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一章・神子集結(3)

 ようやく呼吸を整えた私達が道半ばから見えていた大きな朱塗りの門の前まで近付くと、その前に立つ門番らしき男性が二人、声を揃えて叫びました。


「「げえっ!? ハルナ村の三つ子!!」」


 どうやらムラサさん達は有名人のようです、悪い意味で。その彼女達はナスベリさんとロウバイさんの手でカチカチのギチギチにされて固まっています。氷漬けの上に魔力糸でグルグル巻きという意味です。

「か、帰って来たのか!? だが今日はアイビー様がおられる!! さしものお前達と言えど悪さはできんだろう!!」

「というか何故に顔以外が氷漬けなのだ? しかも妙な糸で巻かれて……ええと、それで皆様は……?」

 彼等に問いかけられ、まずナスベリさんとロウバイ先生が前に出てお辞儀。

「ビーナスベリー工房の副社長ナスベリです」

聖実(せいじつ)の魔女ロウバイと申します」

「おおっ、あなたがたが、あの高名な!」

「では、もしや、後ろのお子らが……?」

 今度は私とモモハルに視線を注ぐ二人。顔だけ凍結を免れた三つ子さん達がガチガチと歯を鳴らしながら答えます。

「そそそ、そうだよ、その二人がががが、み、み、神子」

「支社長、そろそろ、ゆるゆる、ゆるして」

「寒いです……寒いです……」

「お前ら、また何かやらかしたんだな……」

「まあ、この悪戯三つ子は置いとくとして」

「おいとかないでっ」

「ようこそいらっしゃいましたスズラン様、モモハル様。お二人のことはアイビー様から伺っております。神子様には元より通行の制限などございません、どうぞ中へ。そちらの御両名にもすでに許可は下りています。ただし、あなた方はこの門を通らず外へ出た場合、森のどこかに飛ばされるでしょう。くれぐれもご留意を」

「はい」

「承知しました」

「よし、ではキンモク」

「うむ、ギンモク」

 二人は頷き合った後、重そうな門扉を押し開けてくれました。朱色に塗られた木製の門。左右には同じ色の石壁が延々と続いています。弧を描いてますね、ひょっとして聖域全体を囲っているのでしょうか?

 中へ入った私達は、いきなり予想外の光景を目の当たりにして驚きます。

「な、なにこれ!?」

「季節が……」

「場所によって変化している……?」

 聖域はすり鉢状の窪地でした。中心に小さな丘があり、それを取り囲むように東西南北の四方に柵で区分けされた集落が並存しています。一つ一つの大きさはココノ村と同程度。おそらく、この中のどれかが以前ナナカさんから聞いた彼女達の出身地ハルナ村。そこはナナカさんとマドカさんの弟妹である三つ子さん達にとっても故郷です。

 予想外の地形ですが、しかし、そんなことより驚きなのは集落によって季節が変化している事実。南には雪が降り積もり、東では木々が紅葉。北では強い日差しの下、子供達が水浴び。西ではたくさんの桜の木が花を咲かせています。

「たしかムラサさん達は西区の出と言っていましたし、あの春のエリアがハルナ村ということですか?」

「ご明察の通りです」

 私の言葉に頷く銀髪の門番さん。さっきたしかギンモクさんと呼ばれていた方。

 続けて、良く似た顔の金髪の方の門番さん、おそらくキンモクさんが手で四つの区画をそれぞれ順番に示します。

「北がキリシマ、西がヒエイ。南はコンゴウ、そして三つ子の出身地の西はハルナと呼ばれております」

「それぞれ霊山の名前ですね」

「はい。山から運んで来た要石を用いて結界を構築しているのです。住民達は集落ごとに水、風、火、土と相性の良い者達に分かれて暮らしており、それによって結界の力をさらに高めています」

「なるほど……」

 つまり、私がココノ村を守るため四つの呪物を使って構築した大結界と似た術式なのでしょう。

 ただ、問題は──

「力の向きが妙です……これは外からの侵入を阻む結界ではありませんね?」

 本来なら北水、東土、南火、西風と配置するはずなのです。けれどここは方位も属性も配置が逆。北火、東風、南水、西土になっています。外敵の侵入を阻む場合には力の流れを逆時計回りにして循環させるのが常。この配置ではかえって効力が落ちてしまう。

