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序章・七王会議

「──というわけだけれど、質問は?」

 この世界に迫りつつある危機。それについてわかっていることを一通り説明し終えたアイビーは、彼女専用に用意された座面の高い椅子へ腰を下ろした。まるで食堂に置かれている幼児用のそれではあったが、この身は五歳で成長が止まっている。実用性を考えるといたしかたないことなので小さな屈辱は黙って受け入れる。

 細い指先で長い碧色の髪をいじりつつ、紺色の瞳では各人を見つめ反応を待つ。左右に並べられた卓についている六人の王は、それぞれ異なる表情を浮かべてなにがしかを考え込んでいた。

 あからさまに動揺しているのが一人。眉間に皴を寄せているのが二人。楽しそうな表情が一人。平静を保っているのが一人と、平静を装っているのが一人。

(イマリ王ルドベキアは流石ね。まあ、彼の場合はロウバイからある程度のことを事前に聞いていたおかげでもある。問題は……)

 残りの五人。ここに集ったのは大陸七大国の長達だが、大国の頂点に立っているからと言って必ずしも賢君だとは限らない。そして、賢い人間が絶対に正しい判断を下せるとも決まっていない。自分だって今この瞬間にも過ちを犯している可能性はあるのだ。

 なかなか質問は飛んでこない。アイビーは背もたれに寄りかかり、改めて居並ぶ顔触れを眺め渡す。


 三百年前の南北大戦の際、隻眼の英雄の活躍で大きく領土を拡げた北の大国ミヤギ。

 三柱(みはしら)教の聖地、聖王国シブヤをその内に擁する東の古き大国トキオ。

 西部で最も長い歴史を誇り、現存する魔法使いの三割が集う強国キョウト。

 そのキョウトにほど近い位置で繁栄を謳歌する商人の国オサカ。

 少し前まで戦争の絶えなかった南部において最強の軍事国家と謳われるカゴシマ。

 聖実の魔女ロウバイと、その教え子達を多数抱える南西部の雄イマリ。

 そして、存在が確認されている全魔法使いの二割。それに加えて中心部の聖域でさらに数百人の魔法使いを秘密裏に保護している魔法使いの森。正確に言えば国ではないのだが、これを一国と見立てた計七つが大陸七大国だ。アイビー自身は魔法使いの森の代表としてこの“七王会議”に出席している。


 それぞれの王──あるいは君主がおらず、なんらかの方法で選出された代表者──達は、やがてぽつぽつと口を開き始めた。

「あの、アイビー様を疑いたくはないのですが……本当に、そのようなことが?」

 禿頭の老人がハンカチで汗を拭きながら訊ねて来る。アイビーにとっては見慣れた顔で、オサカ商業組合の理事長ハナビシである。王に匹敵する絶対的な権力者ではないが、商人達が統べるあの街の代表には違いない。

 しかし、数分待って最初に出て来た質問がそれか。アイビーは気付かれないよう小さく嘆息しながら肯定する。

「信じ難いのも無理は無い。けれど本当のことよ。世界の“崩壊”は間違い無く数年以内に訪れる。眼神アルトラインの予知だもの、疑いようが無いわ」

「それを止められるのが、今はまだ九歳の少女一人……だと?」

「そうよ」

 ミヤギ代表の、王というよりは武人然とした雰囲気の女にも頷き返す。銀髪緋眼。別に目を患っているわけでもないのに、祖先にあやかり右目を眼帯で隠しているこのうら若き乙女の名はユリ。ミヤギの現女王で、祖母はイマリ王家の出身。イマリ王ルドベキアとは遠縁の親戚に当たる。

「ルドベキア、おまんはその新しか神子(みこ)達の実力を見たそうじゃな。どうじゃった?」

 アイビーでなくルドベキアを質したのはカゴシマ王ミツマタ。大陸南部最強の軍事国家において王であると同時に軍の総司令も務める根っからの戦争屋。いや戦争狂というべき人物。弱者には目もくれず、強者との血沸き肉躍る戦いのみを求めている。

 この男は頭がおかしい。あの“正裁(せいさい)の魔女”ベロニカによる武力介入を今か今かと待望していたくらいだ。七王の一人を教会の人間が殺害することは避けたいという政治的判断により彼女が抑えられていたため結局実現はしなかったが、もしも本当に激突していたらカゴシマが亡ぶか彼女が死ぬまで徹底的にやり合っていただろう。困ったことにカゴシマではこの男は人気がある。国民全員戦狂いなのだ、あの国は。

