7月20日(月曜日)楓坂からのお願い
ザニー社の商談室で、俺はコミケの打ち合わせをしていた。
だが俺と楓坂は知り合いということを隠しているため、会話がぎこちない。
そんな様子を見ていた専務の旺飼さんは含み笑いをする。
「初対面でふたりとも緊張しているようだね。まぁ、そこは時間が解決してくれるだろう」
「そ……そうですね」
今回のコミケでザニー社は、自社制作のゲームキャラクターグッズを販売・無料配布する。
さらに楓坂が来場者の前で、イラストが動くようにする作業を見せるという企画だ。
無理やり楓坂を研修生にしたとは聞いていたが、旺飼さんはブイチューバーである彼女のスキルを必要としていた節がある。
一通りの打ち合わせを終えた時、旺飼さんは俺の肩に手を置いた。
「我々は企業ブースに関して経験がほとんどない。期待しているよ、笹宮君」
「精一杯、頑張らせて頂きます」
まさにエリートといった立ち振る舞いだ。
正直、肩に手を置かれるのは好きじゃない。
だが旺飼さんの紳士な立ち振る舞いは、そういった嫌悪感を抱かせない品格があった。
ザニー社を出た直後、楓坂がほほえみながら話しかけてきた。
「笹宮さん。このあと喫茶店でお茶とかどうかしら」
「わかってる。話があるんだろ」
女神スマイルで殺気を込めるのをやめて欲しい……。
◆
近くの喫茶店に移動した俺達は、向かい合って席に座った。
楓坂は座るなり、不機嫌そうに頬杖をつく。
「どうしてあなたがザニー社にいるのかしら?」
「旺飼さんに頼まれたんだよ。楓坂の補佐をしてくれってな」
「ふんっ。別に笹宮さんがいなくてもやれるのに……」
「そういうなよ。お前のことが心配なんだろ」
すると楓坂は恨めしそうな目で俺を見た。
「いちおう言っておくけど、叔父様はああ見えてかなり腹黒いわよ。せいぜい気を付けることね」
腹黒い? あの旺飼さんが?
まぁ、見たところまだ四十歳前後なのに専務に昇進した人だ。
多少のしたたかさはあっても不思議じゃない。
それより楓坂が注意を促してくれたことのほうが驚きだ。
「……心配してくれてるのか?」
「――ッ!? な……、なんで私があなたのことを!!」
驚いた表情をした後、視線を逸らす楓坂。
こういうのってツンデレっていうのかな。
まぁ、厳密にはデレているというより恥ずかしいだけなんだろうけど、これはこれで面白い。
悪役キャラを演じてるくせに根は純情だから、ちょっとしたことでテンパるんだよな。
「もし俺が補佐につくのが嫌なら、旺飼さんに頼んで降りることもできるぜ。どうする?」
「……別に……嫌って言ってないでしょ」
「オーケーだ。じゃあ、よろしくな」
てっきり降りてくれと言われると思っていたが、意外と素直だな。
これじゃあ俺の調子がくるってしまうぜ。
「笹宮さんは……」
楓坂は視線をそらしつつ、チラチラとこちらを見ながら話を切り出した。
「笹宮さんは……その……。私と一緒でいいの?」
「別に構わないが?」
「私達って、……敵同士でしょ」
やっぱり楓坂は俺のことを敵だと思っているのか。
いや、きっと彼女は不安なんだ。
一度は対立した俺が、自分のことをどう思っているのかと……。
どうやら今こそ、フォロー力を活かす時のようだな。
「別に俺はそう思ってない。今回俺はお前の補佐だ。協力するぜ」
俺にしてはめずらしく、まともなセリフを言えたような気がする。
これはいい感じだろ。
楓坂は訊ねる。
「補佐って、どこまでしてくれるのかしら?」
「……最低限のフォローだが?」
「早朝に全裸で逆立ちして開脚は?」
「対象外だ」
「アヘ顔で、やきそばを食べるのは?」
「対象外だな」
「電柱にしがみついて、『のっほぉぉん!』って千回叫ぶのは?」
「対象外に決まってるだろ」
ふぅ……と楓坂はため息をついた。
「使えない男ね」
「それをいったいどこで、どういう目的で使うんだ……」
フォロー力を見せるつもりだったが、俺のキャパを軽く超えてきやがった。
楓坂のことだから、わざとこんなことを言って俺を困らせたいのだろうが、たまに本気じゃないかという雰囲気を漂わせるから怖い。
「じゃあ、パソコン作業とかお願いできる?」
「まともな内容に驚いたぜ」
「ありがと。あなたのそういうひねくれたところ好きよ」
「似た者同士ってことだな」
「うふふ。一緒にされるなんて光栄で腹立たしいわ」
楓坂は再び頬杖をついて、俺の方を見た。
つーか、机に胸を乗せるのやめろよ。
目のやり場に困るだろ。
「それで、パソコン作業はお願いできるの?」
「ああ、大丈夫だ」
「じゃあ、次の日曜日に手伝ってもらおうかしら」
「休日だぞ?」
「できることはちゃっちゃと済ませておきたいのよ。ダメ?」
「ふぅ……。まあいい。了解だ」
俺の返事を聞いた楓坂は、両手を合わせて女神スマイルを作った。
「じゃあ、次の日曜日は『笹宮さんの部屋』でということで。はい、決まり」
「おい!」
「もう変更は無理よ。キャンセル料は百万円ですので」
「こ……こいつ……」
こうして日曜日に楓坂が俺の部屋に来ることとなった。
どうか、なにも起きませんように……。
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次回、夏休み中の電車。さびしい笹宮の前に彼女が!?
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