7月31日(金曜日)夏休みの女子高生
いつもの通勤電車でぼんやりと外を眺めながら、今の状況を考えていた。
月曜日にザニー社で打ち合わせをしてから四日が過ぎ、コミケの準備は順調に進んでいた。
だが、心配なのは楓坂がうちに来ることだ。
日曜日まで、あと二日。
トラブルの予感だけがビンビンにしているが、今はどうすることもできない。
「さて……。どうしたらいいものか」
こういう時、結衣花がいてくれたら相談に乗ってくれるんだが、今は夏休み期間だ。
別にさびしいわけじゃない。
そうさ、さびしくなんてない。
ただ、毎日声を掛けてくれていた存在が急にいなくなるというのは、ちょっと……。まぁ……なんていうか……。さびしい。
その時、聞きなれたフラットテンションの声が聞こえた。
「おはよ。お兄さん」
……ん?
今の声って結衣花……だよな?
まさかと思いつつ前を見ると、やはりそこにはよく知っている女子高生がいた。
「……よぉ。結衣花」
とりあえず挨拶をしてみたが、なんでここにいるんだ?
私服なので、部活というわけでもなさそうだが……。
「……夏休みだろ。どうしたんだ?」
「お兄さんが寂しがっていないかなと思って、様子を見に来たの」
「わざわざ俺のために?」
「嬉しいでしょ」
「……まぁ、そこそこにな」
結衣花は隣に立つと、いつものように俺の腕を二回ムニった。
彼女をみると、どこか安心したような表情をしている。
それは俺がホッとしたから、そう見えるだけなのかもしれない。
「やっぱり夏休み期間の電車は人が少ないね」
「ああ。各駅停車は特にな」
「座席が空いてるのに座らないんだ」
「クセでな。なんなら座るか?」
「ううん。このままでいい」
一週間ぶりに結衣花とこうして話すと、とても落ち着く。
同じ毎日を望む俺にとって、結衣花はすでに日常となっているということか。
「それで、研修生さんの補佐役は上手く行ってるの?」
「俺の戦いはこれからなんだ」
「あえてフラグを立てるその姿勢、悪くないね」
そうだ。
せっかく結衣花が来てくれたのだから、次の日曜日に楓坂が部屋にくることを相談してみよう。
もちろんストレートに聞くわけにはいかない。
遠回しに訊ねるのがベストだな。
「ところで結衣花」
「なに?」
「昔々、あるところにクールな会社員が……」
「なんでいきなり今昔物語が始まったの?」
どうやらこの切り出し方は失敗だったようだ。
「すまん。実はちょっとした雑談をしたくてな」
「うん。相談したかったんだね。聞いてあげる」
「ありがとう」
「どういたしまして」
以前と同じように、楓坂のことは研修生ということで話を進めることにした。
バレることはないだろう。
「実はさっき話にでた研修生が、俺の部屋にくることになったんだ」
「ふたりっきり?」
「ああ。正直、間が持ちそうにない」
結衣花は俺の方を見て言う。
「お兄さんの部屋かぁ。散らかってそう」
「結構きれいだぜ。みるか?」
男の部屋は汚いというイメージが付きやすいが、それは誤解だ。
これでも部屋の掃除はこまめにやっているので、たとえ結衣花に見られても恥ずかしいことはなにもない。
たまには生意気な女子高生に感心されてみるか。
ふっふっふ。
俺は自分の部屋の画像を結衣花に見せた。
「ねえ、お兄さん。聞いていいかな?」
「わかる範囲で答えよう」
「『綺麗』と『何もない』の違いってわかる?」
「ほぅ……。きわめて高度な話だな。ギリシア哲学か?」
「お兄さんの部屋の話だね」
結衣花はあわれむような瞳をこちらに向ける。
ふむ……。どうやら俺の部屋は『何もない』に分類されるようだ。
クールだと思うのだが、違うのだろうか。
「っていうかさ。なにこれ。全然なにもないじゃない」
「失礼な。机と椅子があるだろ」
「それしかないじゃん。独房かと思ったよ」
「ひどい」
「一般的な感想です」
一昔前に断捨離とかミニマリストという言葉が流行っていたので、てっきり俺はそれを実践しているタイプだと思っていたが、どうやら違うらしい。
結衣花は人差し指を立てて言う。
「いい、お兄さん。よく聞いて」
「はい」
「フォローするということは、相手に安心を与えることなの」
「安心か……。俺も欲しいぜ」
「遠い目をしないで。社会人さん」
きっと結衣花ならボケに合わせてくれると信じていたぜ。
もっとも、半分冗談じゃないんだけどな。
結衣花は淡々とした調子で話を続けた。
「相手を安心させるためには環境って大切でしょ。だから部屋もちゃんと気を使わないとダメなんだよ」
「……なるほど」
確かに、職場に観葉植物があるだけでも社内のコミュニケーションが向上するって話を聞いたことがある。
リラックスできる環境だからこそ、お互いに心を開いて話が広がるというわけか。
さすが結衣花だな。
「じゃあ、次のお兄さんのミッションは、インテリア改造計画だね」
納得するように俺は頷く。
「つまり、俺のセンスを遺憾なく発揮せよってことだな」
「ねえ。私が心配している理由って伝わってる?」
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次回、家具売り場で音水とばったり!?
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