 短く刈った黒髪に狂気を帯びた紅い瞳。近場に歯応えのある敵がいなくなってしまったため、近年はイマリへ侵攻しようと企んでいるという。噂ではなく本人があちこちでそう吹聴している。この男の場合、冗談ではなく本気のはずだ。

 だが自国を脅かそうとする戦争狂から直接声をかけられても、ルドベキアは微塵も動揺を見せず返答した。

「あの娘は、強い」

「ほおう……」

 ミツマタの顔が笑みを形作る。欲しいオモチャを見つけた時の子供のそれ。

 実に愉しそうなその顔を、冷淡な眼差しで見据えつつ続けるルドベキア。

「仮に我が国と貴殿の国が手を結び、総力を挙げて挑んだとしても、ウィンゲイトの神子スズランには太刀打ちできん。方法にもよるだろうが真っ向から挑めば一瞬にして決着だ。あの魔力は完全に人の枠から外れている。貴殿の“凶刃(きょうじん)”でも斬れんよ」

 凶刃とはミツマタが普段腰に差している太刀のこと。流石にこの場への持ち込みは許可されなかったが、所持者の魔力を増幅して魔力障壁を断ち切る機能がある。魔王と戦った時代の遺跡から偶然発見された武器で本来の銘は誰も知らない。だが代々のカゴシマ王がその刃を手に幾人もの名のある魔道士を屠って来たことにより、いつしかそんな名で呼ばれるようになっていた。

「ほうほう……そりゃあ、あんたより強いのか? なあアイビーさん」

「そうね、技術面はともかく、単純な魔力障壁の強度や火力という点で言えば彼女のそれを上回るものはこの世に存在しないわ。その気になれば、あの子は自らの手で世界を破壊できる」

「ひゅう~っ、そりゃおっかないのう」

 言葉とは裏腹に、ミツマタの顔はさらにあからさまな笑みを浮かべた。

 ところが、その溢れ出る殺意は多くの者にとって予想外の方向へ向けられる。

「そんな強い神子でも勝てるかどうかわからんちゅう“崩壊の呪い”か、俄然興味の湧く話じゃのう。戦じゃ戦。カゴシマ、いや、この世界が始まって以来の大戦じゃ。血が滾るわい。腕が鳴りよる。飯を食いたくなってきたなあ!」

 やはりね、とアイビーもほくそ笑む。この男は狂人だがけして馬鹿ではない。世界そのものが終わってしまったら人間同士で争うことができなくなることも、きちんと理解している。

 だから今は共に戦ってくれるだろう。次の戦争の為に、その次の戦争のために、さらにもっと未来の戦争の為に。子々孫々が争い続けられる世の中の為に。

「……アイビー様がそこまで仰るならば、ウィンゲイトの神子スズランの実力については疑いようがありません。しかし、もう一人の眼神の神子だという少年についてはどうなのでしょう?」

 キョウトの王ラベンダーが青い瞳でねっとりとした視線を向けて来た。一見すると女のような外見をしているが、れっきとした男である。数多くの魔道士を擁する国の王らしく本人も腕利きの魔道士で、戦闘においてはロウバイにも匹敵すると言われた術者だ。元は男性らしい容姿だったのだが、何があったのか、ここ数年の間に投薬と外科手術によって今の姿に自分を作り変えてしまった。

 彼は薬品で染めた長い翠髪を指で弄びつつ微笑む。

「そのモモハルという少年、まだ神子であることを自覚したばかりなのでしょう? 実戦経験も無いのでは? よろしければ、私が指導しますよ? 魔法だけでなく、こう見えて剣の心得もあります。そちらのルドベキア王と引き分けた程度には」

「必要無い」

 話を振られたルドベキアは、一言でバッサリと斬り捨てた。

「そうだなロウバイ?」

「はい。スズランさんとモモハルさんには、わたくしが直接指導を行っております。剣に関しましてもモモハルさんには、すでに良き師がついておられますので」

 今までずっとアイビーの後ろで控えていたロウバイが、本来の主君の言葉に頷き、ラベンダーをじっと見据える。

 その視線を受け、キョウト王はあっさり前言を撤回した。

「そう、ロウバイ様がご指導なさっているなら私の出番は無いわね。こと教育にかけては第一人者ですもの」

「いや待てい。何をあっさり引き下がっとるんじゃおまんは、それでも男か。まだ肝心なことを聞いとらんじゃろ! 結局、そのモモハルっちゅうガキの方は役に立つのか立たんのか? それからそいつの剣の師ってのはどこのどいつじゃ? 半端もんの名前なぞ挙げよったら、おいが代わりにそんガキば連れてってジゲン流を叩っこむからな」

