表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/30

五章・大聖堂の攻防(2)

「私は今でも反対です」

 ユリ様はお顔を険しくします。他の皆さんも渋い表情。この作戦に関しては七王の間で意見が割れているのです。

「やはり、どう考えてもこの大陸に敵を呼ぶのは間違いです。無人の僻地を戦場にできるならそうした方がよろしい。それなら確実に周辺への被害を減らせる」

 一見、その意見は人道に基づいたもの。けれど、同時にナデシコさんという個人を切り捨てた非情な発言でもあります。体内の“竜の心臓”が敵の発生源になってしまった場合、彼女は無事では済まないはず。

「わしゃあ、どっちでもいい。しかし戦術的にはアイビーさんの言うことが正しい。勝ちたいなら敵ば自分の土俵に引きずり込む方が上策じゃ」

 ミツマタさんの意見はこう。たしかに不慣れな土地よりホームグラウンドで戦った方が地の利を得られます。北の大陸まで戦力を移動させる労力だって馬鹿になりません。この大陸の中央という私達にとって最も戦いやすい領域に敵が現れてくれれば好都合。兵站がやりやすく、即時に最大の火力で敵を叩くことも可能でしょう。聖域の結界と魔法使いの森が防壁になってくれるため、ユリ様が危惧する周辺への被害も最小限で抑えられるかもしれません。

 ただし、敵の力がそんな守りをものともしないほどに強力だったら──中央大陸に住む人々には甚大な被害が出ることになります。だから僻地を戦場にした方が良いというユリ様の意見にも一理あるのです。

 するとルドベキア様は彼女でなく、ミツマタさんに同意しました。

「私も賛成だ。場合によっては大きな被害が出るかもしれない。とはいえ、負けたら世界そのものが消える。ならば戦いやすい場所を選ぶ方が良い」

「おじさま……」

 彼が意見を違えたことにショックを受けるユリ様。そういえば遠戚でしたね、お二人は。

 ハナビシさんとストレプトさんは口を噤んでいます。ハナビシさんは商人の自分に意見できる問題ではないと思っているのでしょう。ストレプトさんは新参者だからと遠慮してしまっているのかもしれません。

