後ろにいる彼女
背中から伝わってくる楓坂の体温。
一緒に食事をしようということで自宅に彼女を招いたのだが、キッチンへ向かう途中、彼女は俺の背中を抱きしめてきた。
「か……楓坂……?」
「誰だって落ち込む時はあるわ。でもそんな時に私はあなたのそばにいたいの」
自宅に来る途中、俺はうっかり弱音を吐いてしまった。
そのことを楓坂は励まそうとしてくれている。
こういうのって、嬉しくてこそばゆい。
今すぐ後ろにいる彼女を抱きしめたいという、甘えに近い感情が押し寄せてくる。
「楓坂……」
俺は後ろに体を向けて、彼女の顔を見ようとした……が、誰もいない。
目の前に広がるのはいつもの俺の部屋だ。
んんん? たしか後ろに楓坂がいたよな?
「楓坂?」
「なに?」
やはり後ろだ。
もう一度後ろを向くが、やはりいない。
なんだこれ?
「……さっきからなんでずっと俺の背後を取り続けてるんだ」
「は……恥ずかしいのよ」
「いい事言った後にこの行動はさすがにマヌケ過ぎないか?」
「だからこそでしょ」
つーか、この状況で背中にくっつき続けると、胸がすっごい密着するんだよな。
楓坂って特に胸が大きいから、背中越しなのに……なんかすごい。
すると楓坂は何かを取り出して操作をしている。
どうやらスマホのようだが、この状況で何を……。
「どうしてスマホをいじったんだ?」
「なんだかお父様の邪魔が入りそうだったからマナーモードにしたの」
「ああ、なんか納得」
楓坂父の秋作さんは、最悪のタイミングで連絡してくることが多いからな。
だが、今がチャンスだ。
楓坂がスマホに気を取られている隙をついて、俺はすばやく後ろを向いた。
目が合った楓坂の表情はみるみる赤くなり、涙目で情けない顔になる。
「んんんんんんん~~っ! 恥ずかしいって言ったのに、なんで顔を見るんですか!?」
「いや、普通見るだろ」
「私も……あなたのことを見たいけど……」
「どっちなんだよ……」
なんだか俺達の会話って、あんまり恋愛方面で盛り上がり切れないんだよな。
正直、かなり気持ちがグラッと来たが、まぁいいさ。
「とりあえず、夕食を作ろうか」
「そ……、そうね」
こうして俺達は食事を作り始めた。
今日は手作りハンバーグだ。
ハンバーグ作りは手間ではあるが、ミンチ肉って安いので節約になる。
それに冷凍保存しておけば、次はお手軽に調理できるしな。
ハンバーグのタネをこねるのは俺の役目だ。
今なら楓坂の方が上手に作れるのだろうが、手がかなりべとべとするからな。
楓坂は俺のすぐ隣で、使い終わった器具の洗い物をしている。
むぅ……。さっきのこともあって、まだ恥ずかしい。
自分でも不思議なほど楓坂のことを意識している。
必死に感情を抑えないと、今すぐに抱きしめてしまいそうだ。
そんなことを考えていた時、『ぽふっ』と楓坂がお尻の横で攻撃をしてきた。
「どうした?」
「なにもありませんよ」
クスクス笑う楓坂は、再びお尻で攻撃。
これは完全に遊んでいるな。
「楽しそうだな」
「ふふふ。えいえいっ」
お嬢様みたいな立ち振る舞いをするくせに、こういう時は小学生のように子供っぽい。
音水もよく子供っぽいところを見せるが、楓坂の場合は無邪気さに溢れていた。
「両手がふさがってるから反撃できないんだ。手加減してくれよ」
「しょうがないですね。洗い物も終わりましたし、今日はこの辺りにしておきます」
「それはそれで少し寂しい」
「贅沢な人ね」
まったくその通りだ。
迷惑しているように言っておいて、このやりとりを一番楽しんでいたのは、実は俺というオチ。
でも……まぁ……なんつーか。
こういうやり取りって、すっげえ心があったまる。
「笹宮さん」
タオルで手を拭いた楓坂は急に俺を呼んだ。
そして手招きするようなしぐさをする。
ええっと……、『屈め』ということか?
俺はハンバーグをこねながら、少しだけ腰を落とす。
すると楓坂は俺の耳元に唇を近づけて……。
「好きよ」
ふっと耳に息を吹いた。
ゾクリとした感覚で、俺は思わず後退りする。
「なっ、なんだよ! びっくりした!」
「うふふ。でも元気出たでしょ?」
「もしかして、俺を元気付けようとして……」
「半分は私がそうしたいからっていうのもありましたけどね」
完全に忘れていたけど、少し前まで俺は成長できない自分について落ち込んでいたんだ。
でも今はそんなことがどうでも良くなっている。
ホント……、楓坂っていい嫁になれるよ。
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