2-78.スニップスのリン酸化
オリンピュアス大祭は、盛大な閉会式と共に幕を閉じた。
ライリューンは、一人、貴賓室に たたずむ。
アリーは、居ない。
ライレーンは、オリンピュアスに 付き添って 行ってしまった。
エイペロ伯爵家のオリンピュアスは、炎の前で 美しい舞を見せた。
ロトロカデ広場では、オリンピュアス大祭の旗が、オリンピュアスから、ファン・アントニオ・モーツァルト会長へ、 モーツァルト会長から マルタマクロン・アンヌダルゴ・フランソワへと渡された。
赤い帽子をかぶったオリンピュアスの護衛が、手に抱えたボールを、塔の前に立つ エッフェルと言う男性に渡すシーンは、人々の涙を誘う。
誰ともなしに、勇ましいエイペロ伯爵家の歌「ラララ・エイペロエーズ」が、歌われはじめ、大合唱となった。
いざ王国の子らよ
栄光の日は来たれり
血染めの王国旗が翻る
戦場に響く獰猛な帝国兵
妻子らの命を奪わんと来たれり
殉教者の血が王国の地を濡らすだろう
武器を取るのだ、エイペロ家よ!
進め!進め!
帝国の血で大地を染めあげよ!
ライリューンは、一人、貴賓室にたたずむ。
アリーは、居ない。
大丈夫かしら? こんな歌を歌っても・・・。
オリンピュアス大祭には、帝国選手も出場しているのに・・・。
そんなことを、思いながら。
[美容師の娘] 【 2-78.マーガレットの独り言 】
アリー様は、寮に帰られてからも、あまりしゃべらない。
寮から出られる場合は、ナカヨシ教授の研究室に籠ったままだ。
今日もまた、アリー様は、朝から研究室へと出かけてしまった。
第1王子 アレクサンドロスからの招きにも応じずに・・・。
「ふぅ。」
シーツを直しながら、マーガレットは、ため息をついた。
「本当に疲れるわ。
本編に、戻ってこれないかと思ったもの。」
彼女は、手際よく ベッドを直しながら、ブツブツと呟く。
「引いた伏線が、ごちゃごちゃに絡まってんだもの。
そもそも、長すぎるのよ。
8歳の誕生日に、栗毛の馬を 手に入れた。って、
サイレントベルディアン号が出てきたの、いつよ。
1月じゃない。
もう7月が終わろうとしてるわ。
沈黙の日曜日ってサブタイトルを使いたかっただけじゃない。
やり過ぎだわ。」
暑さのせいか、マーガレットの独り言も、意味が分からないものになっていた。
しかし、マーガレットを、強く責めてはいけない。
無理があるとは思いながら、消化不良の月曜日から、お腹一杯の土曜日まで、必死で1週間を過ごして、伏線を回収したのだから。
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ナカヨシの研究室に籠っている間は、色々なことを忘れられた。
苦手な土魔法を覚えるのだ。
「ファスファアレェションっ」
何も起こらない。
「これって、呪文は、必要なんですか?」
「イメージできるなら、不要じゃ。
ほかの魔法を使うときに、唱えておらぬじゃろ。」
確かに。
「後は、何をしているか、分かるようにするためでもある。
特に、眠りの魔法は、警戒されるのでな。
どんな魔法をかけられているか、相手に伝える目的じゃな。」
なるほどね。
ネズミの頭に、人差し指を当てて集中する。
「ファスファアレェション」
スニップスのリン酸化は、眠りの魔法。
王家に伝わる闇属性の魔法ではなく、土魔法だ。
「少し、時間をかけて、貯めるイメージじゃな。
リン酸化したタンパク質を、徐々に増やしていく。
そんな感覚で、指から魔力を送り込む。」
化学苦手だったんだよね。
リン酸化って言われても、全くイメージできない。
「カイネースっ」
ナカヨシが、私の指の上に指を置き、ネズミに向かって、何かを唱える。
5分後、コトンと言う音が聞こえるかのようにネズミが横たわった。
眠りについたのだ。
「そうじゃな。
ワシが、手伝えば、眠りにつかせることはできる。
アリーも、魔法自体は、成功しておるな。
ただ、ワシのものより、時間はかかりそうじゃが。」
何? 今の「カイネース」って呪文。
魔法の効果を増幅する呪文?
