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7月16日(木曜日)コミケと彼女

 それは七月中旬の木曜日だった。


「笹宮さん。ちょっといいでしょうか?」


 会社で雑務をしていた時、別チームに配属された音水が話しかけてきた。


「どうした?」

「紺野さんに笹宮さんを呼んできてくれと言われまして」

「紺野さんが? なんだろう……」


 紺野さんは俺の先輩で、今は音水が所属するチームのリーダーをしている人だ。

 もうすぐ昇進も決まっていて、今社内で一番波に乗っている人だろう。


「失礼します」


 応接室のドアを開くと紺野さん以外に、もうひとりの背の高い男性が椅子に座っていた。


 年齢は四十代半ばだろうか。

 ずいぶんといいスーツを着ている。


 クライアントだということはすぐにわかったが、うちのような下っ端の会社には不釣り合いな人だった。


 ウルフカットが印象的な紺野さんは、俺を手招きする。


「急に呼び出してわりぃな、笹宮」

「いえ。ちょうど一区切りしたところでしたので」

「紹介するぜ。ザニー社の専務取締役の旺飼(おうがい)さん。なんかお前と話がしたいってよ」


 ザニー社と言えば、大手のソフトウェア開発会社だ。

 ゲームなども開発していて、俺もガキのころはよくこの会社の作品をやり込んだ記憶がある。


 しかしそんな会社の専務が、わざわざ俺達のような弱小企業にくるなんて異例中の異例だった。


 旺飼と紹介された男性はスマートに立ち上がる。


「君が笹宮君か。ふむ、いい目をしている」

「……私のことをご存知なんですか?」

「ああ、もちろんだ。……先日のキャンペーン、なかなか見事だった」


 旺飼さんのいうキャンペーンとはスマホの七夕キャンペーンのことだろう。

 大変な仕事だっただけに、他社の人からこうして褒められると素直に嬉しいものだ。


「そこで君を見込んで頼みたい仕事があるんだが……。笹宮君は『コミケ』を知っているかい?」

「はい。有名ですので」


 社畜とはいえ、俺だってアニメや漫画は普通に楽しむ。

 その聖地の存在を知らないわけがない。


 ましてや俺はイベントを仕事にしている人間だ。

 そりゃあ、コミケは憧れる。


「今年の夏は我が社も企業ブースを出展するのだが、今回が初めてでね。そこでコミケチームを君に補佐して欲しいんだ」

「え!? 私が……ですか?」

「ああ。そこまで負担は掛けないつもりだが、どうだろうか?」

「いや……、でもですね……」


 イベント業は大きく分けて二つに分類される。


 一つは、先日の七夕キャンペーンのように店舗の集客イベント。

 もう一つは、コミケやモーターショーのように会場を貸し切って行うイベントだ。


 この二つは似ているが、仕事内容が全く違う。


 俺はどちらかというと、店舗の集客イベントを得意とするタイプだった。


 だが……しかし……。

 くぅ……。コミケか……。


 本音はその仕事を引き受けたいが、補佐をするならコミケの経験者の方がいいだろう。


 せっかくのチャンスだが、断るか……。


 だが隣に座っていた紺野さんは手をスリスリとこすりながら、調子の良さそうな笑顔で話に入ってきた。


「いやぁ~! さすが旺飼(おうがい)さん! 目の付け所が違いますねぇ~! こいつは後輩を育てるのが上手いって評判なんっすよ!」


 慌てて俺は小声で紺野さんに言う。


「ちょっと、紺野さん。さすがに俺では無理ですよ」


 紺野さんは営業用スマイルを崩さず、小声で返してきた。


「そう言うなって。旺飼さんはいくつもの仕事を成功させてきた人だ。ここでいい関係を築いておけば、後々いい思いができるだろ? いひひひっ」

「そんな打算的な……」


 小声のままではあるが、紺野さんは俺に向かってお願いするように手を合わせた。


 少し離れた場所で立っていた音水は紺野さんの媚びるような態度を見て、『これが自分の上司なのか』と呆れたようにため息をつく。


 わかるぞ、音水。

 俺もこの人の下で働いていたときは何度も思った。


 すると旺飼さんは声を上げて笑い出す。

 小声で話してはいたが、しっかりと聞こえていたようだ。


「はっはっは。いやぁ、すまない。もちろん、見返りは期待してくれていい。万が一失敗しても、笹宮君が責任を取る必要はないから安心してくれ」

「まぁ、……そういうことなら……」


 旺飼さんは「そうそう……」と一言挟んでから、画像が表示されたスマホを差し出した。


「今回は特例で大学生の研修生が参加しているんだ」

「大学生……ですか」

「彼女の名前は楓坂(かえでざか)(まい)。血縁上は私の姪になる。まだ社会経験がないので彼女のサポートもお願いしたい」


 か……楓坂の……サポートだと!?


 もうこれは直感なんて必要ない。

 間違いなく、トラブルが起きる。


 マジかよ……。

いつも読んで頂きありがとうございます。

☆評価・ブクマ、とても励みになっています。


次回、補佐役に不安を抱く笹宮は、やっぱり結衣花に相談!?


投稿は、朝・夜の7時15分ごろ。

よろしくお願いします。(*'ワ'*)

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― 新着の感想 ―
[一言] そうですよね。コミケですもんね。Tuber、来ますよね。 存分に楓坂先輩と触れ合えますな(笑)
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