6月22日(月曜日)プレゼン
ついに、七夕キャンペーンのプレゼンが始まった。
スマホ製造メーカーの本社を訪れた俺達は、これから考えた企画を発表する。
他社よりも魅力がある企画と認められれば、七夕キャンペーンの仕事を受注することができるのだ。
大きな本社の割に、プレゼンは質素な会議室で行われていた。
すでに他社のプレゼンは終了し、俺達が最後となる。
審査員は全員で五人。
いつも世話になっているクールビューティーの女性担当者を中心に、各部署から選出された社員が三名。
楓坂は女性担当者の隣に座っている。
審査員に資料を配る時、楓坂がささやき声で話しかけてきた。
「頑張って無様な姿をみせてくださいね」
「残念だが、その予定はない」
続けてプロジェクターに企画内容を映して、説明を始める。
序盤の発表を務める音水は、緊張しながらもハキハキと説明していた。
「ここまでが本企画の魅力になります。次はイベントの流れをチームリーダー笹宮の方から説明させて頂きます」
発表者の交代でマイクを受け取る時、音水の瞳は褒めてくださいオーラでキラキラと輝いていた。
わかった、わかった。
後で褒めてやるから今は我慢しろ。
それから俺は企画内容を説明し、あとは質疑応答を残すのみとなった。
「今回の提案内容は以上になります。なにか質問はありますか?」
楓坂はここまで何も言ってこなかった。
おそらく攻撃を仕掛けるとすれば、このタイミングだろう。
見ると楓坂は、やる気のない態度で資料をペラペラとめくっている。
どうやら俺達の企画の出来が予想以上だったので面白くないみたいだ。
代わりに手を上げたのは、クールビューティーの女性担当者だった。
「素晴らしい内容ね。インパクトも十分。さすが笹宮君ね」
「ありがとうございます」
他の審査員たちの反応もいい。
楓坂一人が気に入らないようで口をへの字にしていたが、これなら文句の言いようがないだろう。
ざまあみろだ。
「ですけど――」
と、女性担当者は声のトーンを低くした。
「そちらは大きな問題を抱えているんじゃないかしら。まずはその点を解消して欲しいのだけれど」
大きな問題だと? どういうことだ。
なにか見落としがあったのだろうか。
他の審査員たちも、苦笑いをして顔を見合わせている。
楓坂が何かを仕掛けたのかと思ったが、彼女も状況が分からず、怪訝な眼差しで審査員たちを見ていた。
「なんでしょうか?」
おそるおそる訊ねる俺に、女性担当者は指を俺の隣に向けて言った。
「朝一番でそちらの部長さんから連絡があったのよ。そこにいる音水遙さんは、入社早々に大きなミスを犯したそうね。それが本当なら、メンバーから外して欲しいのだけれど」
部長からの連絡だと!!
あのカエル顔の中年太りめ!
鬱憤晴らしのために、こんな大切な仕事で邪魔を仕掛けてきやがったのか!
「わ……わたし……。席を外します……」
音水は自ら部屋を出ようと後退りした。
きっと、自分がいなくなればと思ったのだろう。
だが、それは違うと俺は声を上げる。
「音水。出ていく必要はない」
「でも!」
「俺達が提案しているのは、俺達全員が参加する仕事だ」
今回のプレゼンで音水はよく頑張ってくれた。
仕事も順調に覚えている。
彼女に落ち度はない。
そしてこの現状を乗り切る責任は、チームリーダーの俺にある。
「聞いてください! 音水はこの三ヶ月で見違えるように成長しました! 外す理由はありません。むしろいなくてはいけない存在です。何かあれば、必ず俺がなんとかします!」
相変わらず、論理性のない不細工まるだしのトークだ。心に響く要素なんてない。
だが、俺はこんな言い方しかできない。
音水は守る。仕事もちゃんとする。
そう。俺にできることは、なんとかすることなのだ。
深く頭を下げて、信じて欲しい気持ちを全力でぶつけた。
勢い任せのごり押しだ。
カッコ悪いとは思うが、これが俺のやり方なんだ。
審査員たちが沈黙していた時、一人の女性が声を上げる。
「私は笹宮さん達の提案を推します」
頭を上げてみると、それは邪魔をすると言っていた楓坂だった。
長い髪をいじりながら、不機嫌そうに彼女は資料を見ている。
「理屈で考えて、笹宮さん達の提案の方が他社と比べて効果が見込めますわ。それにコストも低いですし」
まさか楓坂がフォローを入れてくれるとは思っていなかったので、俺は驚いた。
一瞬だけ目が合った楓坂は照れたような表情で目を泳がせたあと、手元の資料に視線を落とす。
楓坂の意見を聞いて、女性担当者はしばらく考えていた。
そして他の審査員たちに目配せした後、ゆっくりと口を開く。
「わかりました。トラブルに強い笹宮君がいるなら大丈夫でしょう。いいプレゼンだったわ。返事は期待しておいて」
続けて女性担当者は音水の方を見た。
「不快な思いをさせてごめんなさい。つまらない話を鵜呑みにした私達の落ち度だったわ」
「えっ!? いえ! そんな、全然大丈夫です!!」
頭を下げる女性担当者を前に、音水は慌てるように両手を左右に振った。
もう彼女の震えは収まっている。よかった。
落ち着いた音水は俺の方を向き、今まで見せた事のない幸せそうな笑顔を見せた。
「笹宮さん。ありがとうございます」
俺は頭を下げただけなんだが……と、言いそうになったが、嬉しそうにする音水を見て、何も言えなくなった。
まったく。本当に可愛い後輩だ。
☆評価・ブクマ、いつもありがとうございます。
すごく嬉しいです!!
次回、悪事を繰り返した部長に笹宮が!?
よろしくお願いします。(*’▽’*)




