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一章・神子集結(1)

「ほら、ちゃんと歩きなさい! どうして早く寝なかったの!?」

「スズとおでかけ、たのしみで……」

「やっほー」

「迎えに来たよ~」


 それはすっかり風が涼しくなった秋晴れの日の朝。オトギリさんとの戦いからしばらく経った九月半ば。寝坊したモモハルを起こして宿の外まで連れ出した私に、見慣れた顔の四人が声をかけてきました。


「社長の代理で聖域までご案内することになりました」


 ピンクのツナギの上に白衣を重ねた、いつもの姿のムラサさん、シキブくん、サキさん。その後ろには先日の一件以来の黒い戦闘服姿で緊張した面持ちのナスベリさんもおられました。眼鏡を外しているのにやけに固い表情。

「あ、みんな、おはよう~」

「お久しぶりです皆さん。ナスベリさんはどうしたんですか?」

「い、いや、アタイも今回が初めてだからよ」

 懐かしい口調。神子として本格的に活動するようになって以来、ナスベリさんとは眼鏡装着時の人格でお会いすることが多かったですからね。

 三つ子さんのうち二人が首を傾げます。

「あれ? そうだっけ? 支社長もまだ来たことなかったんだっけ?」

「社長の後継者なのに」

「あくまで社長業の後継者だからだよ……あの森の管理者はこれから先も、ずっとずっとアイビー様の役目。他の人にはできない」

「なるほど」

 ムラサさんとシキブくん同様、私もサキさんの言葉に納得します。アイビー社長の右腕たるナスベリさんでも、流石にあの場所には入ったことが無いのですね。

「先生! まほーつかいの森に行くみたいだよ!」

 迎えが来たら呼んでくださいと頼まれていたモモハルが、少し離れた場所で村長さんと話し込んでいたロウバイ先生を見付け、呼びかけました。先生は話を切り上げ、村長さんに頭を下げながら小走りで駆け寄って来ます。急いでいても上品な足取り。

「ありがとうございます、モモハルさん」

「こんにちは、ロウバイさん」

「ナスベリさん、こんにちは」

「お久しぶりです」

 眼鏡をかけておらずとも丁寧な言葉遣いでお辞儀するナスベリさん。ロウバイ先生は彼女の恩人なのです。その恩人と顔を合わせたらいくらか気が和らいだらしく、表情も穏やかになりました。

 対するロウバイ先生のお顔は、いつもより引き締められます。

「いよいよなのですね」

 流石のこの方も緊張しているご様子。さもありなん。かつての私のように魔法使いの森に居を構える者は数多くあれど、森の中心部の聖域まで立ち入ることが許されるのはごく少数の人間だけですから。三つ子さん達のように聖域出身の方々でさえ、簡単には里帰りできないそうです。

 けれど私達は今からそこへ向かいます。森の管理者たる“森妃(しんぴ)の魔女”アイビー社長と三柱(みはしら)教の頂点に立つ教皇さんの許可が下りましたので。

 本当はオトギリさんの一件の後すぐに許可が下りていたのですが、社長の方でなにやら準備をすることがあるというのと、こちら側の都合とが重なって今まで先延ばしになっていました。


 ──私達ココノ村の住民は、例の人為的な災害で壊滅してしまった隣のソコノ村の復興を手伝っていました。ナスベリさん達の協力を得て陥没した地面を魔法で持ち上げ、再び同じことが起こらないように地盤を補強する工事を行ったのです。

 水没して滅茶苦茶になってしまった村全体の片付けや倒壊した建物の再建には一帯の領主ホウキギ子爵も人員を派遣して下さいました。被災者への支援金も出してくれたそうです。あの方、小悪党っぽい顔の割にはとっても良い人。本当に人は見かけによりません。

 もちろんまだまだ人が住めるような状態ではないため、ソコノ村の生き残りの人達にはこの村で生活してもらっています。ビーナスベリー工房が建ててくれた仮設住宅やモミジの中の部屋を提供して。

 彼等の中にはそのままこっちへ移住したいと言い出した人もいます。あの災害でご家族全員を亡くされたベンケイさんもその一人。逆に何が何でも故郷に戻って以前の姿に戻してみせると誓った人達もいます。悲しみとの向き合い方は人それぞれ。

