四章・宴の夜(2)
「眩く輝き天を満たせ」「小さき星々」
ぶわっと手と手の間に圧力が生じ、数え切れないほどの星屑がそこから溢れ出しました。それらは私達の頭上へ舞い上がり、風に乗って舞い散る桜の花びらと一緒に夜空を明るく彩ります。
「す、すごい!!」
「お星さまで空がいっぱい!!」
「ここだけ昼になったみたいだね!」
「ちょっと密度が高いですね、もうちょっと散らしましょうか」
以前にも使った小さな星屑を作る魔法。照明を作り出す術をアレンジして光球を細分化。そこへさらに星っぽく見えるよう色の変化を加えてみただけなんですけどね。重奏魔法でブーストした結果、自分でも予想していなかったほど大量の星が出ちゃいました。
私がそれらを操作して適度に散らしてみせると、大人達からも感嘆の声が。
「無駄の無い見事な魔力の流れだ」
「あの幼さで、すでにこれほどの技術を……」
「流石は神子様じゃて。技量は元より、魔力に関して言えばアイビー様以外に並び立てる者はおるまい」
そのヒソヒソ話を聞き取ったアイビー社長は苦笑いします。
「彼女が本気を出したら私より遥かに上よ」
「なんと!?」
「この森の全ての魔力を自在に扱えるアイビー様をも上回るとは……」
「まさに、それこそウィンゲイト様の血を引く証」
「唯一無二の御力だ」
う~ん……逆効果でしたかしら。実力を披露するついでに芸の一つもお見せしたらもう少し気楽に接していただけるかもと思ったんですが、逆にアカンサス様のお言葉を早々に実感する形になってしまいました。
近すぎるから、かえって遠ざかる。思えば、ここにいる方々は大半が魔法使いなのです。逆に魔法使いが全然いないココノ村では、私がどんな魔法を見せても扱いは変わりませんでした。容易に理解を得られることが良いことだとは限らないわけです。
大失敗。内心ガッカリしていると、肩をポンと叩かれます。
「ナスベリさん?」
「スズだけじゃなくて、アタイらもちったあアピールしとかねえとな」
多分こっちの人格の方がノリがいいからでしょう。眼鏡を外すナスベリさん。ロウバイ先生も立ち上がり、その隣に並びました。
「そうですね、せっかくお招きいただいたのですから」
「よっと」
次の瞬間、ナスベリさんは無数の水球を生み出して瞬時に凍結させました。それをロウバイ先生に向かって放り投げると、先生は魔力糸で全て受け止め、ジャグリングを開始します。両者の見事な手際に再びどよめく聖域の皆さん。
「な、なんと」
「外の世界にあれだけの術者が」
「噂以上のお手前」
先生はさらに糸をレールにして氷球を縦横無尽に転がします。ナスベリさんも負けじと氷でループを作り出し新たな氷球を一回転させました。高度な技術の応酬。でも皆さんの反応は私の時とは若干異なっています。
「すごいすごい!」
「上手いもんですなあっ」
やんややんやの大喝采。素直に楽しんでいるのです。
「ほら、来いよスズ」
ナスベリさんがウインク。なるほど、こういうのでいいんですね。私の術は少し大げさすぎたのだとやっと理解できました。
「だったら私は、こうですよ!」
私にはもう一つ特技があるのです。それを思い出してホウキを召喚。そして空中へ飛び上がり、細い柄の上で優雅にターン。一回転、二回転、三回転。まだまだ、まだまだです。さらに加速。まだ止まりませんよ!
流石のナスベリさんもこれには手を止めて驚愕。
「うおお!? ちょ、おまっ、そんな狭いところでよく動けるな!?」
「すげええええええええええええっ!! 神子様すげえっ!!」
「なんと器用な足さばき!」
「うわあ、ヒメツルの娘というだけあるなあ。オレ、最悪の魔女が同じことをしてる姿をあの日の聖都で見たよ」
ふふふ、まさか本人だとは思いませんでしょう! これが私の十年来の隠し芸でしてよ。さらに鉄棒代わりにもしちゃうんだから。そ~れクルクルクル!
