6月4日(木曜日)アドバイス
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六月最初の木曜日。
俺はいつものように先頭車両の一番前に立っていた。
後輩から来たLINEの返信をした直後、隣に女子高生が立つ。
「おはよ。お兄さん」
「よぉ。結衣花」
さすがに毎朝声を掛けられると、抵抗する気力がなくなる。
だが、これは根負けしたのではない。
結衣花が構って欲しそうにしているから、仕方がなく相手をしているだけだ。
スーツに消臭スプレーをしたのだって、別に結衣花のためじゃない。
たまたま、そういう気分だっただけなのだ。
彼女はというと、やはり俺の腕を掴んでムニッと感触を確かめている。
これは何かのゲン担ぎなのだろうか。
別に腕を掴むくらい構わないのだが、揉まれるとくすぐったいんだよな。
「ところでお兄さん。また後輩さんに雑な返信をしたでしょ」
「また覗いたのか」
「見える位置でいじるのが悪いの」
まさかの責任転嫁かよ。
どこまで図々しいんだ。
そしてこの後は、いつものようにおちょくってくるんだろうな。
だったら、今日はスルーを決め込んでやる。
そう考えて窓の方を見た時だった。
結衣花はぽつりとつぶやく。
「後輩さん。今頃、落ち込んでるだろうなぁ」
不意の一言に驚き、思わず彼女の方を見た。
どういうことだ。
落ち込んでいる? もしかして俺のせいで?
ミディアムショートの女子高生はというと、特に反応を示すことなく、じっと俺の方を見ている。
どうしたんだ?
さっきの続きを話さないのか?
……まさか……コイツ。
俺の方からが訊ねてくることを待っているのか!
結衣花の目を見て確かめる。
動じることを知らない美少女は、瞳の奥に不思議な光を宿して見つめ返していた。
くそぉ……どうする? 聞くか?
しかしここで俺から話し始めると、結衣花のペースに巻き込まれる。 それは悔しい。
だが……、気になる!
後輩が落ち込んでるとはどういうことなのだ!!
ええい、ここは折れてやる。
敗北ではない。
俺は可愛い後輩のために、情報収集を行おうとしているのだ。
決意を固めた俺は、表情が引きつるのを我慢して結衣花に訊ねた。
「……ど……どういうことだ?」
聞かれた結衣花は変化の乏しい表情のまま、瞳を少し大きく開いた。
まるで『勝った!』と勝ち誇っているかのように見える。
いや、間違いない。
今、こいつは心の中で勝利のかちどきを上げているに違いない。 ……おのれ。
そして結衣花はおもむろに訊ねてきた。
「知りたい?」
「気にはなる」
「媚びるようにお願いしてみて」
「腕を揉み放題でどうだ」
「いいでしょう」
よくわからんが、交渉成立のようだ。
結衣花は納得したことを示すように、俺の腕を二回ムニムニとした。
「あのね。後輩さんの文章は、もっと仲良くなりたいっていう書き方なの。なのに、お兄さんは数文字しか書かないでしょ。だから相手からすると嫌われているかもって思っちゃうの」
確かに後輩からのLINEは好意に満ちている。
だが俺の返信だって捨てたもんじゃない。
わずか数文字に秘められた男の美学が輝いていると思うのだが。
「……クールじゃないか?」
結衣花は淡々とした口調で言い放つ。
「ああ、なるほど。前頭葉と海馬を腐らせて、畑の肥料にしていたんだね。うんうん。それなら仕方がない」
「言い方、ひどくない?」
意味が分からないという表情をする俺を見て、結衣花は呆れ気味にため息をついた。
「なんで男の人って、簡潔=クールっていうイメージがあるのかなぁ」
間違っているみたいに言うが、ほとんどの男はカッコいいと思ってるぞ。
とはいえ、結衣花は女子高生。
大人の男が持つセンスがまだ理解できないのだろう。
もったいない。
しかし、後輩の感性はどちらかというと女子高生寄りのはず。
やはり結衣花にアドバイスを貰うのが得策か。
「……。どうすればいい?」
「ヤッちゃえば」
「おい、女子高生」
「冗談だって」
いつもそうだが、こいつの歪んだ語彙力はなんとかならんのか。
見た目は普通の女子高生なんだから、もう少し言葉を選べば可愛さも増すというのに……。
結衣花は人差し指を立てて、順番を示すように話し始めた。
「いい? お兄さん。今日は後輩さんをランチに誘ってみて。もちろん、おごりでね」
「おごるくらいならいいが、……そんなことでいいのか?」
「一緒に食事をすると、悩みを打ち明けやすくなるっていうでしょ。その時に、ちゃんと話を聞いてあげれば好感度アップ間違いなし」
「ほう」
「それに食事しながらなら、お兄さんも会話がしやすいでしょ?」
結衣花の提案は的を射ていた。
仕事でも食事をしながらの方が交渉の成功率が高くなると聞いたことがある。
なんでも心が開きやすくなるそうだ。
もし会話が途切れたとしても、食事の内容で再び会話を再スタートすることができる。
「なるほど。確かにそれなら俺でもできそうだ。ちょうど近くに『特濃にんにくラーメン店』がオープンしたんだ。まさに渡りに船だな」
「その船、沈没するから」
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