 当然ですが三柱教は組織の一部が暴走したことを認め、ソコノ村の人々に謝罪しました。アイビー社長やロウバイ先生が交渉してくれたらしく、復興に必要な費用も全額払わせる約束を取り付けてあります。

 ただ、それでも確実に遺恨は残るでしょう。大勢の人が理不尽に命を奪われてしまったわけですし、そのくせ三柱教は詳しい事情は話せないの一点張りで犯人の名前や犯行動機を伏せたままにしています。これでは遺族が納得できるはずありません。

 けれど、私の立場では彼等を責められない。

(少なくとも、私とモモハルが神子だと公表されるまでは……か)

 教会が口を閉ざしている理由は自己保身のためではなく、私のためなのです。オトギリさん達が凶行に及んだのは私が“最悪の魔女の娘”ということになっているから。それを明かしてしまえば被害者の怒りは私にまで向けられてしまうかもしれない。

 だから今は時期尚早。ロウバイ先生のその進言を境界が受け入れ、こういう結果になりました。

 私としては正直に話すべきだと思うのですが、それはあくまで神子の立場になった後でというのが先生の意見。神子として権威の衣を纏ってしまえば、誰にも手出しはできないはずだと。

 本当にそうでしょうか……? 私だったら家族を殺されて、犯人や、犯人にそうさせた元凶が近くにいたら冷静でいられる自信はありません。私よりずっと賢くて経験も積んでいる先生の言うことだから従ってはいますけれど……。


 そのロウバイ先生もここしばらくは大忙しでした。特に例の事件の前後は。

 七王会議はオトギリさん達三柱教内部の不穏分子を誘い出すための罠だったそうですが、せっかく王達が集まる機会を作ったのだからというアイビー社長の提案により、結局予定通りの日程で開催されたのです。

 ただし議題は私とモモハルの“神子認定”のことから“崩壊の呪い”に変更されました。王達に世界の現状について説明し、この危機に際して自分達がどう対処すべきかじっくり話し合って来たとのこと。

 現状、それによる混乱は何も起きていません。ロウバイ先生達が上手く七王を説得してくれたからでしょう。もちろん世間が“崩壊の呪い”のことをまだ知らないからでもあります。迫り来る危機についてどう公表すべきかは、アイビー社長達三人の神子と三柱教の偉い方々の間で協議中。社長は士気を高めるためにもせいぜい派手に盛り上げてやるわと言っていました。私達に何をさせる気でしょう?


 ともあれ、ナスベリさん達と合流した私とモモハルは、ロウバイ先生と共に家族に出発すると告げました。他の皆も気付き、わざわざモミジのところまで見送りに集まって来てくれます。

 同じホウキに跨り、手を振る私とモモハル。

「それじゃあ皆、行ってくるね」

「気を付けるのよ」

「モモ、スズちゃんとはぐれないように」

「わかった!」

「お母さんも気を付けてね!」

「大丈夫」

 最後に妊娠中の母に釘を刺してから飛び立ちます。久しぶりの旅に出発。ナスベリさん、三つ子さん、ロウバイ先生もそれぞれのホウキで上昇しました。

「うわわ、どんどん高くなる。あっ、スズ、みんな手をふってるよ。おーい!」

「こ、こら、ちゃんと掴まってなさい。落ちたら死んじゃうわよ!?」

 私の後ろで大きく手を振るモモハル。他人を乗せた経験が少ないので、そういうことをされるとバランスの維持が難しくなります。

 やがて村が豆粒ほどの大きさになった頃、モモハルは感嘆の声を上げました。

「わあ……っ」

 遥か彼方まで続く大地と、その先に広がる海。快晴の青空。今日は絶好の飛行日和。こんな日に長く飛ぶのは久しぶりなので私も気分爽快。

「すごいねスズ」

「そうね。でも、前にも見たでしょ?」

 イマリ旅行の行き帰りと七月の事件の時、この子は空を飛びました。

 でも、モモハルは首を傾げて考え込み、やがて言います。

「前は、こんなにきれいじゃなかったよ」

「そう?」

 以前と何が違うんでしょうね? あの事件の時はともかく、イマリ旅行の時にはやはり天気は良かったと思いますが。

「あ、モモハル。あれは東の大陸よ」

 私は東の海の先に見える陸地を指差しました。この世界の大地と海は丸くないのでどんなに遠くても水平線に隠れたりは……ん? 世界は平らなものでしょう? 私、どうしてこんなことを考えましたの?

