表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/30

六章・暴かれるもの(3)

「お許し下さい……私は、ラベンダー様に手を貸せと強要されただけなのです……」

 クルクマによる襲撃の翌日、昨夜のうちからずっと三柱教の尋問官による聴取を受けていたハナビシは前キョウト王ラベンダーの企てた計画の全てと、自分がそれにどのように関わっていたかを洗いざらい自供した。

 同席していたアイビーは冷ややかな眼差しを彼に向ける。本当に脅迫を受けていたか否かは知らないが、おおむねこちらの調査通り。


 ──七王会議直後から各国の動向に気を配っていた。ルドベキアは信用している。ミツマタも別の意味で信頼できる。だが、彼等とて世界が滅亡するかもしれないこの瀬戸際で本当に理性的な行動を取れるかはわからない。普段がどんなに善良な人間であっても人は追い詰められれば、それまで隠していた本性を曝け出してしまうものだ。

 必ず誰かが何かをする。そう確信していたからアイビーは三柱教と協力して七王全員を監視させていた。そしてラベンダーとハナビシがその網に引っかかった。


 彼女としてはもっと穏当に解決してやるつもりだった。キョウトが抱えている三百人の魔道士はそれなりに脅威だが、聖域もその気になればさらに上の戦力を繰り出せる。教会には聖騎士団もいる以上こちらの有利は揺るがない。向こうに勝機があるとしたら絶好のタイミングで奇襲を仕掛けた場合だけ。だから、お前らの行動は読めているぞと通達してやるだけで事は済んだ。

 だが、こちらが解決に乗り出す前にクルクマに先を越されてしまった。やはりあの娘の能力は侮れない。単独で行動しているのか協力者がいるのか現時点では不明だが、少なくとも少数の人間だけで三柱教の諜報部に匹敵する情報収集能力を有していることは確かだ。あるいは、それ以上かもしれない。


 ──なにせあの娘は、ラベンダー以外にもこの一年弱の間に数多くの暗殺を成し遂げている。暗殺者として見れば間違い無く世界最高の実力。


(ラベンダーと結託していたのはハナビシだけじゃない……トキオ周辺の小国や三柱教と対立する別の宗教組織。かつてオトギリが繰り返していた紛争への武力介入により被害を受けた者達の残党。スズランの敵になり得る勢力は数多くあった。けれども、それをあの子はことごとく壊滅させて回っている)

 親友のための露払いのつもりか? たしかに、そのおかげで余計な混乱が生じていないことは事実。だが、スズランがそんなやり方を望まないことは誰より深く知っているはず。それでもクルクマは止まらない。もう二度と引き返せない域にまで踏み込んだ。

(やはりあの子は危険すぎる。もっと早目に手を打っておくべきだった)

 去年ココノ村で初めて顔を合わせた段階で始末しておけば……アイビーは今さら自分の失策に気付き、苛立って爪を噛む。

 そんな彼女を見て、右目を腫らしたハナビシは怯えながら問いかける。

「あ、あの……私はこれから、どうなるのでしょう……?」

 顔の傷はさっき尋問官に殴られた時に出来たものだ。年寄りなんだから、もう少し加減してやればいいのに。

「……肩を借りるわ」

「はい」

 冷淡な表情を崩さぬまま、椅子の上で立ち上がり、尋問官の肩を掴んで机の上へ上がる。そこから傲然とハナビシを見下ろし宣告した。

「今の職は退いてもらう。というか引退しなさい」

「そ、そんな」

 自分でも意外なほどうろたえるハナビシ。商業組合の理事長なんて仕事は実際のところ貧乏くじだ。やめろと言われればすぐにやめる。そんなつもりでいたのに、意外と愛着を持っていたらしい。

 一方、アイビーは小さくため息をついて首を傾げた。

「貴方ね、まだわかっていないようだから教えてあげるわよ。昨夜貴方を狙ったのはあの“災呈の魔女”なの」

「え……!?」

「彼女にもう一度狙われたい? まさかよね?」

 ハナビシは首を縦にも横にも振らなかったが、その顔が恐怖で凍り付き、膝が小刻みに震えているのを確かめ、もう一度だけ勧告してやる。

「だから引退しなさい。貴方が狙われたのはラベンダーの協力者だったから。でも、こう言っては失礼だけれどオサカ商業組合理事長という肩書きさえ無くしてしまえば、貴方に危険を冒してまで狙う価値は無くなる。少なくとも、私が彼女ならそう考える。

 けれど、もしもほんの少しでも組合への影響力を、政治的発言力を残そうと思っているのであれば、この先、決して安心して眠れる夜は訪れないと思いなさい。あのゲッケイやヒメツルと同じ“悪の三大魔女”の一角に数えられるだけあって、あれは相当な化け物よ。正直言って私でも勝てるかどうかわからないレベルのね」

 多少大袈裟に言ったが、嘘ではない。あの娘は次にどんな一手を打って来るか読めないところがある。生物を操る異能よりも、むしろそちらの方がクルクマという魔女の最大の武器だ。彼女ならこちらが本気を出したとしても、勝機はゼロではないだろう。

