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楓坂舞の転機


 金曜日の夜。

 俺達は音水の送別会のために居酒屋に来ていた。


 ……が、


「いぇ~い!」


 月曜日から大手広告代理店に行くことになった音水を送り出すはずだったが、テンションが高くなった彼女のせいで全員が次々と飲み潰れていた。


 もうこれ……地獄絵図だろ……。


 俺の隣にいた楓坂が、お酒を飲むフリをして水の入ったコップを手に取る。


「音水さんって、意外とお酒を飲まれるのですね」

「飲むって言うか、飲まれてるっていう感じだけどな……」


 楓坂はうちの社員ではないが、会社に旺飼さんとあいさつに来ていたので、一緒に送別会に参加することとなった。


 とはいっても、まさかこんな惨状になると思ってなかっただろうから、楓坂も戸惑っているようだ。


 さて、そろそろ収拾をつけるとするか。


「ほら、音水。そろそろお開きだ。しっかりしろ」

「大丈夫れしゅよぉ~。笹宮さん、だっこしてくだしゃ~い」

「大丈夫なやつは、だっこを要求しないんだけどな」


 こうして送別会は終わり、俺と楓坂は音水を自宅まで運んだ。

 大手広告代理店に行ったら雪代の下で働くんだよな。

 ……大丈夫かよ。……マジで。


 今度は楓坂を自宅まで送ることにする。


 電車に乗った……。

 しばらく揺られて……。

 電車を降りる……。


 楓坂が住む旺飼さんの屋敷に向かって少し歩いた頃、俺はあの話題を話すことにした。


「あー……。そういえば、明日。楓坂の誕生日だったよな」

「覚えていてくれたの?」

「そりゃあそうだろ。……で、指輪なんだが、ちょっとあげれなくなった。……すまん」

「結衣花さんの気持ちを受け止める覚悟ができたの?」

「……ああ」

「ふふふ。私はそれでいいと思うわ」

「代わりと言っては何だが、これを受け取ってくれ」


 俺はカバンの中から香水の入った箱を取り出した。

 綺麗に梱包された小さな箱を受けとった楓坂は、ふぅんと満足気に声をもらす。


「笹宮さんにしてはめずらしくオシャレなプレゼントですね」

「サイトを必死にリサーチしたからな」

「あなたの不器用なのに真面目なところ、……好きよ」


 楓坂は一度、空を見上げた。


「私もね……、叔父様の下で働くことに決めたの」

「旺飼さんの? ザニー社の社員になるってことか?」

「ええ。以前笹宮さんと一緒に活動した特別チームがあったでしょ? 叔父様は最近、そのチームを新しく再編成したのよ」

「そうだったのか。でも、大学はどうするんだ?」

「仕事ができるように四月から大学は通信制に切り替えたわ。バレンタインイベントが終わった時からずっと準備をしていたの」

「そんなに前から考えていたのか……」


 そういえば、楓坂が通う大学ってそういう制度があったな。


「最初は海外の映像会社から誘われていたからそっちに行こうかと考えたけど、やっぱり叔父様の傍にいてあげようと思って。ずっと私のことを心配してくれた人だし」

「旺飼さんは幸せ者だな」

「ゆかりさんのこと、未だに未練を持ってるみたいですけどね」

「大人になるほど、不器用になるからな」

「あなたがそれを言うと、怒られますよ?」


 いつの間にか俺達は旺飼さんの屋敷に到着していた。

 もう少し話せると思ったが、あっという間だ。


 彼女はさびしそうな表情で、俺に顔を向ける。


「月曜日から本格的にザニー社の仕事が始まるから、しばらく会えないと思う」

「そうか……。さびしくなるな」

「たまに戦況報告で一緒にお酒を飲みましょ」

「愚痴なら聞いてやるよ」

「私、ねちっこいから長いですよ」


 そして楓坂は綺麗な長い髪を右手で払い、いつもの女神スマイルをしてみせた。


「それでは、ごきげんよう」

「ああ、また会おうぜ」


   ◆


 そして週が明けた月曜日。


 課長になった俺の先輩・紺野さんが、朝礼で全員の前で話をしていた。


「みんなも知っていると思うが、音水が大手広告代理店に行ってしまった。それで新しい社員を迎えることになった。それが彼女だ!」


 紺野さんの合図と同時に、一人の女性が営業部に入ってきた。


 長い髪でメガネを掛けた美人。

 大きな胸が印象的な彼女は……、半泣きになって、顔が引きつっていた。


「は……初めまして。か……楓坂舞です。……ザニー社から派遣されてきました。今日から……お……お世話になりま……す」


 様子から察するに、楓坂もうちの会社に派遣される話は今日まで知らなかったのだろう。


 金曜日の夜にカッコつけて別れの挨拶をした直後にコレだ……。


 その恥ずかしさは想像するだけでも、耐え難いという事がわかる。

 さっきから俺の方をチラ見するたびに、顔を真っ赤にしてるもんな。


 近くにやってきた紺野さんは、バンッと俺の肩を叩いた。


「楓坂さんの教育係は笹宮だからな。しっかり頼むぞ!」

「紺野さん……、これどういうことですか? 音水の代りって、大手広告代理店の人だったんじゃあ……」

「あぁ。旺飼さんから頼まれてさ、急遽変更になったんだよ。あーそうそう。旺飼さんが『間違いがあっても許す』だってよ。よかったな! いやぁ、うらやましぃ! はっはっは!!」


 そういえば楓坂が隣に引っ越してきた時も、裏で旺飼さんが画策してたんだよなぁ……。


 隣にくる楓坂。

 だが恥ずかしさでまだ顔は赤いままだ。


 声が掛けづらい……。


「えーっと。まぁ……、一緒に頑張ろうぜ……」

「んんんん~っ!!」

いつも読んで頂き、ありがとうございます。


次回、最終回。

『通勤電車で会う女子高生に、なぜかなつかれて困っていない』


同時に明日。楓坂をメインヒロインにした新作も投稿します。

ぜひ、ご期待ください。


投稿は朝7時15分。

よろしくお願いします。(*’ワ’*)

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― 新着の感想 ―
[一言] 指環の約束は、反故になってしまったかあ。覚悟はしていたのかな。でも、職場の覚悟はできていなかったようで/w まあ、可能性ないのなら旺飼さんのしたのは苦しみを長引かせるだけかもしれないのだけれ…
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