「ハナズ様は?」

「私も勝率を上げるためには中央大陸を選ぶべきだと思います。ただ、我が国やミヤギは魔法使いの森に近い。心情としてはユリ殿の意見もわかる」

 つまり、ミツマタさんやルドベキア様寄りの中立ということのようです。


 ここで意見を述べることができる人間は、後は私一人だけ。

 皆さんのお話を聞いた上で、こう答えました。


「ナデシコさんに会ってから、決めようと思います」

「……うむ」

「スズラン様……」

「神子がそう仰るなら、それもまた良いでしょう」

「なら、わしらは帰りを待つか。さっきも言ったが、わしはどっちでもいい。不利な戦場ちゅうんも、それはそれで面白いからな」


 直後、再びドアがノックされます。


「はい?」

『スズラン様、ご家族やご友人がお見えです』

「では入ってもらってくださ……あっ、よろしいでしょうか?」

「我々に遠慮する必要は無い。入ってもらいなさい」

「そうですよスズラン様、その晴れ姿をご家族に見ていただきましょう」

「ありがとうございます」

 ルドベキア様とユリ様の許可が下り、他の皆さんにも何も言われなかったので私は皆を室内に招き入れました。

「スズ! 頑張ったわね!」

 早速お母様が駆け寄って来て、そして自分のドレスの裾を踏んで転びかけます。

「きゃあっ!?」

「カタバミっ!!」

「お母さん!!」

 慌てて私と父と、誰よりも素早く動いたミツマタさんで受け止めました。

 あ、あぶない。

「妊婦が慌てちゃいかん。気をつけい、奥さん」

「あ、ありがとうございます」

「って、カゴシマ王のミツマタ様!?」

「ルドベキア様もいらっしゃる……ということは、七王の皆様みたいね」

「ま、まずいところに来ちまったかな? あの、一旦出ましょうか?」

「気にする必要は無いそうですよ」

 委縮する両親とおじさまおばさまを引き留め、面識の無い方々に紹介します。

「こちらの二人が私の両親。ココノ村で雑貨屋を経営しています」

「カ、カズラです」

「カタバミです」

「カタバミ? もしや、あのココノ村特産の“カタバミ”を育てとる人かのう?」

「え? あ、はい、そうです」

「そうかそうか、ありゃ美味い茶じゃ。おいも気に入って毎日飲んどるぞ」

「そうなんですか!? ありがとうございますっ!!」

 意外なところにうちのお茶の支持者がいました。まさかミツマタさんが……。

「私も愛飲してます。あれは美味しいですよ、渋みの少ない優しい味で、風味はスッキリとしていて」

「おう、わかっとるのうユリ。珍しくおまんと意見が一致したわ」

「ふふ、あれは東北の民の自慢ですから」

「そこまで言っていただけるとは……」

「よかったねカタバミ」

 涙ぐむお母様と微笑むお父様から視線を移し、今度はお隣の一家を紹介します。

「それで、こちらがモモハルのご両親と妹のノイチゴちゃん」

「サザンカです。宿屋をやっとります」

「妻のレンゲです。ノイチゴ、ごあいさつして」

「ノイチゴです、六さいです」

「これは可愛らしい」

 ノイチゴちゃんの愛らしさにユリ様は早速メロメロになりました。そうでしょうそうでしょう。

 そのノイチゴちゃんはハナズ様をじっと見つめ、おばさまに囁きかけます。

「おかあさん、あの人、サンタさん……?」

「違うわ、あの方はハナズ様といって、この辺りを治める王様よ」

「……いや、ワシはサンタじゃ」

 厳めしい表情のまま突然そんなことを言い出したハナズ様に、その場の全員がギョッとしました。

「良い子には菓子をあげよう。お食べなさい」

「ありがとう!」

 目を輝かせ、紙で包まれた飴玉を受け取るノイチゴちゃん。あの、どうして大国の王様が飴ちゃんなんか持ってますの?

 注目を集めたハナズ様は少し照れた様子で咳払い。

「ゴホンッ……うむ、いや、孫が同じくらいの年頃でしてな……あの子に会った時の為に常備するよう心掛けておるのです……」

「わかりますハナズ様。私も孫達に会える日はいつもより心が浮き立ちます」

 ただ一人、ハナビシさんだけが同意しました。この中でお孫さんがいるのは彼とハナズ様だけでしょうしね。

 ミツマタさんは首を傾げ、ルドベキア様は苦笑。

「そういうもんか?」

「まだ我々にはわからんな。だが、そういうものなんだろう」

「よかったねノイチゴちゃん」

「うん」

 早速飴玉を頬張るノイチゴちゃん。彼女と話してから、彼がいないことに気付いた私は母達を見上げ問いかけます。

「そういえばモモハルは?」

「今、おいでになりました」

 ちょうど良いタイミングで扉が開けられ、入って来たのはロウバイ先生とスイレンさん。それにモモハルとクチナシさんでした。

「ク、クチナシ殿!?」

「おお……」

 ユリ様は気色ばみ、ミツマタさんは赤い目をギラリと輝かせます。ああ、相変わらず剣の道に身を置く人達に大人気ですね。


“久しぶり”


「はい、お久しぶりです」

「久しぶりじゃのうクチナシ。どうじゃ、この後おいと一戦」

 一杯飲みに行こうみたいな調子で彼女に語りかけるミツマタさん。クチナシさんは苦笑しながら手話で回答。


“ミツマタさんと試合をするとキリが無いので、三本勝負で良ければ付き合います”


 それを訳そうとしたら、先にミツマタさんがぶーたれました。

「なんじゃあケチくさい。まあ、後でデカい戦も控えとるしな。ええじゃろ、三本勝負で我慢しちゃる」

「手話が読めるんですか?」

「ああん? こいつと話すにゃ覚えるしかないじゃろ。勉強したわい」

 この方、本当にお馬鹿さんではありませんのね。

 戦馬鹿ではありますけれど。

「こちらも久しぶりだな、モモハル」

「あ、王さま」

 ルドベキア様に気付いたモモハルが駆け寄りました。彼の腰に差されている短剣を見てルドベキア様もニッと笑います。

「その剣、気に入ってくれたようだな。神子としてのお披露目にまで使ってもらえるとは、そやつも喜んでいるだろう。造った職人にも伝えておくぞ」

「うん! 先生もいい剣だって言ってた!」

「ノコン殿か。噂に名高いオガの鬼神、一度お会いしてみたいと伝えてくれ」

「わかった!」

 そのやり取りを聞いていたうちの両親とモモハルの両親が顔を見合わせます。

「ノコンさん、そんなに凄い人だったの……?」

「どうしてうちの村なんかに……」

「ああ、それはその……」

「あなた、黙って。怒られたいの?」

「……」

 たしかにノコンさんほど凄い方がうちの村にいるのはココノ村七不思議の一つですわね。はたして、あの村に何があるのでしょう?

