6月27日(土曜日)音水の告白(後編)
俺は今、非常にまずい状況に陥っている。
腰を抜かした後輩の音水をベッドに寝かせた時、大学生でブイチューバーの楓坂がやってきたのだ。
俺は音水にしゃべらないようにと合図を出し、ドアを開けて、入口で話をする。
「よ……よぉ、楓坂。こんな時間にどうしたんだ?」
「……? なにかありました? 慌てているようですけど」
「そんなことは……ないぞ」
ふぅんと、楓坂は首を傾げる。
おかしいと思われてしまったかもしれないが、音水がいることはバレていないだろう。
「それでなんの用だ」
「んー」
「……なんだよ?」
すると楓坂は下を向いて、小声で話し始める。
「ちょっと……話をしたくなっただけです」
「それだけか?」
「昨日みたいに……ひざ枕して欲しいし……」
しゃべるたびに声が小さくなっていく楓坂は、はずかしさをごまかすために両手の指をいじり始めた。
その様子はぷるぷる震える子猫みたいだ。
こいつって普段の時と恥ずかしい時で、別人みたいになるんだよな。
たぶん本当に話をしにきただけなんだろうが、今は音水がいる。
気は引けるが帰ってもらうしかない。
「すまん。本当に今はやることがあるんだ。今度、ちゃんと話を聞くから」
「本当?」
「ああ」
「ウソだったら心霊スポットに亀甲縛りで三日間放置ですよ?」
「それ、ガチで嫌なんだけど……」
顔を上げた楓坂は「てやっ」という声と共に、俺の脇腹をつついた。
「おまえな……。ガキみたいなことすんなよ」
「うふふ。笹宮さんをいじらないと私の調子がでませんの。それでは、おやすみなさい」
「お……、おう。じゃあな」
こうして楓坂は機嫌良く帰っていった。
やれやれ。
とりあえず、トラブルは回避できたようだ。
音水の元へ戻ろうと振り返ると、彼女は柱の影に隠れてこちらをジ~っと見ていた。
いつの間に……。
気配をまったく感じさせない女スパイみたいだ。
「今の人……楓坂さんですよね?」
「ああ。偶然、同じホテルに泊まってたみたいだな」
「なんか……。仲が良さそうなんですけど……」
「少し話をするていどさ」
俺と楓坂の仲がいい?
それはない。全然ない。
いちおう和解はしているものの、楓座は今もバチバチに俺を敵視している。
さっきだって脇腹をつっつかれたんだ。
見ていたんならわかると思うが……。
「それより腰はもう大丈夫なのか?」
「え? 腰?」
「さっき、腰を抜かして立てなくなってたんだろ?」
「えーっと。……。……。……はい。……ついさっき治りました。……は……はは」
柱から出てきた音水は普通に立ち、視線をそらしながらそう言った。
気まずそうにしているのは、腰を抜かしてしまったことが恥ずかしいからなのかもしれない。
音水は一度深呼吸をした後、俺に近づいてきた。
「あの……笹宮さん。お願いがあるんですけど聞いてくれますか?」
「お願い? なんだ?」
音水のほうからお願いってめずらしいよな。
今までにも数えるほどしかない。
どんなことだろう……って、あっ! そうだ!
告白される直前だったんだ!!
「笹宮さん……」
「お……、おう!」
「えっとですね……」
「おう!」
やべぇ、油断してた!
冷静になれ、笹宮和人。
まずは誠実に話を聞いて、音水の気持ちを受け止めてやるんだ。
そして彼女を傷つけないことを最優先にする。
あとは……、……、……わからん!!
緊張する俺に、音水は距離を詰めて言った。
「別チームになっても! LINEしていいですか!!」
「……。え?」
あれ?
お願いってそんなことなのか?
告白じゃないのか?
動揺を隠しながら、俺は返事する。
「ああ……。当然じゃないか。LINEな……。うん。全然いいぞ」
「よかったぁ~! 断られるんじゃないかって、すごく緊張していたんですよ!」
「……そうか」
呆然としている俺とは対照的に、にこにこ顔の音水はドアの方へ歩いて行く。
「私、部屋に戻りますね! なんだか、安心しちゃった!」
「お、おう。……伝えたいことがあるって言っていたけど、これだけなのか?」
「はい! 今の私にはこれが精一杯かなって! あはっ」
つまり、音水が俺の事を好きで告白しようとしていると思ったのは、男の悲しい妄想ってことか。
はぁ……。そりゃあ、そうだよな。
つい最近まで無愛想主義者だったんだ。
モテるはずがない。
別に期待なんてしてないさ。……くすん。
「笹宮さん。おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
何事もなかったことを残念に思う一方、ホッとしている自分もいる。
こういうところなんだよな。
俺がヘタレって言われるのって……。
部屋から出た音水だったが、急にドアの向こうから顔だけ出した。
「笹宮さん!」
「ん?」
「私、笹宮さんの隣が好きです!」
突然の宣言に俺は硬直した。
……え!? なに、どういうこと!!
つーか隣が好きって、意味がわからんのだが!?
「だから、ずっと一緒にいたいです! おやすみなさい! えへへっ」
嬉しそうに最高の笑顔を見せた音水は、そのまま自分の部屋に帰っていった。
一方、俺は呆然と立ち尽くす。
……最後のセリフは告白……ともちょっと違う気がするし、かといって全く意味がないようでもない。
……わからん。
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