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8月15日(土曜日)浴衣姿と花火

 電車を降りた俺と妹の愛菜は、結衣花との待ち合わせ場所に向かっていた。


 時間はギリギリだが、なんとか間に合いそうだ。

 事前に連絡しているとはいえ、やはり約束の時間に遅れるのは申し訳ない。


 ところが愛菜は別のことが気になっているようで、さっきから同じ事を訊ねてくる。


「兄貴ぃ~。さっきの人、本当に彼女じゃないんだよね?」

「何度もそう言ってるだろ」

「んむぅ~」

「そんな目で兄を見ないでくれ」


 愛菜は電車の中で会った後輩の音水のことを、俺の彼女か想い人ではないかと疑っているのだ。


 まぁ……確かに、女性としてかわいいとは思うが、それ以上の感情は持たないように心がけている。


 先輩後輩の関係って、簡単なようできわどい部分があるのだ。

 特に男と女は……。


 納得がいかない様子の愛菜は、ブスッとした表情のまま念を押してきた。


「私の推しは結衣花さんなんだからね。他の人は認めないんだからね」

「わかった、わかった」


 しかしそうすると、結衣花と結婚できなかったら一生独身で過ごすことになる。

 妹よ、それはさすがに残酷すぎないか。


 待ち合わせのファミレスに到着すると、ちょうど結衣花が店から出てくるタイミングだった。


 俺達の姿が見えたので、わざわざ外に出てきてくれたのだろう。


「こんにちは。お兄さん、愛菜ちゃん」

「よぉ、結衣花。待たせて悪かったな」

「約束の時間ピッタリだから、全然待ってないよ」


 サラリとそういう結衣花は、なんと浴衣姿だ。

 白を基調としたデザインで、ピンク色の帯がとてもあざやかで可愛らしい。


「わぁ! 結衣花さんの浴衣姿、めっちゃかわいい!」

「ふふっ。ありがとう」


 無邪気に褒める愛菜。

 さすが我が妹……。なんてナチュラルなんだ。


 ここは俺も結衣花の心を揺さぶる会心の一言を言ってやろう。


「ゆ……結衣花。え~っとだな……」

「ご注文はツッコミですか?」

「ボケる前提で話を進めないでくれ」


 ちゃんと褒めようと思っていたのに、出鼻をくじかれてしまった。


   ◆


 俺達が公園に到着したころ、辺りは薄暗くなっていた。


 普段は静かな公園も、今日ばかりは多くの人でにぎわっている。

 ズラリと並んだ屋台のおかげで、まるで別世界だ。


 そして俺達は花火が見える場所に移動した。


 大きな池の中央には何隻かの船が浮いている。

 そこから花火が打ち上げられる予定だ。


 立ち見ではあるがいい場所を確保できた俺達は、花火が打ちあがるのを待つことにした。


 りんご飴をなめる愛菜に、俺は声を掛ける。


「愛菜、はぐれないように手を繋ごう」

「えー、子供じゃないんだからいいよ」

「去年は手を繋いだだろ」

「私、もう中学生だよ。子供扱いしないで」


 そう言い放った愛菜は、花火が打ち上がる方向にスマホを向けた。


 愛菜にとって中学生デビューは大人になることと同じくらいの価値があるようだが、俺にとってはまだ子供のままなのだ。


 迷子にはならないと信じてはいるが、それでも心配はいつまで経ってもなくならない。


 一方で、手を繋いでくれなかったことに、心配とは別のさびしさがあった。


 いじけるように「ちぇ」ともらすと、隣にいた結衣花がクスッと笑う。


「フラれちゃったね、お兄さん」

「別にそんなんじゃ……」

「愛菜ちゃん、しっかりしているから大丈夫だよ。私も見てるし」


 愛菜のことを一人前だと認めている結衣花だが、こういう場所ではちゃんとトラブルにならないよう注意を払っているようだった。


 以前、迷子の女の子をあやした時にも思ったが、結衣花は子供の扱いに長けている。

 甘やかすのではなく、大切にするということを知っているのだ。


 ……スッ。


 ほどよいぬくもりが俺の右手に触れる。


 その正体がなんなのかすぐにわからなかったが、結衣花が手を繋いだからだということに気づくまで、さほど時間はかからなかった。


「お……おい……。なんだよ急に……」

「愛菜ちゃんにフラれてかわいそうだから」

「子供扱いするな」

「それ、さっき愛菜ちゃんが言ったことと同じだよ」


 横顔しか見えないが、たぶん結衣花は少しだけ微笑んでいるようだ。


「それに私達が仲良くしていれば、愛菜ちゃんも安心するでしょ?」

「そういうものか?」

「そういうものです」


 社会人の俺が女子高生に対して思うことではないが、こうして手を繋ぐとホッとする安心感がある。

 癒されるというのはこういう気持ちなのかもしれない。


 ――空に光が咲いた。


 花火が暗くなった空に打ち上げられたのだ。

 

「きれいだね」

「ああ」


 社会人になって忙しさに追われる中、いつのまにか花火に特別感を抱かなくなっていた。

 だが、今年の花火は特別に見える。


 きっと、何かが変わり始めたのだろう。


 花火の風情に浸っていた時、愛菜が左腕に抱きついてきた。


「なになに! 二人とも、いい感じなんじゃない!?」

「……まあな」

「きゃー! アツアツぅ~!」

「あおるな。……恥ずかしいだろ」

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

☆評価・ブクマ、とても励みになっています。


次回はお祭りの醍醐味、屋台巡り!!


投稿は、朝・夜の7時15分ごろ。

よろしくお願いします。(*’ワ’*)

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ちゃんと褒めろ~!! せっかくの結衣花ちゃんの浴衣なのにっ! [一言] ああ…癒やされちゃってる… もう、高校生でもいいんじゃない?だめ?w
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