 他の七王の皆さんも、遅れて私達の家族に自己紹介。

「はじめましてモモハル様、ご家族の皆様。同じ東北はミヤギの王、ユリと申します」

「オサカのハナビシでございます」

「トキオのハナズです。以後お見知りおきを」

「キョウトのストレプトです」

「おいはカゴシマのミツマタじゃ! おまんがノコンとクチナシの弟子になったっちゅう神子の(ぼん)か! うらやましか話じゃのう、後でおいとも稽古してみんか?」

「いいよ!」

「ちょっ」

 なんでも安請け合いするんじゃありません! でもまあ、ミツマタさんは意外と面倒見良さそうですから悪くないかもしれませんわ。モモハルにも決戦に向けて出来る限り経験を積んでもらいたいですし。

「スズランさん、お久しぶりです」

「お久しぶりですスイレンさん。でも私達だと、あまりそんな気がしませんね」

「ふふ、たしかに」

 イマリ以来の再会となるスイレンさんとも握手を交わしました。彼女とは頻繁に手紙をやり取りしているので久しぶりに会ったという気がしません。

「でも、スイレンさんもクチナシさんのお弟子さんだったんですね。知りませんでした」

「魔法も剣も、どちらも二人の師にはまだまだ敵いませんけれどね。もちろん以前よりは上達していますよ。また後で手合わせ願えますか?」

「喜んで」

 そうして一通りの紹介を終えた後、和やかな雰囲気で談笑する私達。けれど私の胸にはぽっかりと穴が空いたまま。

(結局来ませんでしたわ)


 クルクマ。


 お披露目の時にはいたのに、やっぱり彼女は私に会わず帰ってしまったようです。もう何ヶ月も話していません。

 何か嫌われるようなことをしてしまったでしょうか? 落ち込んでいる私に気が付いて両親が慰めてくれます。

「大丈夫よスズ、きっと忙しいだけ」

「うん、さっき少しだけ見かけたけど喜んでたよ」

「そう……」

 なら会いに来てくれればいいのに。やっぱり私の気は晴れません。

 それからミツマタさん、ユリ様、スイレンさんにクチナシさん。さらにはロウバイ先生とルドベキア様まで参加して合同稽古を行った後、全員がメイジ大聖堂に宿泊することになりました。散々しごかれた私とモモハルはヘトヘト。今にも寝てしまいそう。できればすぐにでも我が家のベッドで眠りたい。

 でも、大きな食堂での七王も交えての夕食会。その場でようやく再会したアイビー社長から告げられます。


「スズラン、モモハル。悪いけれど、二人ともしばらくここで暮らしてもらう」

「はい」


 覚悟の上でした。神子であることを公表した以上、そう簡単に村まで戻れるとは思っていません。

「店はメカコさんに任せて来たよ」

「うちも帰って来た親父達に事情を話したら、しばらくは代わりにやってくれるって話になった」

 神子の家族ということで、うちの両親とお隣の一家もしばらく大聖堂暮らしです。私達が村にいると三柱教の熱心な信者達が押し寄せて来るかもしれませんし、よからぬことを企む輩が現れないとも限りません。身辺警護の必要もあります。だから“呪い”と決着を付けるまでは戻れないでしょう。


 つまり、もう二度とあそこに戻れない可能性だってあるのです。


「お母さん、お父さん」

「ん?」

「なんだい、スズ」


 何年かかるかわかりません。

 けれど、絶対に──


「勝つからね、私」

「こら、私達、でしょ」

「ああ、みんなで力を合わせて勝とう」

「そうだね」

 私自身が言ったのでした。みんなで一緒に戦おうと。

 この世界の全員で。

 だから彼女も、その時にはきっと……。




 けれど、その夜、事件は起こりました。

 ハナビシさんとハナズ王が襲撃されたのです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