 なら、考えられる理由は一つ。魔力の流れを時計回りにして逆転させ、内から外へ出ることを阻んでいる。

 私がそう推察すると、二人は「おお……」と感心しました。

「流石は神子様。その年齢で、よもや一目で見抜かれるとは」

「満点をあげましょうスズランさん。たしかに、よく気が付きました」

 先生も珍しく褒めてくれました。ふふん、気分が良いので、たまたま似たような術式を作ったことがあるだけだという事実は伏せておきましょう。

 それにしても内向きの結界ですか。どう考えてもそれで封じているのは、あの中心の丘に建っている建物でしょうね。より正確に言うなら、その中にある何か。

 おそらくは、それがアイビー社長の見せたいものなのでしょう。長年秘匿されてきたという何らかの真実。遠く離れた北の大陸とこの聖域、そして私の受け継いだウィンゲイトの力がどう繋がっているのかはわかりませんが、あの場所まで行けばようやく答えを知ることが出来る。

 三つ子さん達の悪戯で緩んでいた気分が、再び緊張してきました。

 その三つ子さん達は、そろそろ解放されるようです。

「反省した?」

「し、しました、しましたっ」

「すいませんでしたっ」

「もうしません……」

 問いかけられコクコク頷く三人。ナスベリさんとロウバイ先生は顔を見合わせ、互いの意思を確認してから同時に彼女達を見据えます。

「おい」

 ナスベリさんは眼鏡を外しました。顔を近付けて凄みます。

「またあんなことしてみろ、記憶を凍らせて自分が三つ子のうちの誰だったか思い出せないようにしてやんぞ?」

「わたくしからは宿題を出しますよ、たくさん。全部解けるまで魔法が使えないようにもできますので、お忘れなく」

「ひいいいっ」

「勘弁してください」

「もう二度といたしません」

 それなりに反省の色が見えたため、二人は三つ子さん達を自由の身にしました。魔力糸が外れて魔法が使えるようになった途端、冷えた体を自力で暖め始めます。

「ああ、生き返る……」

「支社長、いい匂いがした……」

「さて、それじゃあ僕たちはこれで」

「あれ? 一緒には行かないんですか?」

 ムラサさんの言葉に驚く私。このまま一緒に目的地まで案内してくれるものだと思っていました。サキさんが事情を説明してくれます。

「スズランさん達が目指す場所はあの中心の丘に建つ霊廟です。あそこに何があるのかは聖域の人間なら誰でも知っています。でも、中へ入ることが許されるのはやっぱりほんの一握りの人間だけなんです。近付くことも許されません。とても、危険ですから」

「危険……?」

 そう言われて、ようやく私はナスベリさんが戦闘服を着てきた理由を察しました。

 私の視線から言いたいことを汲んでくれた彼女も小さく頷き返します。

「社長に言われたんだ。スズちゃんが“それ”に接触すると何が起こるかわからないから万全に備えて来いって。私もまだ何のことかは知らないんだけど」

「話を聞くだけでは済まないかもしれないんですね……」

 そういうことは先に言って欲しかったです。こちとら、いつも通りの格好で来てしまいましたよ。まあ、ナスベリさんみたいな特別な装備があるわけではないんですけど。この服、お気に入りなんですよね。自分でデザインしたものなんですよ?

 不安そうな私を見て、モモハルが自分の腰に提げている短剣を鞘ごと掴んで掲げました。イマリに行った時に試験を突破してルドベキア様から貰ったあれです。

「だいじょうぶ! ぼくがスズを守るっ」

「そうね、期待してるわ」

 むしろ守らないといけないのは私でしょうけれど。

 貴方には、まだまだ実戦経験が足りていません。

「それではこちらへ。皆様がいらしたら私が直接霊廟へと案内するよう、アイビー様より仰せつかっております」

「頼んだぞキンモク。くれぐれも失礼の無いようにな」

「任せろギンモク。少しの間、門は頼んだぞ」

「おう」

 銀髪のギンモクさんが門の外へ戻り、金髪のキンモクさんが私達の前に立って歩き始めました。

 そこでふと疑問が生じます。

「あの、さっきの方とはご兄弟ですか?」

「ええ、双子です」

「そうですか……」

「……」

 今度は私とナスベリさんが顔を見合わせます。ナナカさんとマドカさん、そしてムラサさん達。念のためキンモクさんに確認を取ったところ、やはりどういうわけかこの土地は双子や三つ子が頻繁に生まれて来るそうです。

「アイビー様は、村の中心にあるアレが原因ではないかと考えておられるようです」

「あれ……ですか」

「はい」

 肯定しつつ、彼はそれが何なのかについては教えてくれませんでした。おそらく社長の許可無く他言することはできない決まりなのでしょう。聖域内であっても秘密は徹底して守られているわけです。


