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五章・大聖堂の攻防(1)

 ──キョウト王ラベンダーさん。急逝されたのはその方でした。就寝中の突発的な心筋梗塞だったそうです。年齢固定化処置を行っていたため肉体的にはまだ三十代前半だったのだとか。若くてもやはり、こういうことは起こり得るのですね。

 私とモモハルは、まだ神子としてお披露目される前だったため葬儀には参列できませんでした。流石に七王の一人だけあって盛大なお見送りになったとは、後から社長に伺っています。教皇のムスカリさんも出席して弔辞を述べられたそうです。

 次のキョウト王と他の七王に直接お会いできたのは一ヶ月後の十月後半。メイジ大聖堂で正式な神子として人々に紹介された直後のこと。私の衝撃的な宣言とパフォーマンスで世界中が大騒ぎになっている中、室内へ戻って一休みしていたところに突然何者かが押しかけて来たのです。


『こ、困ります! 勝手に神子様のお部屋に入られるなど!』

『ふぬぬぬぬぬ、なんて力ですか……!?』

『だ、駄目です司教! まったく止まりません……!!』

『お披露目は終わったんだからもう構わんじゃろう! なあに、ちぃとばっかし挨拶するだけじゃ! 入っどぉ!!」


 そう言って、たくさんのシスターにしがみつかれながら一切気にすることなく彼女達を引きずって部屋に入って来たのは、四十代半ばの野性的な男性でした。

 この方、私が着替え中だったらどうするつもりでしたの?


「よう、新米の神子さん! 初めまして、わしゃミツマタっちゅうもんじゃ。さっきのは派手な雷じゃったのう。さっすが、いきなりぶちかましてくれるわい!!」


 ミツマタ? たしかそれはカゴシマ王の名です。よく見れば黒地に赤い線でシンプルな意匠が施された軍装という出で立ち。三柱教の総本山だというのに腰には大小二本の刀を差しておられます。聞いていた通りの豪放な性格みたいですね。

「あんなもん見せられたらウズウズしてたまらん。ちぃとでいいから“呪い”の前においとも勝負してもらえんかのう?」

「えっ?」

 自分で言うのもなんですけど、あの三重奏魔法を見て“戦いたい”なんて言い出すのはかなりおかしな人なのでは? 私はドン引きしました。

「クチナシほどじゃないが腕には覚えがある。この太刀は“凶刃”ちゅうてのう、魔法もぶった斬れる呪物なんじゃ! おいは強いぞ、良い稽古相手になれる」

「い、いえ、私は剣士ではないので……」

「ミツマタ殿、神子様が困っておられる。初対面で頼むようなことではなかろう」

 そう言って彼の背後から割って入って来たのは、飾り気に乏しく、それでいて上等な糸や生地を惜しみなく使った白い服のご老人。長い髭を蓄えたこの厳格そうなお顔立ちには見覚えがあります。たしかトキオの──

「お初にお目にかかりますスズラン様。この辺り一帯を治めるトキオの国王ハナズと申します。以後お見知りおきを」

「爺さん、今はわしが話しとったところぞ?」

「いいじゃないですか、我々にもご挨拶をさせてください」

 続いて前に出て来たのは二十代前半から半ばほどと思われる見目麗しい女性。古傷でもあるのか右目を眼帯で隠しています。隠されていない左目は緋色。目付きはやや鋭く武人を思わせる眼光。髪はまっすぐな髪質の銀。祭事の場ということで真っ赤なドレスでおめかししていますが、凛とした立ち姿からは鍛え抜かれた戦士としての風格も感じられます。この方の特徴も前もって聞いていたので、やはりすぐに誰かわかりました。

「ミヤギのユリ女王陛下ですね」

「ご存知でしたか、光栄です」

「私も東北の人間なので」

「なるほど、スズラン様とモモハル様はタキアの出でしたね。であれば困り事ある際にはいつでも遠慮無く私を頼ってください。大陸北部は皆、我が同胞です」

「覚えておきます」

 微笑んで彼女と握手した後、ハナズさんにも手を差し出します。先にご挨拶いただいたというのに、うっかり順序を逆にしてしまいました。けれど、気にした様子も無く応じてくださるトキオ王。