「あそこにも人が住んでるの?」

「え? あ、ええ、言い伝えによるとドワーフ達が暮らしているわ」

「へえー、ドワーフってツゲさんみたいな人たちだよね?」

「うん。まあ、あの人は一応、半分以上は人間だけど……」

 そんな風に語らう私達を見て、三つ子さんの一人が話しかけてきます。

「スズラン君、その新しいホウキはどうだい?」

「快調ですよ。ただ、前のホウキほどには速度が出ません。どれだけ出力を上げても一定以上は無意味に魔力が散ってしまうというか……」

 このホウキは先日、魔法使いの森で捕獲した新しい子。ひょっとしたら北国で使う機会もあるかもしれないと考え、ビーナスベリー工房でナスベリさんのホウキと同じ耐冷加工をしてもらいました。

 かなりの高度まで上がっても飛べましたので、そちらはおそらく問題ありません。でも、今しがた語った通りの理由で最高速度は先代よりも落ちています。

 すると話を聞いていたサキさんも近付いて来て、原因を推測してくれました。

「多分、スズランさんの魔力が規格外に強力だからですね。以前のホウキは時間をかけて徐々にその大出力に慣れていったのではないでしょうか……?」

「やっぱりそうなんでしょうね」

 ホウキは生き物です。あの子との付き合いは長かったので多少の無茶にも耐えてくれていたのでしょう。一方、この子とはまだ相棒になったばかり。だからもうしばらく様子を見るしかありません。

(あれ? でも私、あの子に最初に乗った時にいきなり全速力で飛びましたわ)

 ひょっとして一回無茶をした方がいいのでしょうか? いや、しかし、負担がかかるとわかっていて実験するのも可哀想。やっぱり徐々に慣らしていくことにしましょう。

「けどさ、スズラン君ってホウキが無くても飛べるようになったんでしょ? じゃあ新品のホウキを調達しなくても良かったんじゃない?」

「いえ、もうしばらく魔力障壁での飛行は禁止です。少なくとも公の場では」

 三つ子さんの一人、おそらくシキブくんの疑問に答えたのは、私ではなくロウバイ先生でした。

「新たな二人の神子の出現は公表されましたが、スズランさんとモモハルさんがそうだという事実は今も伏せられています。なので、あまり目立つことをされては困るのです」

「そういうこと。それに魔力障壁で空を飛ぶなんて考えるだけでも疲れるよ。スズちゃんなら魔力切れの心配は無いだろうけど、コントロールがね」

「そうなんですよね」

 眼鏡をかけたナスベリさん。その言葉にコクコク頷く私。実は魔力障壁で空を飛ぶこと自体は誰にでもできるのです。けれど魔力消費と制御の難しさがホウキのそれとは段違い。だから思いついたとしても誰もやりません。私が知る限り、他に出来るのはアイビー社長だけ。

 ホウキでの飛行はホウキという生物の補助を受けて行うもの。いわば馬に乗っているのと同じ。対して魔力障壁での飛行は背中に翼を生やして自力で飛ぶようなもの、と言えばわかりやすいでしょうか? 先日の戦いでは無我夢中になっていたので自然に出来ましたけれど、今同じことをやれと言われても上手く飛べるかどうか。

 ちなみに目の前の三つ子さん達も以前ココノ村で一芝居打った時にホウキ無しで飛んでいましたが、あれはアイビー社長の力によるものだったと後で種明かしされました。三人の人間を同時に遠隔操作で飛ばせた上、植物操作で巨大な蛇まで形作っていたというのだから、やはりまだまだ社長の域には届きません。

「ふ~ん、そっかそっか」

「なるほど、ためになるなあ」

「スズランさんといると、本当に興味深いお話を色々聞けます」

 そう言いながらメモを取り出し、ペンを走らせる三つ子さん。飛びながら……この人達も大概器用ですね。魔力さえ足りていれば、私より簡単に飛べるのでは?

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