一章・神子集結(2)
──そんな感じに談笑しつつ空を飛び続けること三時間強。いいかげん話の種も尽きてきたところで、ようやく私達は地上に降りました。魔法使いの森の中にです。最近ホウキを捕まえるために来たばかりとはいえ、やはり故郷に戻って来たような安心感があります。ここでもけっこう長く暮らしましたものね。
一方、初めて来たモモハルは不思議そうに辺りを見回します。
「ん~?」
「どうしたの?」
「ここ、村のまわりの森に似てる」
「ああ、実際兄弟みたいなものだって社長が言ってたよ」
ナスベリさんが理由を教えてくれました。なんでもココノ村周辺の森はここの木々から風に乗って運ばれた種子が育ったものなのだそうです。
たしかに、言われてみれば村の周辺と魔法使いの森とは植生が似ています。夏の時期に吹く南風の行き着く先があの辺りなのですね。
思えば私もこの森から飛んで行ってココノ村に根付いたわけですし、なんとも親近感の湧くお話。
「ここから先は徒歩じゃないと入れないんだ」
ムラサさんはそう言って森の奥へ続く道を示しました。その道の左右には古びた梟の形の石像が二体。魔力は感じませんから、おそらくはこの先が聖域を守る結界だと示す目印として設置された物でしょう。
「いよいよですね」
「はい」
聖域を前に感慨深そうなロウバイ先生と、頷く私。思い返せば長かったような短かったような……今年の春先に始まったことですからやっぱり短いですね。けれど随分長いことかかった気もします。
「クルクマさんが“発光現象”とスズランさんの“力”の因果関係に気付いてから、一年近くかかってしまいました」
「あ、たしかに」
そこが始まりだと考えれば、思っていたより長い道のりです。
去年の冬の始め、クルクマが大陸の北端まで出向いて知った“霧の障壁”の発光現象と私の“力”の奇妙な因果関係。私がウィンゲイトの力を借りた時にだけ光を放っていたというその謎を解き明かすため、ロウバイ先生とクルクマは去年から色々動き回ってくれていました。
私なんてほとんど村でいつも通り生活していただけですから、正直ちょっと申し訳ない気もしますわ。一応、イマリではそこそこ頑張りましたし、先日のオトギリさんとの戦いだってここへの通行許可を勝ち取る一助にはなったそうですが。
「そういえば師匠は来ないんですか?」
「あの人なら先に来て中で待ってるって社長から連絡があったよ」
「……そうですか」
ナスベリさんの返答に頷きつつ、逆に眉をひそめます。近頃クルクマの様子がおかしいんですよね。滅多に村に来なくなってしまったのです。来てもロクに顔を合わせないままいつの間にか帰ってしまっていたりしますし、なんだか避けられているような……。
まあ、この先に本人がいるというなら、会って直接問い質してやりましょう。
「それじゃあ行こっか」
ムラサさんが先頭に立って歩き出しました。最近ようやく彼女とシキブ君の見分け方を一つ発見。彼女の成長に伴って生じた違いなのですが、去年は平らだった胸がよく見ればわかる程度に膨らんで来たのです。ビーナスベリー工房の社員さん達が好んで着るツナギは割と体型の出るデザインなので目を凝らせば判別可能。
ちなみにサキさんは内面の大人しさが表情にありありと出ているため簡単に見分けられます。ナスベリさんによると、それを利用してムラサさんとシキブ君がサキさんの真似を行い、騙し討ちを仕掛けて来ることもあるそうですが。相変わらず彼女達三人とその姉の双子はナスベリさんの頭痛の種。
「あまり離れないようにしてね。十五ヒフくらい離れたら僕らを見失っちゃうよ」
「ここの結界は特殊なので、聖域の外のように“招かれる”だけでは駄目なんです。私達聖域出身の人間かアイビー社長が同行していないと入れないんですよ。テムガミルズ様の力で空間と因果律に干渉しているそうで、下手をしたら永遠にこの道を歩き続ける羽目になります」
シキブ君とサキさんの説明を聞いて、モモハルとナスベリさんの顔がサーッと青ざめました。
「ス、スズ、手をつなご!!」
「スズちゃん、私もいいかな?」
「はい、どうぞ」
モモハルはともかくナスベリさんまでとは……私は渋々手を差し出します。それを両側からしっかり掴む二人。
歩きにくいなぁ。そもそもモモハル、貴方は多分加護の力で迷いませんわ。
ちょん。
「? 今、何か腕に触れたような……?」
「スズランさん、よそ見をしてはいけません。置いていかれますよ」
「あ、はい」
「あわわわ」
「い、行こうスズちゃん」
ロウバイ先生に注意され慌てて三つ子さんとの距離を詰める私達。気のせいでしょうか、なんだか魔力糸に触れられたような感触だったんですが。
