラッキ-セブン。」
ライレーンが、呟きながら、カードをめくる。
開かれた カードの数字は、7。
やめてぇぇぇぇぇぇ。
7・・・7、7・・・。 合計は21。
私の小金貨が、ライレーンの カゴへと 移動する。
「マーガレット、追加でっ。」
「アリー様。 小金貨が、もう ありません。」
ライレーンの横には、3個の 山盛りの 小金貨のカゴ。
ライリューンの前には、1個の 小金貨のカゴ。
そして、私の横には、空っぽのカゴ。
私の部屋には、そもそも、小金貨のような小さな単位のお金は、あまり置いていなかったが、その小金貨が、全て、ライレーンと、ライリューンのカゴに 移動してしまった。
「ライレーン。 金貨は、りょ・・両替できるよね?」
「アリー・・・。 もう、朝だよ?」
チュン・・・ チュン チュン。
あっ、鳥さんが、鳴いている・・・。 ずいぶん、早起きだね。
「じゃ、アリー。 続きは、また今度で。」
ライリューンが、立ち上がる。
「ふぁぁ。 ボク、眠い。」
ライレーンが、小さく あくびを した。
やだぁ。 まだ、続けるぅぅぅぅ。
[美容師の娘] 【 2-91.アタリヤショック 】
カジノの客は、ぽつり ぽつり と まばら。
当然だ。 広い空間に、たった20台の遊技機・・・。 しかも旧型のみが、残っている。 新しい物は、運び出されてしまったのだ。
「クッキーさん。 もう無理です。
この状況では、今月の支払いが、できません。」
どうして、こうなった・・・。
いまだに、状況を理解できない。 いや、理解はしている。 信じられないのだ。 なぜ、このようなことに、なってしまったのか。
******************************
そもそも、アタリヤ商会は、潤沢な内部留保、現金を持っていた。
その内部留保が取り崩されたのは、オリンピュアス大祭。
伯爵家の令嬢たちが、白金貨レベルの大金を、巻き上げて行ったのだ。
それでも、いままで 貯めてきた金貨で、なんとかなった。 それだけで あったならば・・・。
ほとんど、空っぽになった アタリヤ商会の財布を襲ったのが、このアタリヤショック~回胴式遊技機事件だ。
遊技機製造の新規参入組が、大量に 駄作を投入したことから、客が、遊技機に失望したのも ひとつの要因だ。
遊技機を作ったこともない他業種のメーカーが、回胴式遊技機の製造に参入してきた。 それらのメーカーの雇った開発者は、これまで アタリヤ商会に納入してきた メーカーの開発者とは違って、まともにゲームを作る能力がなかったことから、非常に質の低い筐体が、カジノに溢れ返った。 新規参入組は、低品質な機器に大きな宣伝を打ち、カジノ全体の信用を損なわせた。
客は「硬貨の投入口にコインを入れるまで、本当に面白いかどうか判らない」状況となり、カジノから、客足が、遠のいてしまったのだ。
加えて、アタリヤ商会の遊技機の発注も、大きな失敗があった。
商会長クッキーの 過大な遊技機設置拡大の要求に、フロアマネージャーのヘラームズが、過剰反応した。
従来のメーカーは、クッキーの要求通り、すぐに生産を増やして、納入することができなかった。 このため、そのあと、設置する遊技機が不足することを避けるために、ヘラームズは、メーカーに 大量の水増し発注を 行ってしまったのだ。 遅れて、増産体制に入った、製造メーカーは、この発注に応えた。
極端な発注過剰による大量納品は、カジノに、大量の遊技機を廃棄させることとなった。 これは、商会にとって 直接的な大きな損失になっただけでなく、支払いの延期などを 要請したこともあり、メーカーの信用を失う結果にもなった。
苦しんだのは、アタリヤ商会だけでは無い。 製造メーカーもまた、地獄を味わった。
遊技機の設置面積を縮小し、カジノ再開となったあと、水増し発注の多くがキャンセルされてしまったのだ。 製造メーカーは、大量の売れ残りを 抱える羽目に なった。
その上、支払いの延期要請に怒ったメーカーは、納入済みの筐体を 強制的に回収し、返品処理したため、その遊技機の代金は、支払われなかった。
カジノや賭け事で、それなりの売り上げがあったものの、経営が苦しくなったアタリヤ商会には、メーカーに渡すための、キャッシュ自体が、乏しくなっていた。 しかし、支払いの意思はあったのだ。 その現金が入らなくなったことは、彼らにとって 痛手であった。
結果として、起こったのは、崩壊である。
新規参入組であった、「カエルスモッグ社」や「ケム・ニュートロニウム社」は、ビールなど、アルコール製造メーカーの「ゾウサンバード社」や「ハコダテユウヒ社」に資本出資をしてもらい、本業で、生き残ることに 成功したものの、専業で 遊技機を製造していた ほとんどの中小メーカーは、倒産してしまった。
こうして、カジノの中心であったアタリヤ商会は、衰退。 メーカーも、ほぼ淘汰された。
この後、アタリヤ商会は、カジノを手放し、ブックメーカー(胴元ではなく掛け率を提示して客の投票を募り、賭けの結果により勝者に配当をする)としてのみ 業務を行う商会となる。
冬の時代を迎えたカジノの復活は、伯爵家令嬢たちの「ライリューン商会」と、フラワーカードを作る「キョーテンドウ社」の登場を待たねばならない。
さて、事件から30年もたつと、さすがに、アタリヤショックの記憶は薄れた。
「アタリヤショックは無かった」「回胴式ゲーム機の墓場は都市伝説」と 考える者も あらわれはじめたこの頃、一人の男性が、真相究明に立ち上がった。