 やがて、中心に向かう私達へ無数の視線が集まりました。


「ねえ、ちょっと見てあれ……」

「見たことの無い美女達と子供が二人……」

「黒髪の方はきっとナスベリ様よ。外の世界でのアイビー様の腹心」

「もう一人は聖実の魔女ロウバイ様だ。昔、イマリで見た」

「ということは、やっぱりあの子供達が……」

「ああ、ウィンゲイト様とアルトライン様の……」

「神子様……」

「神子様だわ……」

 私達の姿を認めた人々は、次々にその場で膝をついて祈りを捧げ始めました。私は眉をひそめ、モモハルはキョトンとしてしまいます。

「あの、皆さんどうして……?」

「当然です。我々は神子であるアイビー様の庇護の下で生きているのですから。同じ神子であるお二人にも相応の敬意を払わねば。それに我々はすでに知っているのです。世界に迫りつつある危機のことを」

「あっ……」

 なるほど、つまりあの祈りは“救世主”に対しての期待の表れなのですね。

(正直、そういうことをされると余計に気が重くなりますけど)

 そもそも私は神様でもなんでもありません。たまたまその血を引いているだけの一介の魔女ですわ。

 ──という考えが顔に出てしまっていたのでしょう、ロウバイ先生にコツンと軽く頭を小突かれます。さらに唇を寄せ耳元で囁いてきました。

「スズランさん、そのような顔をしてはなりません。期待を重圧に感じる気持ちはわかります。けれど、彼等は純粋に救いを願っているだけ。そこに悪意は無いのです。だからせめて、不服そうな顔をするのだけはおやめなさい」

「……わかりました」

 笑顔を見せるのは難しいですが、感情を表に出さないようにする程度なら私にも出来るでしょう。

 私は努めて無表情を装いました。

 すると──

「おお、やはり神子様は威厳がある」

「表情も歩き方も凛としておられる」

「ありがたやありがたや」

 なんだか予想外の結果になってしまいました。今度は背中がむずがゆくなってきます。

 モジモジしている私を見て、ふぅとため息をつく先生。

「やっぱりやめましょう。スズランさんは自然になさっていた方が周囲に誤解を与えずに済むようです」

「どういう意味ですか!?」

 自分だって意外とポンコツのくせに!! ノコンさんに手料理を振る舞おうとして買ったばかりのお鍋を駄目にしたこと、忘れてませんよっ!!

「ス、スズラン様?」

「あ、いえ」

 私が怒ってキンモクさんを驚かせた直後、彼は小さな建物の前で立ち止まりました。遂に霊廟に辿り着いたのです。

「あの、着きました……」

「はい、ありがとうございます」

「すいません、お騒がせしました」

 顔を赤くして頭を下げる私とロウバイ先生。その目の前で霊廟の入口の扉がゆっくりと開かれて行きます。見たところ外観通り、中の広さもうちの雑貨屋と大差無い面積のようです。

 けれど、

「んなっ!?」

「えっ……」

 中を見て真っ先に驚いたのはナスベリさんでした。続いて私も驚愕のあまり目を見開きます。

「あれは……?」

 ロウバイ先生だけは眉をひそめました。そういえばあの戦いの時、先生はいなかったんでしたね。

 モモハルは広い霊廟の中心に浮かぶ“それ”を指差し、口を開きます。

「あっ、あれ、前に村に来たおねえさんの胸に入ってたやつだ」

「貴方、あの時あれが見えていたのね……」

 そもそもオトギリさんのことはホウキの上から一瞬見たくらいでしょうに。流石は眼神アルトラインの神子。私達にはよほどの高密度にならないと目視することができません。


 そう、ちょうど目の前に浮かんでいる銀色の球体のように。


「竜の心臓……」

「どうしてここに……?」

 霊廟の中に封印されていたのは、あの時、オトギリさんがドラゴンに変わる直前に体内に見えたのと同じ物でした。魔素の高密度結晶体。ただしサイズは彼女が隠していたあれの百倍以上あるでしょう。あまりにも巨大。

 あの小さな“竜の心臓”ですらとんでもない化け物を生み出したのに、もしこれが魔素災害を発生させたら……想像もしたくない話ですわ。

 直後、驚いている私達を霊廟の中から見つめる複数の気配。その三人は順に話しかけて来ます。

「そんなところにつっ立ってないで、早くいらっしゃい、四人とも」

「やあ、君達が新しい神子か。久しぶりに増えた弟妹(きょうだい)に会えて嬉しいよ」

「女の子と男の子……主神と眼神の神子……想像していたのと、ちょっと違う」

 アイビー社長と、一人の少年と一人の少女。

 それが私達と社長以外の二人の神子に初めて対面した瞬間。そしてこの世界に存在する全ての神子が一堂に会した最初の場面でした。

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