6月4日(木曜日)後輩と食事
今回は後輩ちゃんが登場です。(*'ワ'*)
俺が務める会社は古い広告代理店だ。
ネットが主流のこの時代に、イベントキャンペーンの仕事で収益を得ている。
午前中の仕事を片付けた俺は席に着いたまま、大きく伸びをした。
すると若い女子社員が声を掛けてくる。
「笹宮さん! 言われていた資料の数値、チェックし終わりました」
スキップしそうなテンションで話しかけてきたのは音水遙、二十二歳。
俺が教育係についている問題の後輩だ。
人懐っこいタレ目が印象的な可愛い系キャリアウーマン。
髪を後ろで束ねてアップにし、暑さが気になる季節だというのに、キッチリとスーツを着こなしている。
胸が大きいため苦しそうに見えるが、本人は気にしていないようだ。
天真爛漫でいつも全力の感情を表現する音水は、無愛想主義の俺とは真逆のタイプだろう。
縦横無尽の感情で迫ってくる彼女は俺にとって天敵のような存在だった。
「そうだ、音水。よかったら、一緒に昼飯を食べにいかないか。おごってやるぞ」
「ええっ! いいんですか!! やったー!」
音水は万歳をするついでのように、俺の腕に抱きついて来る。
柔らかい感触が腕に当たっているが、音水はお構いなしだ。
「こら。離れろ」
「はぁ~い」
ったく。普段は真面目なのに、いきなり女子高生みたいな行動を取るから厄介だ。
それ以前に、こいつ。
俺の事を男として見てないだろ。
教育係という立場上、後輩に手を出すのはタブーなので、それはそれで構わないのだが……、しかしだ。
男として見てもらえないというのは、なかなかに悲しい……。
◆
会社を出て少し歩くと、食事ができるオシャレなカフェがある。
「よし、ここにするか」
「はい!」
中に入ると奥のボックス席が空いていたので、俺達は向かい合って座った。
結衣花に勧められた場所なのだが、なるほど。
こじんまりとしているが、確かにオシャレで居心地が良さそうだ。
すると音水は嬉しそうに笑みを浮かべる。
「んっふふ~♪」
「……なんだ?」
「べっつに~」
「言えよ。気持ち悪いな」
「この前あげたお守り、持っていてくれてるんだーっと思って」
「ああ。コレか」
言われて俺はスーツの胸ポケットに手を当てた。
月曜日に貰った開運祈願のお守りなのだが、ポケットの布が少し浮き上がっていたので気づいたのだろう。
「彼女さんにバレたら誤解されちゃうかもですね」
「いるわけないだろ、俺みたいな無愛想男に。それより、わざわざ俺の分まで買ってくれてありがとうな」
「笹宮さんにはいつも助けてもらってますし、そのお返しです」
今は確かに空回り気味だが、決して問題のある社員ではない。
俺自身も入社当時は失敗して先輩に助けてもらったものだ。
そんな経験からなのか、音水のことがどうも他人事には感じなかった。
「次のプレゼンでご利益があるといいな」
「私も持ってるんですよ。じゃん!」
効果音の声と共に音水は、自分のお守りを取り出した。
「にひひ。二人で効果二倍!」
だが音水よ……。
お前が持っているのは恋愛成就のお守りだ。
ご利益の方向性が間違っているぞ。
もっとも、こういうところが音水らしいとも言える。
真面目なのに、堅っ苦しさがなく、しかし勢いだけは誰にも負けない。
男性社員から人気があるのもうなずける。
無愛想な俺とは相性が良くないのかもしれないが……。
だが音水は、急に不安気な表情でつぶやいた。
「ほんと……。早く仕事ができるようになりたいです……」
「……。なにかあったのか?」
「実は……、また部長に怒られたんですよ。書類にミスがあるって……」
「最初の頃はミスをして当然だ。 気にするな」
「はは……。笹宮さんがそう言ってくれると、なんだか救われます」
無理に空笑いする音水。
音水は入社して間もないころ、些細なミスをきっかけに部長から目を付けられている。
大方、重箱の隅を突っつくようなことだろう。
部長ってやつは全然仕事をしないくせに、気分だけで仕事に口を出してくることで、社内でもかなり嫌われていた。
しかし社長の息子ということもあり、誰も逆らうことができない。
要領のいい人間なら軽く流せるのだろうが、真面目な音水は全て真に受けてしまうからな。
なんとかしてやりたいのだが……。
ん? そうか。
この展開は結衣花の作戦通りじゃないか。
となれば、ここで先輩らしい言葉を掛けてやれば、俺達の信頼が強くなるはず。
よし!
頼れる先輩を演じようと姿勢を正し、まっすぐに彼女の目を見た。
「音水」
「はい?」
「何かあれば全力で守ってやる。俺の背中はお前のためにあるんだぜ」
通勤中に調べておいた、カッコイイ男に言われたいセリフが役に立ったようだ。
問題解決の基本は情報収集。
気の利いたことを話せないと自覚している俺は、さっそくスマホで検索していた。
弱点は克服すれば強みになるということだ。
ふっ。決まったな。
しかし音水は頭頂部まで赤くなった顔を両手でおおい、ぶるぶる震え、
「のぉほぉぉぉぉぉ!!」
と叫び、足をバタバタさせた。
「どうした、音水」
「笹宮さんは! 笹宮さんは私を! 私をどうしたいんですかぁぁああ!」
「新人教育だが?」
「なんの教育なのぉぉぉぉ! んんんん~~っ!」
「嫌なのか?」
「もっとしてください!」
「どっちなんだ」
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