6月27日(土曜日)早朝の散歩
普段とは違う土地に来ると、少し歩くだけでも気分が違う。
午前六時。
出張に来ている俺は、気分がてらにホテルの周辺を散歩していた。
ホテルの表側には噴水やコンビニ、さらにいくつかの店が並んでいる。
しかし裏手の方は木々が生い茂っていて、その奥には大きな神社があった。
普段着姿の俺は早朝の匂いを感じながら、神社の方へ向かう。
神社の前には公園があり、芝生に付着した朝露が光っていた。
そして大きな鳥居と、上に続く長い参道の石段。
都会ではあまりお目にかかれない光景だ。
ぼんやりと石段を眺めていた時、聞きなれたフラットテンションの声が聞こえてきた。
「おはよ。お兄さん」
「よぉ。結衣花」
横を見ると、結衣花がTシャツにデニムパンツという軽装で立っている。
「結衣花も朝の散歩か」
「うん。初めての場所だし、冒険したくて」
地元の人にとっては他愛ないことだろうが、初めての土地を散策する楽しみは、ツアー旅行とは全く違う面白さがある。
ましてや、こんな立派な神社を見つけた時の感動は格別だ。
結衣花にも、そういった好奇心があるのだろう。
手を合わせて礼をした後、俺と結衣花は石段を上り始めた。
「この石段。お兄さんにとっては辛いんじゃない?」
「オッサン扱いすんな。このくらい余裕だ」
「疲れたら肩を揉んであげるね」
「すでに爺さん扱いかよ。だが、ありがたい」
くすっと結衣花が笑うのが気になったが、会社員にとって肩こりは天敵なのだ。
けっしてオッサンになったからではないと、全世界の人々に理解して頂きたい。
しばらくして石段を昇りきり、本殿のある境内に到着する。
早朝で誰もいないことも相まって、おごそかな雰囲気が辺りに満ちていた。
シン……とする静けさがあるのに、躍動感を与えてくれるのは神社ならではだろう。
手水舎の手前で、俺は結衣花を呼び止める。
「そうだ、結衣花。これを使え」
「……五円玉? わざわざお賽銭のために用意していたの?」
「ああ。ここに来た時は、いつもお参りしているからな」
「なんか。本当におじいちゃんみたい」
「でも十円玉より五円玉の方が、神様が喜んでくれる気がしないか?」
「それ、ちょっとわかるかも。十円玉しかない時、ごめんねって感じになっちゃう」
「神社にとっては、万札の方がありがたいんだろうがな」
「もう。大人ってすぐにリアルネタを突っ込むんだから」
「ははっ。すまん」
こうして俺達は本殿で参拝をする。
普通は願い事を言うところだろうが、俺にとってはこうして参拝する時間そのものが楽しみなので、特に願うことはなかった。
あえて思うことと言えば、健康でいられることへの感謝くらいだろう。
参拝を終えてホテルに戻る途中、隣を歩く結衣花が俺の腕を掴む。
「ねえ。なにお願いしたの?」
「特になにも」
「わぁ、無欲。そういう人ほど、業が深いんだよね。お兄さん無自覚系だし」
「俺ほど業と縁のない男はいないぞ」
「ほら、無自覚系だ」
わかったふうな様子で唸る結衣花。
コイツの中では俺はとんでもない悪者みたいだ。
そもそも、俺が無自覚系だと?
ふっ、笑止。
確かに音水のことに関しては頼りない部分もあるが、普段は鋭い男なんだぜ。
いつか結衣花にも見せつけてやらんといかんな。
「そういう結衣花は何をお願いしたんだ?」
「んー。普通の事かな」
はぐらかす結衣花を見て、俺は目を光らせた。
どうやら俺に備わった、名探偵ばりの直感を披露する時が来たようだ。
「ほぅ。さては恋愛だな」
「そういうところ、オヤジ臭いよ」
「やめてくれ。傷つくじゃないか」
「あ。本当に落ち込んでる」
しばらく歩いて、俺達は表の道路に出た。
早朝だがすでに自動車の往来が多くなってきていて、さっきまで感じていた静かさはなくなっている。
ホテルまですぐだが、もう少し歩くのもいい。
とはいえ、今は結衣花と一緒だ。
あまり歩かせてしまうのも悪い気がする。
基本的に散歩は一人でするので、こうして二人揃って歩くときのペース配分がわからん。
どうしようかと考えていた時、結衣花が腕を二回揉んだ。
「ところでお兄さん。早朝のコンビニというのも乙だと思うのですが?」
結衣花が指さす先には、俺達がよく知っているコンビニがある。
さすが全国チェーン。
どこに行っても、当たり前のようにある。
見慣れたコンビニに安心感を覚えるのは俺だけではないだろう。
「まったく。神社の帰りにコンビニとか風情がないだろ。だが、まぁ……。コーヒーは飲みたいか」
「私は抹茶ラテがいいな」
「おごれと?」
「気持ちでいいよ」
普段なら「どうして俺が……」と言うところだが、今日の俺は違った。
「オーケーだ。一緒に買おう」
「あれ? ツッコミなし?」
「俺も抹茶ラテを飲んでみたい」
「一人で買うのが恥ずかしかったんだ……」
いつも読んで頂き、ありがとうございます。
出張編もいよいよクライマックス突入!
次回、音水と居酒屋でいい感じに!?
よろしくお願いします。(*'ワ'*)




