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三章・神々の願い(4)

「……運命は決まってしまったかな」

「だと思う……」

 スズラン達の背中を見送り、まだ霊廟の前に立ったままのアカンサスと移動用魔力障壁に座ったシクラメンは悼むように俯く。

「アイビーにもわかってはいるんだ、最善の選択がどちらなのか。けれど、それでも彼女は諦め切れない」

「当然……私達とは、付き合いの長さが違う……」

「そうだね。僕達は、せめて彼女を支えてあげよう。そのくらいしかできない」

「私も北の大陸に行きたい……」

「僕だって行きたいけど、それは彼女が望まないだろう。だからアイビーだけでも確実に送り出せるようにしてあげなくちゃ。やるべきことは山積みなんだ」

「うん……」

「いい子だ」

 頷いたシクラメンの頭を撫でるアカンサス。実年齢の差もあるが、まず外見が現存する神子の中で一番年長に見えるため、自然とこのように振る舞うことが多くなった。遥かに年上のアイビーだって彼の中では可愛い妹のような存在である。

 だからこそ胸が痛い。彼女達に苦しみを与えた存在が憎い。


 ユニ・オーリ。


(もう、この世界に戻って来ることは無いかもしれない。でも、来るなら覚悟しておけよ。僕の四百年分の怒りを全て、必ず君の顔面に叩き込んでやる)

「……またユニのこと考えてる。顔が怖い」

「ああ、ごめん」

 守るべき存在を怯えさせては本末転倒。だからアカンサスは常に微笑む。激情の全てを胸の裡に沈めて。

 それが彼の流儀なのだ。




「皆、この子達が新しい神子よ」

 アイビー社長が私とモモハルを紹介すると、ハルナ村の広場に集められた皆さんは一斉に平伏しました。


「「「ははあーっ!!」」」


「って、ちょ、別にそんなことしなくてもいいですよ!?」

「ははあーっ!!」

「貴方まで何をしてるのよモモハル!?」

「え? おもしろそうだったから」

「面白い?」

「あんまり……」

 次の瞬間、私と彼のいつもの掛け合いを聞かされた誰かが吹き出しました。

「ぶっ!?」

「こ、こら、不敬だぞ!」

「神子様に向かって失礼な!」

「いや、でも……」

「あー、疲れたー、そろそろ頭上げていいかな社長ー?」

「僕たち意外と身体が固いんだよねー」

「デスクワーク中心の生活が原因……一定時間ごとに、社員に適度な運動をするよう義務付けるべきかも……?」

 ああ、わかりやすい。大勢いるのでパッと見では見つけられませんが、今の声は三つ子さんですね。

「ムラサ! シキブ! サキ! 静かにせんか!」

「いや、別にいいわよ。皆も頭を上げて楽にしなさい。さっきこの子、スズランも言ったでしょう? そう畏まる必要は無いわ。二人ともここと似たような田舎の村の子供だもの、むしろ普通の子として接してあげた方が気楽なはず。そうでしょ?」

「はい、そうしてもらえると助かります」

 私が頷くと、聖域の皆さんは戸惑うように少しずつ顔を上げ始めました。当然あの三人が真っ先に立ち上がります。

「サンキュー、スズラン君!!」

「いやあ、持つべきものは友達だね。ヘイヘイみんなー、僕らあのウィンゲイトの神子とアルトラインの神子が友達なんだぜ?」

「羨ましかったらビーナスベリー工房へどうぞ。時々神子が遊びに来る愉快な職場。社長も神子。タキア支社での勤務希望なら、最年少神子達の住む村へも楽々アクセス。当社は優秀な技術者、研究員をいつでも歓迎します……」

 何故だかちゃっかり勧誘が始まってしまいました。そういえばこの聖域には優秀な魔法使いがたくさんいるって言っていましたね。でも人によっては森から全然出たがらないのだとも。