「……」
先生は落ち着いているように見えますし、やっぱり勘違いですね。あの方がこの程度のことで怖がるはずありませんもの。
でも、やっぱり気になる。もう一度こっそり振り返った私は気が付きました。いつもの優雅な足取りで歩いているように見えて、実際には通常の二倍速だという事実に。そして私に見られているとわかると、すぐに速度を落とすのです。
「先生」
「なんでしょう?」
「私の肩、掴んでもいいですよ?」
「お言葉に甘えます」
素早く近寄って来て肩に手を置く先生。やっぱり怖かったんですね。普段からこういう隙を見せていればノコンさんにもアピールできそうなのに。あの人、絶対に世話好きですもの。
もどかしい。お二人とも奥手すぎます。春夏と季節を経て、未だにお話するのが精一杯だなんて、いつになったら結ばれるやら。
(まあ、ロウバイ先生の場合、今の体がホムンクルスで、残りの寿命が数年という問題もネックになっているのでしょうが……)
ビーナスベリー工房のラッパスさん達も、引き続き先生の延命のためにホムンクルスの研究をしてくれているそうです。年齢固定化処置をホムンクルスにも適用する方法が見つかればなんとかなるかもと言っていたので、糸口くらいは掴めているのかもしれません。
(上手くいくことを祈りますわ。そうでないと残されるノコンさんが可哀想ですし)
で、それはそれとして──
「スズランさん、また距離が離れていますよ」
「急ごう急ごう、モモ君も走って」
ううっ、ナスベリさんと先生、距離が近付きすぎです。お二人に密着されると凄まじい圧迫感ですわ。二人とも身長が高いし、お胸のサイズが突出していますもの。
「サキさん、村までどのくらいかかります?」
長時間耐えられる自信の無かった私は、ついつい先行く彼女に訊ねました。サキさんは歩きながら振り返って回答。
「三十分くらいです」
「そうですか」
まあ、ギリギリ我慢できそうな時間。ホッとした私は、ふと気が付きました。無意識に体を右に寄せている自分に。つまりモモハルの方に。
「どうしたの?」
「いや……」
姿勢を正して取り繕います。ギュッと握った右手と左手。毎日剣の稽古をしているからでしょう、すっかり固くなってしまった手の平の感触にも困惑。まさか、この子の存在を頼もしく思ってしまう日が来るなんて。
ああでも、オトギリさんの件でも何度か助けられましたし、実際に頼りにはなるんですよね。背丈もだいぶ前に追い抜かれてしまいました。
(あんなに小さかった赤ん坊が、こんなに大きくなるなんて)
思えばここへ至るまでの道のりの本当の始まりは、彼と出会ったあの日だったかもしれません。そう考えると、とても長い旅路でした。
って、何をしんみりしているんですか。終わりじゃありません。まだまだ先は続きます。必ずそうしてみせますとも。
「しっかり手を繋いでなさい。ここから先、何があるかわからないから」
「うん……」
私の言葉に嬉しそうに頷く彼。
でも、その表情はかつてのような屈託の無い笑顔ではなく、恥じらいを覚えた思春期の少年の横顔でした。
照れないでください。つられてこっちも恥ずかしくなるでしょ。
そんな私達の前方で、ひそひそ囁き合う三つ子さん達。
「なんだいなんだい、あれは?」
「まだ小さいのに青春してるね~」
「それに引き換え支社長とロウバイ様は……」
「困ったもんだよ、大人なのにさ」
「うるせえ! 大人だって怖ぇもんは怖ぇんだよ!!」
わざわざ眼鏡を外して怒鳴りつけるナスベリさん。その視線の先でニヤリと笑うムラサさんとシキブ君。
あっ、嫌な予感がします。
「せっかくだから克服しようよ! ねえ支社長!」
「遅れたら一生迷子だかんね!! あははっ!!」
「え? あっ、すいませんすいません!!」
「ちょ、まっ、コラ!! 待てっ!?」
「洒落になりません!」
「お待ちなさい!」
「うわーん!」
走り出す二人。一拍遅れてついて行くサキさん。慌てて追いかける私達。
──おかげで三十分どころか、その半分の時間で聖域に着きました。そして三つ子さん達はナスベリさんとロウバイ先生の手でお仕置きされることに。
「ぎゃああああああああああっ!?」
「魔力がなんかウネウネしてる上にちべたーーーーいっ」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「ハァ……ハァ……」
「つかれた……」
私とモモハルは息切れを起こし、背中合わせに座って休憩。途中からはナスベリさんに抱えてもらっていました。そもそも足の長さが違います!
まったく、本当に何が起こるかわかりませんね!