「頭の中の酵素を増やしただけじゃ。
化学反応を進行させやすくするためにな。」
何言ってるのか、全然分からない。
「イメージが、全くできておらぬようじゃ。
呪文に頼るほうが、無難かもしれぬの。」
まずは、カイネースの呪文を唱える。
~ カイネースっ ~ 増えよ酵素
「そうじゃ。指先に集中。」
そのまま続けて、
~ ファスファアレェションっ ~ リン酸化
ネズミが、横たわる。ヨタヨタとした動き。
ナカヨシが手伝った時よりも、おかしな動きはあったものの、見事に ネズミは、眠りについた。
「30分か。使い勝手は、悪そうじゃな。
まぁ、練習を続ければ、時間の短縮も出来よう。」
うん。練習すれば、そういうのって解決できそうだよね。
ナカヨシが、出来ているんだもの。
はいっ。 ぜーんぜん 時間短縮 できませんでした。
たぶん、魔法の全体像を理解できていないから、そのイメージを、全く出来ていないのが、原因だと思う。
今まで使ってきた魔法と違って、イメージできないのよね。
呪文というか、言霊に、その効力を依存しているじゃないかなぁ。
ナカヨシみたいに、5分っていうのは無理かもしれない。
ただね、私の方が、スゴイところもあるんだよね。
ネズミを、ゲージに入れる。
そして、研究室の入口へ。
私個人の研究室から、ナカヨシ研究室の入り口までは、約15メートル。
これだけ離れて、ネズミが全く見えない状態では、ナカヨシであっても、眠りの魔法を発現させることはできない。
呪文を唱える。
~カイネース~
~スニップス ファスファアレェション~
入口で、30分もの間、立ったまま魔力を放出するのを、誰かに見られたら、ちょっと格好が悪いけれど、そもそもナカヨシ研究室には、来客が少ないので、そこまで問題は無い。
時計の針を見る。呪文を唱えてから35分。
そろそろかな?
魔力の放出を止め、自分の研究室へと向かう。
ゲージの中には、眠りについたネズミ。
眠りの土魔法が成功した。
どうかな?ナカヨシ。
時間はかかるけれど、私の魔法は、離れた場所にも効果が出るんだよ。
「うむぅ。お主の魔法は、危険じゃな。
ワシの魔法より、警戒されるじゃろう。
婚約者の第一王子であっても、見せてはならぬ。」
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えっ? なんで???
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自宅に「ししおどし」を設置している人は、
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蛇足1.ししおどし
竹筒を使い、水の力により 音を発生する 鹿威し。
中央に支点を設け、上向きに端を開放した竹筒に、水をポタポタと落とす。
竹筒に水が満杯になると、水の重みで竹筒が頭を下げる。
下がった竹筒の頭から、水がこぼれて空になり軽くなり、頭を勢いよく上げる。
竹筒が元に戻る時に、石などでできた支持台を、竹筒のお尻が、勢いよく叩き「コーン」という音を生ずる。
日本庭園によくあるやつですね。
その音が、風流として楽しまれます。
蛇足2.眠気と「ししおどし」
眠気を例えるときに、昔からよく使われるのが、「ししおどし」です。
起きている間、筒が上を向いて水「眠気」が、少しずつ溜まっていきます。
水「眠気」が溜まって、竹筒の頭が、カタンと下を向く。
これが、「睡眠」。眠りに落ちた状態です。
頭が下を向いた竹筒は、水をこぼします。
睡眠時には、起きている時に溜まっていった眠気を、竹筒の先から、こぼしているわけです。
少しずつ水が溜まっていくのが「眠気の蓄積」。
「水(眠気)」は、睡眠で解消され、無くなります。
蛇足3.スニップスのリン酸化
脳内にあるたんぱく質「スニップスSNIPPs」は、睡眠要求指標リン酸化タンパク質と言われます。
スニップスの多くは、脳内の神経細胞のつなぎ目に存在します。
このたんぱく質スニップスが、起きている間、だんだんとリン酸化されていくのが、眠気が溜まる状態。
寝ている間に、リン酸化の解消が起こり、脳内の神経細胞のつなぎ目が正常化するのが、眠気の解消ではないか?
昔から言われていた、眠気と「ししおどし」は、これではないか?
と言われています。
しかしまぁ、ナカヨシ教授は、5分。アリーは、30分。
簡単に眠気を誘導することが出来てしまいますね。
眠気を、5分や30分で、睡眠状態まで貯めることが出来たら、寝るときに、とっても便利ですねぇ。
と、言うことで、アリーと、ナカヨシ教授に限って言えば、土魔法により、動物を眠りにつかせることが出来るようになりました。
あぁ眠い。