6月25日(木曜日)朝チュンってこと?
「おはよ。お兄さん」
「よぉ。結衣花」
木曜日の通勤電車。
俺は毎朝の日課となっている結衣花との時間を過ごしていた。
「それでね。楓坂さんにお願いされて、ゆるキャラのイラストを描くことになったの」
「へえ。ユーチューブで使うのか?」
「たぶん。明日の夜は一緒に作業する約束なんだ」
大学生の楓坂は人気のブイチューバーで、今回のキャンペーンでは俺達の企画とコラボすることが決まっている。
だがコラボはオマケのようなもの。
継続して動画を投稿し続けるには、さまざまなコンテンツを作っているはずだ。
楓坂自身も絵は描けるそうだが、きっと一人では手が足りなくて結衣花に声を掛けたといったところか。
「となると、結衣花もイラストレーターとしてプロデビューというわけだな」
「うーん。いちおうお金はくれるそうだけど、これってプロなの? 全然、実感ないんだけど」
「金を貰ったらプロだろ」
「そうなのかなぁ」
感情を表に出さないフラットテンションの結衣花だが、頭をリズミカルに揺らしている。
きっと本当は嬉しいのだ。
俺でなきゃ見逃していただろうぜ。
「そうだ。祝いというわけじゃないが、明日から出張なんだ。土産を買って来てやるよ」
「わぉ。お兄さんが気の利くことをするなんて、サーバーが落ちそう」
「もしそうなったら、全世界のゲーマーから恨まれるな」
俺も少しはゲームをするのでわかるが、サーバーが落ちて何もできなくなった時の虚脱感はハンパじゃない。
冗談でもシャレにならないことを言いやがる。
まったく、なんて結衣花だ。
「ところでお兄さん」
「なんだ?」
「出張で後輩さんと一緒でしょ?」
「……ああ。……よくわかったな」
「ということは、一緒のホテルに泊まって夜に告白。そのまま朝チュンって流れかな」
「当たり前のように、あり得ないことを言うな」
「普通にあり得る話じゃない?」
「普通は仕事して、すぐに帰るだけなんだよ」
どうも出張を旅行かなにかと勘違いしている奴らが多い。
確かに飛行機で移動はするが、観光なんてしている暇はない。
なんせ、うちの会社はケチだからな。
時間に余裕があるなら、経費を削除すると当たり前のように言ってくるだろう。
だから、少し余裕があっても忙しいフリをするのが、大人のテクニックさ。
あー。忙しい、忙しい。
おっと。明日の朝は会えないことを言っておかなくては……。
「そういうわけだから、明日はこの電車に俺はいないんだ。直接空港に行かないといけなくてな」
「そっか」
「寂しい想いをさせてしまって申し訳ない」
「別に寂しくないから大丈夫」
ノーリアクションで即答する結衣花。
少しは反応があると期待していたので、拍子抜けだ。
そりゃ、こっちも冗談で言ったけどさ。
一ヶ月間、平日は毎日話してきたんだから、もう少し反応があってもいいんじゃないか?
などと考えていた時、電車のアナウンスが聖女学院駅前に到着することを知らせた。
電車のドアがゆっくりと開き、乗客が降りていく。
しかし、隣にいる結衣花は降りようとしなかった。
どうしたんだ?
俺が不思議に思っている間に、ドアは閉まる。
そして電車は出発してしまった。
「……なあ、結衣花。降りなくてよかったのか?」
「え? なにが?」
「いつもさっきの駅で降りてたじゃないか」
指摘されて、結衣花は窓の外をじーっと見る。
そして落ち着いた様子で一言。
「あー。乗り過ごした」
そう言いながらも、彼女は全く動じていない。
こういう冷静さはさすが結衣花というべきか。
たまには慌てる姿も見てみたい気持ちはあるが、そんなトラブルは起きないに越したことはない。
「学校、大丈夫なのか?」
「うん。余裕を持って出てるから大丈夫。次の駅で引き返せばいいだけだし」
しかし結衣花がこんな凡ミスをするなんて、めずらしい。
考え事でもしていたのだろう。
もしかして、明日俺に会えないことが寂しくて?
横目で様子を伺うと、結衣花は一瞬だけこちら見たあと、拗ねるようにそっぽ向いた。
おやおやおや~。
やっぱりそういうことか。ったく、素直じゃねえな。
ここはひとつ、日頃のお返しにからかってあげよう。そうしよう。ふっふっふ!
「もしかして、結衣花。乗り過ごした原因は、明日俺がい――」
「お兄さんが何を言っているのかわからない」
話の途中で強引に中断した結衣花は、早口でそれ以上は言うなという殺気を込めて言い放った。
怖いのは嫌なので、話を合わせよう。
「……だよな。……そうだよな。俺って何言ってるかわかんないよな」
「うん、そうだね。日々、細心の注意を払うように」
「……はい」
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次回、空港でトラブル発生!?
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