 で、あなたもやっぱり後回しにしてしまいましたね、すみません。

「ミツマタ様も」

「よせよせ、わしに“様”なんぞいらん。それに握手もやめとく。ちっこい手じゃ、ついうっかり握り潰してしまったらかなわん」

「そうですか、じゃあ代わりに、後で一回だけお稽古に付き合います」

「おっ?」

「その方が貴方には嬉しいでしょう? ミツマタさん」

「ははっ! なんじゃ、話がわかるのう! 気に入ったわ嬢ちゃん! いや、スズランと呼ばせてもらおう!」

「お好きなように」

 私としても貴方みたいなわかりやすい人は嫌いじゃありません。

 お互い挑発するように笑い合った時、ドアがノックされました。

「おお、ユリ、それにハナズ殿とミツマタもすでに来ていたか。久しいなスズラン。連れが二人いる、紹介させてくれ」

「おじさま」

「ルドベキア様」

 ようやく旧知の人物の登場。イマリ王のルドベキア様です。相変わらず立派な体格とおひげですね。

 彼はまず、自分の後ろにいた禿頭の老人を紹介します。身なりはいいけれど、他の方々に比べて覇気に乏しい印象。

「そちらはオサカの商業組合理事長ハナビシ殿。王という肩書きではないが、実質的には変わらん役割のため七王に名を連ねている」

「はじめましてスズラン様。私のようなものが拝謁するなど恐れ多いことだとはわかっておるのですが、どうか、どうかご容赦を」

 随分と自信の無い人ですね? オサカの商人はもっと押しの強い方々だと思っていたのですけれど……。

「はじめましてハナビシさん。そう畏まらなくてもいいですよ。私もモモハルも田舎の村の子供ですから、むしろ普通に接してもらった方が助かります」

「は、はあ……」

「オサカには以前お邪魔しました。とても活気があって素敵な都ですよね。あんな大きな街を治めているのですから、もっと自信を持ってください」

 私がそう言うと、ほんの少しだけハナビシさんの表情も明るくなりました。

「ありがとうございます。是非ともまたいらしてください。オサカの民一同、スズラン様の再訪を心待ちにしております」

 いや、それはどうでしょう? オサカの皆さんが知ってる私って超高速で空を飛ぶぬいぐるみの都市伝説ですよ。話がこじれるから今は言わないでおきますけれど。

 それで、もう一人は? 私の視線を受け、再びルドベキア様が紹介してくれました。

「彼はストレプト。新たなキョウト王だ」

「お初にお目にかかります」

 これまた気の弱そうな青年。若干カールのかかった金髪に糸目。目が細すぎて瞳の色はわかりません。元は白い肌のようなのですが、この時期でも日焼けしています。外で働くことが多いのでしょうか?

 服装は……なんでしょう、立派なのですけれど、どこかちぐはぐ。借り物を組み合わせたか急いで仕立て直したような雰囲気。本人も着慣れないそれが気になるらしく、時折袖を引っ張ったり襟元を直したりしています。別に乱れてはいないのに。