アネトン・イスクラー。 フルーク王国の報道記者だ。
アネトンは、当時のカジノフロアマネージャー、J・ヘラームズを従え、ゴルドプリンアラモ市の砂漠を掘り返した。
出てきたのは、粘土に包まれた「TE」「ツツミマン」「ウチュウゲームス」など、当時、大量に発生した非常に質の低い筐体。 アネトンは、涙し、ヘラームズ氏は、粘土を剝がされた「TE」の筐体を撫でながら、当時を懐かしんだいう。
現在、発掘された「TE」の一台が、アタリヤショックの物証として、国立フルーク歴史博物館に、収蔵されており、私たちは、その実物を見ることが出来る。
******************************
しかし、それは、未来の話。
商会長クッキーは、この苦境を乗り越えなければならない。
「支払い、支払い、支払い・・・。
そうだっ。 一番大きい 支払先だっ。」
そう、筐体の 支払代金も、ビールなどの アルコールの支払いも、その金額は、大きいとはいえ、カジノや、ブックメーカーの収入で なんとかなる。 問題となるのは、あの伯爵令嬢への 分割払いの白金貨である。
「馬車だっ。 馬車を用意してくれ。
飛翔師学院へ向かうっ。
ジェミニ教授に 面会する。
先に、連絡を取ってくれ。」
本来、伯爵令嬢に面会するには、伯爵家に 面会を申請し、許可を得なければならない。
西の辺境に使者をだし、その返事を待つ。 そのような時間は、アタリヤ商会に、そしてクッキーには、無い。
しかし、運の良いことに、あの令嬢は、建前上、身分で差をつけないとされている 飛翔師学院の生徒である。 学院の中であれば、教授を使えば、面会できる であろう。
追い詰められた時ほど、人間の真価が出る。 最後に勝つのは、勝てると思っている 人間だけだ。
=== ===== === ===== ===
「私は、勝つ。」
小さく つぶやくと、クッキーは、装いを改め、馬車に乗り込んだ。
=== ===== === ===== ===
ファミリーコンピューターの実物を見たことがある人は、高評価を押して次の話へ⇒
蛇足1.アタリヤショック 13
アタリショックは、1980年代、アメリカで起こった家庭用ゲーム機市場の崩壊「Video game crash」。
北米における家庭用ゲームの売上高は1982年の時点で、32億ドル(約7520億円:当時)。それが、1985年には、1億ドル(約200億円:当時)にまで減少。北米の家庭用ゲーム市場は崩壊し、大手メーカーも中小メーカーの多くも破産に追い込まれました。ゲーム市場最大手であったアタリ社も崩壊し、分割される結果となりました。
低品質ゲームソフト「クソゲー」の乱発、粗製濫造が、ユーザーの購買意欲減退をまねき、市場が崩壊したとも、ゲームソフトの代理店が、在庫切れを避けるために大量の水増し発注を行い、アタリ社が、それを鵜呑みにして生産を行った極端な生産過剰。その発注の多くがキャンセルされた時に、大量の売れ残りを抱え損失が発生したためとも、いわれているそうです。
アタリショックの低品質ゲームソフト「クソゲー」の象徴であるゲームソフト「E.T.」は、アタリショック後の1983年にニューメキシコ州アラモゴルド市の砂漠に埋められたとされます。
この「ビデオゲームの墓場」は、2014年に発掘され、大量の「E.T.」も見つかりました。そのうちの1本は、国立アメリカ歴史博物館に収蔵されているみたいです。
北米の家庭用ゲーム市場の復活は、NESと呼ばれる、任天堂のファミリーコンピューターがブームとなる1988年ごろまで待つ必要があり、ある程度のシェアをもつ、米国会社の家庭用ゲーム機は、2001年に発売された、マイクロソフト社のXboxの登場を待たねばなりませんでした。この、Xboxは、日本以外の地域では、PlayStation2に次ぐシェアを獲得したそうです。
今が、PlayStation5ですから、3世代前の話ですね。
そんなアタリショックですが、作中のアタリヤショックとは、全くぜんぜんこれっぽっちも関係ありません。
蛇足2.アップグレード
さて、パソコンのWindows11が、来月10月5日から利用可能になるそうですが、Xboxを使用する、ゲーム機能が、すごく強化されるとのことです。でも、無料アップグレードで、うまく動かなくなるアプリなんかが出てくるんだろうなぁと思うと、更新するかどうか、ちょっと躊躇してしまいますね。
蛇足3.移籍金2300万ユーロ
申し訳ありません。
この後、蛇足3を書いていたのですが、飽きてしまい、途中までになっています。
サッカー日本代表の冨安健洋選手が、英国アーセナルに移籍するみたいです。アーセナルに移籍して、他にレンタルされずに、まともにプレーする初めての日本人選手になりそうな気がします。たのしみです。
しかし、移籍金が約29億9000万円ってすごいですね。
ちなみに、日本人の、これまで最大の移籍金?は、冨安選手の2倍以上の「約60億1000万円:当時」です。
この選手は、チームと「約61億円:当時」の6年契約をしています。(1年・約10億円)
2006年11月15日に、移籍金?の約60億円の金額が決定し、その年の12月14日に約61億円の契約が決まったのですが、当時、北朝鮮と核問題を巡る協議に参加していた米国のヒル国務次官補が、契約のニュースに接して、「(お気に入りのチームが)100億円で、この選手を獲得したっ」と北朝鮮の高官の前で、大騒ぎしたらしいです。
確か、その選手の名前は、「マ