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六章・暴かれるもの(1)

 深夜、メイジ大聖堂では大半の者達が眠りについていた。

 無論見張りは立っている。アカンサスとシクラメンはお披露目の儀式の後すぐに聖都を離れたが、それでもまだ三人の神子(みこ)がいる。さらに七王まで全員揃っているのだ。警備を疎かにできるはずもない。

 だが、そんな警備の兵士と魔法使いの一部もすでに眠らされていた。彼等に気付く間も与えず容易く無力化した侵入者は、確保したルートを静かに移動して行く。慎重に、焦ることなく。

 そして三階まで上がると、暗がりの中から外を見つめて標的の姿を確認した。オサカのハナビシ理事長とトキオのハナズ王。こちらと同じように照明も点けず、月明かりだけが射し込む部屋で密談を交わしている。

 流石に対策を施さないほど馬鹿ではない。会話の内容を聞き取ることはできなかったし、背中を向けているため唇の動きも読み取れない。

 だが、こんな時間に人目につかない部屋での密会──やはり、あの情報は正しかったとみえる。

(なら、お前達も死ね)


 この建物には強固な結界が張り巡らされている。屋内にいる人間を外から攻撃することは難しい。

 しかし彼女は昼、内部に招かれた時に結界の一部を弄っておいた。そうして生じた綻びから“虫”を送り込む。数は少なくていい。いずれも強力な毒虫である。

(どちらも老体だ。心臓発作ということにしてやれば、世間もさほど不思議には思わないだろう)

 スズランが世界に明かした崩壊の危機。あれの重圧に押し潰されたとでも思われたなら万々歳だ。

 そうしたら、自分もまだ──


「させると思いますか?」

「ッ!?」

 突如、背後からかけられた声。振り向かず窓を割って中庭へ飛び降りた。同時に背中を何かが掠める。あれは宝石弾!

 次の瞬間、今度は爆発が起きた。攻撃を外したとわかった瞬間、蓄積された魔力を解放して範囲攻撃に切り替えたのだ。その思惑通り、空中に飛び出した彼女を頭上から爆風が襲う。

『クッ!?』

 オクノキアを使った小型弾頭。話には聞いていたが厄介な代物だ。あれは魔力障壁でも防げない。

 地面に叩き付けられる瞬間、虫を集めてクッションにした彼女は、すぐさま立ち上がる。だが、その視界に白銀の光が映ったことで逆に咄嗟に身を伏せた。


 音が、消える。


「──っ」

 驚いたのは向こうの方。必殺のタイミングだと思ったのだろうが一瞬だけ刀身が月光を反射した。おかげで直前に気付くことができた。そうでなければ今の一撃でやられていただろう。

 襲撃は予測されていたらしい。他にも戦力が控えていると見た方がいい。彼女は即座に撤退の判断を下す。可能な限り大量の虫達を集め、移動手段を兼ねた防壁を作り出す。

 殺すつもりは無いが、邪魔をするなら痛い目は見てもらう。

 黒い津波が三手に分かれ、それぞれ頭上からこちらを覗き込んでいたナスベリと暗がりから斬撃を放ったクチナシに襲いかかる。

「これが生物を操る術か!」

「!!」

 襲いかかる虫達を魔力障壁で受け止め、さらに凍結させて無力化するナスベリ。異常な剣速で片っ端から粉微塵に切り刻むクチナシ。能力的に相性が悪いとわかっていた前者はともかく、後者も聞いていた以上のデタラメっぷりだ。やはり、ここで戦うのは分が悪い。残りの虫達は彼女を乗せて空中へ持ち上げ、中庭からの脱出を目指す。