「ご紹介の通りストレプトと申します。先頃急逝されたラベンダー様の代わりにキョウト王となりました」

「はじめまして、よろしくお願いいたします。あの……先代のキョウト王は残念でしたね。一度お会いしてみたかったです」

「私としても是非お会いしていただきたかったです。先王は私などよりずっと優れたお方でしたから……」

「ご冥福をお祈りします」

「ありがとうございます。主神ウィンゲイト様の神子に死後の安寧を祈っていただけたとあれば、あの方もお喜びになるでしょう。我々としても安心できます」

 そんな大したことでは、と謙遜するのは間違いでしょうね。私はそのまま静かに黙祷を捧げました。他の皆さんもつられて亡き先代キョウト王さんのために祈ります。

 しばらくしてハナズ様が話題を転換。いちはやく黙祷を切り上げ、私に問いかけて来ました。

「スズラン様は、この後すぐに発たれるのですか?」

「いえ、明日からです。アイビー社長はすぐに行こうと仰るかもしれませんけど、流石にちょっと疲れました」

「大変なお披露目でしたからね、お疲れ様です」

「北の大陸で伝説の魔王と対面か。ええのう、おいも行ってみたい」

 私達の目的地を、すでに七王はご存知なんですね。

 するとハナズ様は眉間に皺を寄せ、重ねて問いかけてきます。

「スズラン様はどう思われます? アイビー様の例の計画について」

「……二つの“竜の心臓”のことですか」

「はい」

 ──先月、聖域から戻る直前のことです。私達はアイビー社長の口から彼女が長い歳月をかけて準備してきたある計画について明かされました。それは、いつどこに現れるのかわからない“崩壊の呪い”の出現位置だけでも特定しようという試み。


『聖域の“竜の心臓”は、そのために用意したの』


 社長は四百年前、オトギリさんの祖先にあたる魔素を操る研究者が現れ始めた頃、この計画を思いつきました。魔法使いの森の木々で大陸全土から魔素を収集し、高密度結晶体を生み出すことで、あえて“崩壊の呪い”が侵入しやすい“入口”を用意しておくという計画を。

 もちろん魔素は世界中に満ちています。だからアルトラインも“出現位置の特定はできない”と私に教えたのでしょう。

 とはいえ、完全でなくとも確率を上げることならできる。敵にしてみたら少しでも入りやすい場所があればそこを利用するのは当然。並行世界での戦いも見て来たアルトラインの言葉によると、敵にはそう考えられる程度の“知性”があるそうです。

 他にも社長達は魔素の溜まりやすい地形になっている場所を徹底的に調べ上げ、対策を施してきました。商品に組み込んで世界中にばら撒いた魔素吸収変換装置も計画の成功率を上げる助けになっているはず。

 だから、この世界における“崩壊の呪い”の出現位置は、現状ある二点のどちらかだと絞り込めます。


 北の大陸か、魔法使いの森の中心。

 魔王ナデシコさんの体内の“心臓”か、霊廟の“心臓”のどちらかということです。


 それを知った時、同時に私はアイビー社長の本心も知りました。どうして私を北の大陸へ連れて行きたかったのか。それは友人との約束のためだけではなかったのだと。


『貴女に、彼女の体内の“竜の心臓”を消し去って欲しい』


 本来、異世界に通じるゲート化を行った場合、存在を維持できるのは十分間だけという制限がある魔素結晶。なのに彼女の体内のそれだけは、いつまでも消えずに残っていると言います。魔法使いの森のものは木々が吸い上げた魔素を供給し続けることで維持できているだけ。

 何が違うのか? 研究は今も続けられていますが、原因は未だ明らかになっていないと言います。

 社長達は過去に何度もナデシコさんの体内の“竜の心臓”を消そうとしました。けれど、どうやってもそれは叶わなかった。他の結晶は容易く砕け散るのに、彼女のものだけは傷付けることさえできない。


『でも、今は貴女がいる。あの“ソルク・ラサ”なら、きっと消せる』


 始原七柱の一柱(ひとり)、ウィンゲイトの力を借りて行使する魔法。私が対象に指定した物だけを分解して消し去るあの術なら、たしかにナデシコさんの体内の魔素結晶のみを消滅させられるかもしれません。


『お願い、ナデシコを解き放ってあげて。それに魔素結晶が聖域のものだけになれば敵は高い確率であそこからこの世界へ侵入して来る。先に出現位置を特定できていれば対策も立てやすくなるわ』


 そう言って社長は頭を下げました。あのアイビー社長がです。それだけ友人のナデシコさんを助けたいという気持ちが強いのでしょう。

 だから私は、その大役を引き受けました。

 でも──

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