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8月17日(月曜日)どっちを選ぶの?

 盆休みが明けて一日目の出勤日。


 久しぶりの通勤電車の中で、俺はザニー社から受けたスカウトの話をどうするべきか考えていた。


 将来のことを考えれば決して悪い話ではない。


 一昔前であれば、引き抜きでよその会社に行くのは裏切り行為と思われていたそうだが、今はそこまで目くじらを立てられることはないと聞く。


 なにより、自分のことを評価してくれる旺飼さんの期待に応えたいという気持ちもあった。


 とはいえ、世話になった会社から離れるのは気が引ける。


 さて、どうするべきか……。


 目を閉じて考えていた時、誰かに俺の腕を『むにっ』と揉まれた。


 一体誰だ? ……なんて、考える必要はない。


「おはよ。お兄さん」

「よぉ。結衣花」


 目を開くと、すぐ横に私服を着た結衣花がいた。

 今日はデニムパンツにTシャツというラフな服装だ。


 こういう服装ってカジュアルだが、結衣花のような年代が着ていると可愛らしさのほうが印象として強い。


「目をつむってどうしたの?」

「ちょっとな……」

「お悩み事なら聞いてあげるよ」


 いつもなら相談に乗ってもらうのだが、さすがに引き抜きの話なんて女子高生にはわからないだろう。


 いや……、逆に結衣花のような女子高生だからこそ、俺が見落としていることに気づいてくれるかもしれない。


 とはいえ、もちろん会社名を言うわけにはいかない。

 いつものように部分的なところはぼかして相談するとするか。


「結衣花、少し話をしてもいいか?」

「うん。いいよ」


 俺は呼吸を整えて話し始めた。


「かつて世界の覇権を得ようとした大国があった……。そこに一人の青年が現れるところから物語は始まる」

「壮大なファンタジー冒険譚が始まりそうだけど、なにが起きようとしているの?」


 む……。反応がイマイチのようだ。


「すまん。リアルな話なのでぼやかして伝えようとしたんだが……」

「ぼやけるどころか、濃すぎて胸やけしそうだったよ」


 せっかくなので、カッコいい演出を盛って相談しようとしたのが間違いだったか。

 やはり相談というのは難しい。


「簡潔に言うと、他の会社からスカウトを受けていてな。キャリアアップのチャンスなんだが、今の会社にも愛着があるから躊躇しているというわけだ」

「もしかして、以前言っていた美人系の研修生さんがいる会社?」

「ああ、そうだ。よくわかったな」


 結衣花って本当に勘がいいよな。

 まあ、さすがにその研修生というのが結衣花の先輩にあたる楓坂とは思わないだろうが。


 すぐに結衣花は「んっ」と声を出した。


「なるほど。だいたいの状況は理解できたかな」

「さすがだな、結衣花」


 たった数秒でこの状況を理解してしまうのか。

 なんというハイスペックな女子高生だ。


「つまり可愛い系の後輩さんと美人系の研修生さん、どっちを選んでいいのか迷っているってことだね」

「相変わらず、恋愛変換スキルが高いな」

「褒めて」

「皮肉ってんだよ」


 だが結衣花の恋愛路線は変更されることはなかった。


「ちなみにさ、お兄さん的にはどっちが好みなの? ここだけの話にするから、ちょっとだけ言ってみて」

「そういう言い方をするやつほど信用できないんだよな」

「そう言わずに。ほらほら、言っちゃいなよ」


 調子の良さそうなセリフを言っているが、当然フラットテンションだ。

 本当に興味があるのかどうか伝わってこない。


「この際、俺が彼女達のことをどう思っていようと関係ないだろ」

「でもさ。もし後輩さんがいなかったら、スカウトの話をされても悩まなかったんじゃない?」


 結衣花の言葉は的を射ていた。


 そう言われると……、確かにそうだ。


 結局、俺のなかで何が一番ひっかかっているのかというと、音水を置いていくことなのだ。


   ◆


 翌日の火曜日。

 会社でコピー機を使用していた時だった。


「あの……」


 前触れもなく声を掛けてきたのは営業カバンをもった音水だった。

 おそらく、これから外回りに行くのだろう。


 だがなぜか、不安そうな表情をしている。


「どうしたんだ、音水」

「土曜日にお見合い相手の人と会ったんです。その人、大手の広告代理店の人だったんですけど……、笹宮さんがザニー社へ行くかもしれないって話をしていて……」


 そう言えば、お見合いを断るために実家に戻るとか言っていたっけ。

 大手の広告代理店となると、裏情報に敏感なのかもしれない。


 すると音水はすぐ近くまで接近する。

 他の社員達は見ていないとはいえ、一歩間違えれば疑われても言い訳できないほどの距離だ。 


 不安そうな音水の様子は、捨て猫が助けを求めるような切なさがあった。


「私……、笹宮さんのそばから離れたくありません……」

「大丈夫だ。安心しろ」


 できるだけ優しい口調で言った俺は、音水の頭をポンポンと軽く触れた。

 すると彼女は安心したように頬を緩ませる。


 そうだよな。

 いくら教育期間が終わったとはいえ、まだ音水を一人にする時期じゃない。


 答えは決まったな。


 少しもったいないという気持ちはあるが、ザニー社からのスカウトは断ることにしよう。

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

☆評価・ブクマ、とても元気を頂いています。


次回、コミケ編クライマックス!

楓坂との関係に大きな変化が起きる!?


投稿は、朝・夜の7時15分ごろ。

よろしくお願いします。(*’ワ’*)

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 世界の覇権を得ようとした大国の話で、どうやってヘッドハンティングの内容を伝えようとしていたのか…非常に気なる! [一言] やっぱ、音水ちゃん、大事だよね(*^^*)
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