「どう? どう? タンジーさん、就職したくならない?」

「くっ……あたしは屈しない! いくら神子様達に会いやすくなるとか言われても、絶対この森から出たりしないぞ……!!」

 ん? タンジーさん? あの赤みがかった長い金髪の目付きの鋭い女性が? 私はまだ立ち上がろうとしない人々の間を抜け、自分から彼女に近付いて行きました。突然の行動に周囲がどよめきます。

「貴女がグラスチックを開発したタンジーさんですか?」

「へえっ!? は、はいっ!!」

「あれはいい素材ですよね。加工しやすいし色もたくさんありますし。前にアイビー社長から商品開発の課題を出された時、私の考えた新商品にグラスチックを使わせてもらったんです。あと両親が雑貨屋を経営してるんですけど、そこでも工房から仕入れて装飾品の製作に使っています。ほらっ、このブローチとかモモハルの服のボタンがそうです」

「あっ!? ほ、本当にグラスチックだ!! あ、あたしの作ったものを神子様が身に着けてくださってるなんて……!!」

「この服、スズが作ってくれたんだよ」

「ブローチもお手製です。あ、良い物を開発してくださったお礼に差し上げますね」

「神子様の手作り!? ああああ、ありがとうございます!! うちの家宝にいたします!!」

「ええと、装飾品なので出来れば身に着けて頂ければ……」

「毎日身に着けます!!」

 ここでようやく気が付きました。あまり下手なことは言わない方が良さそうだと。

「あっ、でも、いつも身に着けていたらすぐに壊れてしまうかも……や、やっぱり大事に保管してもよろしいでしょうか?」

「お好きなように……」

「ありがとうございます!」

 平伏しなくていいと言ったばかりなのに、感極まった様子で地面に額を擦り付けるタンジーさん。迂闊でした、ここの方々って神子を強烈に神聖視してるんでしたね。周囲から鋭い視線が飛んで来て彼女に突き刺さります。


「神子様がタンジーに贈り物を……」

「なんと羨ましい……」

「ああ、我々のような者にも斯様に親しく接して下さるとは、流石は主神ウィンゲイトの血を引く神子じゃ」

「ありがたやありがたや……」


 ああもう、この空気、なんか苦手ですわ! しかたないので私はあの三人に救援を頼むことに。

「ムラサさん、シキブくん、サキさん! よければ案内してくれませんか!?」

「おっ、ご指名だ」

「いやあ悪いねえ、早速神子様の友達特権を見せびらかしちゃってさ」

「ふ、ふふ……ちょっと、優越感」

「オメーら後でシバかれんぞ」

 周囲からの殺気混じりの視線をものともせずに近付いて来る三つ子さん。ナスベリさんは呆れ顔。たしかにちょっと調子に乗り過ぎでは。

 まあ、この人達らしいですけれど。

「それではお願いしますね」

「任されたっ!!」

「さあ、モモハルさんも行きましょう……安心していいですよ、今日はナナカ姉もマドカ姉も来てませんから」

「来たがってたんだけど社長と支社長に仕事を押し付けられて留守番さ。今頃泣きながら働いてるよ、あっはっはっ」

 うわあ……その光景が目に浮かぶようです。というかあなたがた、絶対後でお姉さん達のこともからかって痛い目を見るでしょう。そちらの様子も容易に想像できます。

 ともあれ、そうして私達は三つ子さんの案内の元、聖域全体を見て回ることになったのです。外の世界ではほとんど知られていない秘密の領域。少し移動するだけで春夏秋冬を簡単に一巡できる不思議空間。正直言ってワクワクします。

「何があるんだろうね」

「外の世界にはまだ出てない技術もありそうだなあ」

「皆さんのお話を聞いてみたいものです」

 モモハル達も期待に目を輝かせていました。さっきまで世界の秘密を知って深刻な顔をしていたのが嘘みたい。

 その期待通り、私達は一日かけて目一杯この聖域という場所を楽しみました。おかげで両親や村の皆へのお土産話がたくさんできて助かりましたわ。

 まさか、世界の秘密を話すわけにはいきませんものね。

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