8月16日(日曜日)晩御飯の食材選び
駅ビルの地下に向かった俺と楓坂は、食料品売り場にやってきた。
テレビで取り上げられるほど人気というだけあって、多くの人でにぎわっている。
「さすがに品ぞろえがいいな。ふむ……今日はステーキにしようかな」
「私、ヒレ肉が食べたいわ」
「なんで一緒に食う流れになってんだ」
さも当然のように自分の好みを言う楓坂に、俺は待ったをかけた。
だが彼女は不服そうだ。
「いいじゃないですか。未来のご主人様と一緒の食事がしたいと思うのは自然ですよ?」
「すでに結婚すること前提で話を進めるなよ」
すると楓坂は女神スマイルで片手を振る。
「いえいえ、私が主人であなたが下僕という意味です」
「……おまえさ、本当は俺のこと嫌いなんじゃねえの?」
「興奮しちゃだーめっ」
「ストレスがハンパねぇ……」
忘れていたが、楓坂は本来こうやって俺に嫌がらせをするようなやつだった。
この前のデート以降、少しばかり可愛げを見せるようになったが、楓坂はやはり楓坂なのだ。
「そもそもおまえ、料理できないだろ。食材を買ってどうするんだ」
「バカにしないでください。カレーなら作れるわよ」
「ホントかぁ……」
楓坂は俺の自宅で野菜炒めを作ったことがあるが、包丁すら満足に持てないほど料理音痴だった。
その時は俺がサポートして完成させることができたが、一番簡単な野菜炒めすら四苦八苦する始末。
とてもカレーを作れるとは思えない。
わざと顔を歪めて疑っていることを示すと、楓坂は自信満々の態度で語り出した。
「あまり自慢はしたくありませんが、私が作るカレーは濃厚な旨みとコクの調和によって成り立っているのよ」
「ほぉ、美味そうじゃないか」
「さらに手間暇をかけてじっくりと煮込むことで芳醇な香りを生み出し、至高の一品に仕上げています」
「素晴らしい。期待が高まる」
続けて俺は、楓坂が手に持っている商品を指さして言った。
「ちなみに、その手に持っているレトルトカレーのことじゃないだろうな」
「現代技術ってすてきっ」
そう言って楓坂は俺が持っているカゴの中にレトルトカレーを入れた。
嬉しそうにしているので、本当に食べたかったのかもしれない。
「じゃあ、次は総菜コーナーを見に行くか」
テレビでは美味そうなものをいくつも取り上げていたが、確かにどれもこれも興味を引くお惣菜ばかりだ。
おっ、好物のカツサンドがあるじゃないか。
一パック買っておこう。
すると楓坂が透明な容器に入ったサラダを持ってきた。
「私のイチオシはコレ。アボカドとローストビーフのサラダ盛りです」
「本当に美味そうだな。これなら俺も食べたいぜ」
「でしょ。私の分も買ってくださいな」
「楓坂って結構あつかましいよな」
レトルトカレーに続き、楓坂はちゃっかり自分のサラダ盛りまでカゴ入れた。
ホント……いい性格だぜ。
まぁ、せっかくだ。
楓坂の分も買ってやろう。
「笹宮さん……」
「ん?」
「せっかくですから、一緒に晩御飯食べませんか?」
「近くのレストランでってことか?」
「そうじゃなくて……。笹宮さんのお宅におじゃましたいなぁ……とか?」
あ……。これ、ヤバい流れだ。
恋愛経験がほとんどない俺でも、このまま自宅に呼んだら大変なことになるとわかる。
こういう場合、どう対応すればいいんだ。
告白されたとはいえ、俺自身の気持ちの整理がついていない。
そもそもこういう事は順番が必要だ。
いきなり自宅に呼ぶのはどうかと思う。
とりあえず、話題をそらしてみるか……。
「あー。いや……、明日は仕事だし……」
「別に泊まるなんて言ってませんよ」
「ぐっ……」
しまった……。
意識しすぎて墓穴を掘ってしまった。
一方楓坂はというと、とても楽しそうに微笑んでいる。
「あら、期待させちゃったかしら。すごくすごく、ごめんなさい。うふふ」
「ぜ……全然してねーし……」
ちくしょう……、めっちゃ嬉しそうに笑いやがって……。
だがこれは恥ずかしい!
そんな俺を見兼ねたのか、楓坂は別の話を切り出してきた。
「そういえば笹宮さん。仕事で思い出しましたが、叔父様から伝言です」
「旺飼さんが?」
「ザニー社で一緒に働かないかって……」
「つまり……、引き抜きってことか」
楓坂は静かに頷く。
「それだけ笹宮さんの事を買っているということですね。今回のコミケで他社のあなたを補佐に選んだのも、引き抜きを持ちかけるためだったんじゃないかしら」
ザニー社ほどの企業から声を掛けられるなんて、普通なら手放しで喜ぶことだろう。
しかし、俺は今の会社に愛着を持っている。
先輩の紺野さんに恩を感じているし、後輩の音水のことだって放っておけない。
だが楓坂に伝言を託したということは、近いうちに返事を聞かせて欲しいという意味合いもあるんだろう。
三日後の水曜日に報告書を持っていく約束をしている。
それまでに答えを考えておかないと……。
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次回、大出世のチャンスだが迷う笹宮。
そんな彼に女子高生がアドバイス!?
投稿は、朝・夜の7時15分ごろ。
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