「スズ!」
柄を掴んで大車輪を決めていた私に、モモハルが下から声をかけます。
「ぼくも何かやりたいっ!!」
「貴方にも特技があるでしょモモハル! ノコンさんから教えてもらったことを皆さんに披露してさしあげなさい!」
「わかった!」
頷いて腰のベルトから鞘ごと短剣を引き抜くモモハル。
しかし一瞬それを見つめると「危ない」と言って代わりに木剣を手にしました。待って、それは村に置いて来たはずでしょ? だんだん力を使いこなし始めていますね。
彼はそれで素振りを始めました。会場に響く掛け声と綺麗な風切り音。
「ご! ろく! しち!」
「おお、モモハル様は剣士なのか」
「なかなか良い太刀筋だ」
「まあっ」
剣の心得がある方々の評価を聞き、我がことのように喜ぶロウバイ先生。間接的に師匠のノコンさんが褒められていますものね。
「大したもんじゃ! 新しい神子様達もまったくもって大したもんじゃ!」
「ハハハ、いやはや本当に凄い。我々も負けてられんな」
「よーし、僕達もやるかあ!」
「おいガキンチョども! 今からでっかい滑り台作ってやっかんな!」
「去年村長に怒られたやつよりすんごいの作るよっ」
三つ子さん達が悪ノリを始め、それを止めるどころか大人達まで各人の特技を活かした芸の披露を始めました。静かだった宴の席はいつの間にやら大賑わい。
「うおおおおおおおおおおおっ!! どうです神子様、この怪力! 火の精霊の力を借りて身体能力をべらっぼうに強化しとります!!」
「ワシャあホウキを使わず風に乗って宙に浮くことができますぞ! 光を屈折させて姿を消すこともできますじゃ! 偵察、見張り、爆撃! 決戦の時にはいくらでも頼ってくだされ!」
「ナスベリさん! 今からあたしが水を操作して滑り台を作るから凍らせて! あの三つ子には負けられないわ! 最高の造形美を見せてやる!」
「あいよっ!」
そんな皆の様子を眺めつつ、美味しそうに酒杯を傾けるアカンサス様。
「いいね、宴というのは本来かくあるべきものだ」
「アイビー、私、あの子達も気に入ったわ」
「なによりだわ、シクラメン」
そうして初めて訪れた聖域での楽しい一夜は、瞬く間に過ぎて行ったのです。
──翌朝、宿としてあてがわれた立派な建物の中で帰り支度を行っていると、予想外のお客様がいらっしゃいました。
『スズラン、今少しいいかしら?』
「どうぞ」
入って来たのはアイビー社長と見知らぬ二人。おそらく、共に五十歳くらいの男女。
「そちらの方々は?」
問いかけた私に、答えたのは社長でなく当人達でした。
「オトギリの父、ザカムと申します」
「同じく母のエキザです」
そう言って頭を下げる二人。私は大きく目を見開きます。
一ヶ月前のあの戦いの記憶が蘇りました。
「そう、ですか……あなた達が」
驚きましたが納得もできました。聖域にご両親がいること、そして彼女が聖域まで連行されたという話は社長から伺っていましたので。
「娘さんには会えました?」
昨日の宴では三人とも見かけませんでした。出席していなかったのでしょう。
「はい、おかげさまで、ようやく再会することができました。しかし当人はまだ神子様に合わせる顔が無いと……」
「申し訳ございません。自分の口から謝罪するように言ったのですが」
怯えた様子で声を震わせる二人。なるほど、この人達もあの戦いについて聞いているようですね。
たしかに、そう簡単に許せることではありません。とはいえ──
「私自身のことはもう気になさらずとも結構です。アイビー社長達やモモハルのおかげで母も弟も無事でした。私はむしろ、彼女に酷いことをしてしまったと反省しているくらいです。
けれどソコノ村にしたことは許せません。謝るのでしたら、あの村の生き残りの方々にこそ直接会って謝罪してあげてください。今は無理だとしても、いつか必ず」
私も偉そうなことは言えない立場なんですけどね。ヒメツルのせいで不幸になった人間も数多くいたでしょうから。
いずれ報いを受けるかもしれません。でも、今はその時ではない。
「あまり気負わないことよ。罪の意識を持つなとは言わないけれど、何の罪も犯してない人間なんてこの世にはいないのだから」
そう言ってオトギリさんの両親を諭すアイビー社長の言葉は、私に対しても向けられているような、そんな気がしました。
数時間後、聖域の人々に盛大に見送られて私とモモハル、そしてロウバイ先生はココノ村へ戻って来ました。ビーナスベリー工房の面々は途中で別れ、それぞれ本社とタキアの支社へ。
村の様子はいつも通り。道行く人々に挨拶しながら緩やかな上り坂を上がって中央へと向かいます。去年の今頃まで広場だったそこには、今はカエデの巨木が立っていました。
「ただいま、モミジ」
『おかえりなさいませ、ご主人様』
「容体はどう?」
『もうほとんど回復いたしました』
「そう、よかったわ」
「よかったね!」
幹に触れて安堵する私とモモハル。モミジはオトギリさんから受けた攻撃により、大分弱っていたのです。
『皆様がお世話してくださいましたし、クルクマ様に造って頂いたメカコのおかげで自力でも色々と手を施すことができました』
「そう……」
俯いた私を見て、モミジからは戸惑いの気配。
『もしや、また会えなかったのですか?』
「ええ、どこで何をしているのかしらね、あの師匠は」
クルクマとは結局今回も会えずじまい。
本当に、いったいどこにいて何をしているのやら。
『村にいらしたら、すぐにお報せいたします』
「お願い。それじゃあ行こうモモハル、先生」
「うん」
「そうですね」
モミジと別れ、雑貨屋へ歩き出す私達。とりあえず無事帰還したことをそれぞれの家族に報告しなければと先生が仰るので三人一緒です。
「いらっしゃいませ」
正面から中へ入ると、カウンター裏の椅子には父が座っていました。広げていた新聞紙を畳み、私達の姿に気が付いて笑みを浮かべます。
ん?
「おお、帰って来たのかい。おかえり、スズ、モモハル君。ロウバイ先生、引率ご苦労様でした。今回もまた二人がお世話になってしまって」
「いえ、お二人ともとても良い子にしていましたよ」
「そうですか。偉いね二人とも。おーいカタバミ、スズ達が帰って来たよ」
店の奥に向かって呼びかけるお父様。お母様は家の方で休んでいるのでしょう。
私は父を見上げて問いかけました。
「お父さん、何かあったの?」
見逃していません。さっき新聞紙を畳んだ時の父の表情、とても深刻な様子でした。
父は「うん」と頷いてカウンターの上に置いた新聞をもう一度持ち上げます。その一面の記事を上にして差し出したので、覗き込む私達。
「大変なことが起きたよ……“七王”の一人が亡くなったんだ」
「えっ」
ロウバイ先生の顔に激しい動揺が表れました。