 直後、壁に張り付いて繁殖していた蔦が一斉に動き出し彼女を絡め取った。さらに虫にとって害となる成分が庭の木々から放出され黒い津波も崩壊する。

 植物を操る力。やはり彼女も潜んでいた。


「聖域で会った時に言ったはずよ、次は無いと……ねえ? クルクマ」


 ホウキを使わず魔力障壁で浮遊しながら、アイビーがゆっくり目の前まで降下して来る。その双眸は烈火の如き怒りで燃えていた。それを覆面の下から見上げる暗殺者。

『社長……』

「今の貴女にそう呼ばれたくはないわ」

 アイビーにとってビーナスベリー工房の社員達は我が子のようなものだ。だが、自分の忠告を無視して再度の凶行に走った彼女をもう“身内”とは認めない。

『フフ……元々、私のことは嫌っていたデしょウ?』

「ええ、でも貴女のスズランに対する“信仰”だけは認めていた。彼女の意に反することだけは絶対にしない。そう思っていたから見逃してやっていたのよ」

『それは私を見クビり過ぎていましたね。やりまスよ、スズちゃんの意志に反していよウガいまいガ、あの子のためになルなら、ドんなことダって』

「社長!」

 ナスベリとクチナシが駆け寄って来る。その気配を背中越しに感じ、アイビーは二人を制止した。

「来るな! 私のことより周囲を警戒しなさい!!」

「えっ?」

「この子を誰だと思っているの? あの“災呈(さいてい)の魔女”よ。こんなに簡単に捕らえられるはずがないでしょう」

『……流石、気ガ付いていましたか』

「そっちこそ私を舐めすぎよ」

 アイビーの放った魔力弾がクルクマに突き刺さる。そう思った瞬間、服の中から大量の蛇が飛び出した。あたかも本人のように見せかけていたがアイビーが捕らえたそれは蛇を集めて人型にしただけの囮。

 蛇達は地面に落ちる前に全て爆発した。血と肉片が飛び散り、さらに爆風で舞い上げられた土埃がアイビーの視界を覆い隠す。

「社長!?」

「大丈夫よ、警戒を続けなさい!」

 無駄なことを、たとえ目が見えなくとも魔力探知と植物達の声でどこから来たとしても、すぐに──


 いや?


 あのクルクマが無駄な一手を打つはずはない。そもそもこの三人がここにいると知った時点でマトモな勝負に出るわけもない。

(逃げる気!?)

 そうしてアイビーの意識が大聖堂の外へと向けられた、その一瞬の出来事だった。

 パンッという甲高い音と共に大聖堂を守っている結界の一部に綻びが生じる。二階の窓の辺りで。

「しまっ──」

 黒焦げになって落下する虫の死骸が見えた。同時に砕け散った宝石の欠片も。ナスベリの使う宝石弾と同じようにオクノキアを羽虫に持たせ突っ込ませたのだ。それで生じた結界の亀裂はごくごく小さなものだったが、クルクマならばそれで充分。

 すでに一羽の鳥が放たれていた。結界が割れた瞬間、即座に亀裂へと飛び込める絶妙のタイミングで。ナスベリの反応もクチナシの剣も間に合わない。窓の向こうには暗殺者とアイビー達の攻防を見守っているハナビシとハナズの姿がまだあった。

(始まったら逃げろと言ったのに!)

 アイビーの脳裏に、さっき爆発した蛇達の記憶が蘇る。おそらくあの鳥も同じ。体内に爆発物を隠している。

 その予想通り、窓ガラスを突き破って聖堂の中に飛び込んだ鳥は標的の目の前で爆発を起こした。ご丁寧なことに小さな金属弾まで周囲に撒き散らされる。殺傷力を高めるため爆弾と共に腹の中に仕込まれていたのだろう。


 だが二人は無事だった。


「ひ、ひぃ……」

「助かりました……」

「あぶない……ギリギリでしたわ……」

 スズランが魔力障壁を使って防いだのだ。彼女は今の今まで眠っていたのだが、その夢の中で“警告”を受け、大急ぎでこの場に駆け付けて来た。

 直後、視界の中を見覚えのある輝きが通り過ぎる。

「え……?」

 半透明のコオロギ。月光を反射しながら宙を舞ったそれは一年前のココノ村での戦いで自分達を助けてくれた“謎の助っ人”が遠隔で会話するため使っていた特殊な虫。

 窓へ駆け寄り、その行く先を見つめたスズランは激しく動揺する。

「クル、クマ……?」

「……」

 屋根の上に彼女がいた。自分の親友が、ここ数ヶ月避けられ続けた相手が無言で佇んでいた。虫はそんな彼女の肩にとまる。

 いつもは左右で四本ずつの三つ編みにしている赤い髪を下ろし、眼鏡も外して、初めて見るその姿で一言だけ呟いた。


「さよなら」


 次の瞬間、どこからか飛来した大量の羽虫が彼女をさらって行ってしまう。空を雲霞のごとく埋め尽くし、聖都の外、遥か彼方まで飛び去った。

「クルクマ!? ちょっと、どういうことですクルクマ!?」

 ホウキを呼んで追いかけようと思ったスズランを、しかし一足早く飛んで来たアイビーが止める。

「よしなさい、もうわかっているんでしょう?」

「社長……」

「貴女には教えずに決着をつけるつもりだった。けれど、ここに来たということはアルトラインから教えてもらったのよね? ここで何が起きるか、彼女が何者なのかを」

「……はい」

 考えないようにしておきたかったが、真っ向から指摘されてスズランはついにその事実を認める。認めてしまった。

 そうだ、教えてもらった。予知夢で、全てを。

「そういうことよ……」

 アイビーも残念そうにクルクマが去った方向を見つめる。

「彼女が世に災いをもたらすもの……“悪の三大魔女”の最後の一角」


 その名は、


「災呈の魔女……クルクマ……」

 スズランはとうとう、親友の真実を受け止めた。

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