 戦をする上で敵味方双方の戦力を把握しておくことは大切だ。だからミツマタは不明瞭な説明で簡単に納得したりはしなかった。

 そんな彼にロウバイは、何故か少し恥ずかしそうに目を伏せて答える。

「ノコンさんです」

「あら?」

 ラベンダーはそれだけで何かを察したようだ。

 一方、ミツマタは目を見開く。彼だけでなくルドベキアとユリも身を乗り出す。

「ノコン? あのオガの鬼神ノコン!?」

「北部随一の戦士と呼ばれた彼がモモハルの師匠だったのか……」

「たしかタキア王国に仕官する前は傭兵として各地を渡り歩いていたと……魔法使い三人を相手に、たった十人の部下を率いて勝ったこともあるという傑物ですね」

「おお……そんなに凄い御仁がタキアに……」

 ハナビシでさえ感嘆の声を漏らす。魔法使いでない者達が複数の魔法使いを相手に勝利を収めるというのは、それだけ途方も無い戦果なのだ。

 そこへ、アイビーがさらに畳みかける。

「最近あの子はクチナシからも指導を受けている。気に入られたようね。今後も継続的に指南してくれるそうよ」

「はっはあ! そりゃなんとも豪勢じゃのうっ!!」

「スイレンの弟弟子ということになるか」

「う、うらやましい……」

 膝を叩くミツマタ。微笑むルドベキア。下唇を噛むユリ。

 ロウバイは密かにアイビーに目配せする。


(いいのですか?)

(いいのよ、嘘は言ってないわ)


 クチナシがモモハルに教えたのは剣術ではなく、女の子をデートに誘う方法だ。けれど指導したことには違いない。

「オガの鬼神と静剣(せいけん)の魔女が鍛えた剣士に、アイビーさんよりもどえらい魔法を使う娘か。勝てる! この戦、勝てるぞ!」

 さらにバンバンと膝を叩くミツマタ。楽しくて楽しくてしかたないようだ。やはり彼のような狂人でも戦うからには勝てる方が良いのだろう。

 最大の軍事力を誇るカゴシマの王がやる気になっていて、彼に感化されたミヤギの女王も表情を見るに意気軒高。何より彼女はルドベキアを伯父同然に慕っており、彼が戦うと言えば必ずそれに続くだろう。そして当然、ルドベキアは一足早く覚悟を決めてある。

 キョウト王ラベンダーはまだ何を考えているのか判然としない。実質彼の庇護下にあるオサカの代表ハナビシは、彼とオサカのもう一つの顔とも言えるアイビーのどちらにつくかで迷っている様子。つまりラベンダーさえ説得できれば彼も味方になる。

 残るは──

「そろそろ貴方からも意見を聞かせてくれないかしら、ハナズ王」

「……では、僭越ながら申し上げます」

 外見上、この場に集った者達の中で最年長の厳めしい顔つきの老人。東の大国トキオの王ハナズは陰鬱な表情で、長い髭を揺らしながら口を開いた。

「味方の戦力についてはある程度把握できました。しかし先程のアイビー様とロウバイ殿のご説明では、どうやら実際に現れるまで敵がどのようなもので、いかなる手段で攻めて来るのか明確なことは何もわからぬとのこと。

 はっきり申し上げまして、それでは戦略の立てようもございません。もう少し手がかりを頂きませんと」

「同感じゃ。もそっと詳しいことを話してくれんかの、アイビーさん」

 ミツマタもハナズの意見に乗っかる。ハナズはおそらく経験から、ミツマタは動物的な直感で感じ取ったのだろう。


 アイビーの隠し事を。


「……いいでしょう」

 彼女は居住まいを正し、改めて自分以外の六人の王を見つめた。

「アイビー様? もしや──」

「いいえ、まだ全てを教えるつもりは無い。貴女も含めてね、ロウバイ。それはあの子達が真実を知ってからにする。あれに対抗できるとしたら彼女達だけよ。だからスズランとモモハルが覚悟を決めてくれなければ話にならない。でも各国が備えるに足る情報だけは今ここで開示しておきます」


 そしてアイビーの口から語られたのは、ロウバイですら知らない事実だった。


「敵が現れるとしたら、それはおそらく北の大陸か、あるいは──魔法使いの森の中心部。私が治める“聖域”からよ」

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