「そもそもラベンダーに協力していたことを考えれば、本来なら極刑でもおかしくはない。そうでしょ?」

「ですね……ベロニカ前隊長ならば、その事実を知った時点で即座に刑を執行されていたでしょう。神子の誘拐など……私でも許せません」

 そのベロニカことオトギリは神子の殺害を企てたけれどね。アイビーは内心でだけ苦笑を浮かべ、実際の表情にはさらに凄絶な怒りを表した。

「……」

「失禁するほど恐ろしいなら、わかるわね? もう貴方に選択肢なんて無いのよ」

「は、はい」

 ようやくハナビシは頷いた。それを確かめ、尋問官の手を借りて床に降りる。

「後は任せた」

「はい」

 そして部屋を出ると、廊下では陰鬱な表情のナスベリが壁に背を預けて立っている。

「スズランの様子は?」

「やっと部屋から出て来ましたけど……今度は大図書館へ」

「彼女の資料を見に行ったのね」

「はい……」

「あの子には辛い想いをさせる……」

 だからクルクマの正体を明かしたくなかった。でも、もう遅い。無情な決断は下されてしまった。

 後はどうか、少女の心が折れてしまわないよう祈るのみ。

「スズちゃんなら、きっと大丈夫です」

「そう願うわ」

 でなければ……きっと、彼女は救われないから。




 災呈(さいてい)の魔女。

 大陸全土の英知が集まると言われるシブヤ大図書館には、彼女にまつわる資料も豊富に集積されていました。

 最上階の特別室に招かれた私は、椅子に腰かけ、司書の方々の厚意で一冊のファイルにまとめられたそれの一つ一つへゆっくり目を通していきます。


 彼女は正体不明の魔女。だからその大半は真偽不明の噂話。けれど私にはわかりました。いくつかは真実であると。

 時々、彼女と連絡がつかなくなることがありました。私と彼女の間で行き来するテガミドリも彼女を見つけられず帰って来るのです。他の方法を試しても駄目で、彼女が師匠(ゲッケイ)に内緒でお金を貯めて建てたという家に行っても姿は無し。

 私はてっきりゲッケイの実験にでも付き合わされているか、商売が忙しくてそうなっているものだとばかり思っていました。

 でも違った。


「……貴女、私と出会う前からこんなことをしていましたのね」

 災呈の魔女が関わったと推察される最初の事件は大陸南東部の小国の王が毒虫に刺され命を落としたもの。不幸な事故と結論付けられましたが、その後、同地方で虫や小動物の絡む“事故”があまりに増えすぎたため追加調査が行われ、王がとある人物の身辺を調査させていた事実が発覚。そこから暗殺の可能性が再浮上することに。

 王に疑われていた人物は男性。少なくとも災呈の魔女本人ではありません。新王政権下、彼は瞬く間に出世しました。最終的に宰相にまで上り詰めたそうですが、昨年自分の屋敷の中で忽然と姿を消しています。現在もまだ消息は不明。同時に同じ街で多数の失踪者が出ており、三柱教諜報部はこれもまた災呈の魔女の仕業だと考えているようです。


 確たる証拠は何も無い。けれど、この国は私と彼女が出会った街のすぐ近く。


 それだけではありません。もしもこの噂話の全てが真実なら、彼女は私達が出会った国に疫病をばら撒いた張本人。病で、虫で、数多くの人々を殺め、苦しめて来た世界で最も卑劣な魔女。奪った命の数なら、あるいは師のゲッケイをも超えたかもしれない。

 私は、そんな彼女の正体に長年気付けなかった、世界一間抜けな魔女です。

「……」

 袖で涙を拭おうとして直前で止めました。村にいた頃とは違い、今は常に三柱教の用意してくれた特別な服を身に着けているのです。とても手の込んだ衣装ですし汚してしまうのは気が引けますわ。

「使う?」

「ありがとうございます」

 ベッドに寝そべっているシクラメン様からチリ紙を受け取り、涙を拭き、ついでに鼻もかみました。丸めてゴミ箱にポイして、すっくと立ち上がります。

「元気出た?」

「いいえ、まだ落ち込んだままです。でも、やることは決まりました」

 私は突き進むだけ。いつものように自分で決めた目標に向かって。

「コデマリさん、これ、ありがとうございました」

 シクラメン様付きメイド隊。その筆頭のコデマリさんに資料を返し、感謝を述べます。

「このようなことしか出来ず、誠に申し訳ございません」

「十分すぎます」

 どのみち、ここから先は私にしかできません。

 私以外にはやらせません。

(クルクマ、必ず見つけてみせますよ)

 アイビー社長から聞きました。貴女の正体。貴女の能力。貴女の目的。どこに隠れようとも絶対に逃がしはしません。

 決着を付けましょう。かつて悪の三大魔女と呼ばれた者同士。


「災呈の魔女……ッ」


 もう貴女に、一人も殺させるものですか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