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【書籍化決定】通勤電車で会う女子高生に、なぜかなつかれて困っている  作者: 甘粕冬夏
第六章 お隣さん以上恋人未満のバレンタイン
232/330

2月14日(日曜日)白いベレー帽の幼女

 二月十四日の日曜日。

 午後一時半を過ぎた頃、俺は休憩時間を使ってぶらりとフロアを歩いていた。


 自分が関わった仕事で見慣れた場所が様変わりする満足感は、イベント業の醍醐味だろう。


 とはいえ、さすがに全体の緊張がゆるみだしてきた頃合いだ。

 各スタッフに動きを与えて、集中力の切り替えを促した方がいいかもしれない。


 そんなことを考えていた時、ポフンッと俺の足に誰かがぶつかった。


「わふっ!?」


 見るととても小さな子だ。

 中学……、いや小学生か?


 青いリボンがついた白いベレー帽に、ふわりとしたワンピース。

 銀色のように綺麗な長い髪がフワリと揺れる。


「すまん。大丈夫か?」

「あぅ~。うん、大丈夫。……わっ! 目つきわっる! ショーの悪役の人?」

「初対面の大人に向かってひどくないか?」


 これでも最近はマシになった方なんだぜ。

 とはいえ、優しい顔とは言えないか。


 すると幼女は俺が首からぶら下げているスタッフ証明のカードに気づく。


「もしかしてお兄さんってスタッフさん?」

「ああ、そうだ。なにか探し物か?」


 すると彼女は言う。


「夢と希望」

「その歳で世界に絶望でもしとんのか」

「冗談だよ。ノリが悪いなぁ」


 なんだろう……。この幼女、誰かに似ているような気がするんだが……。


「で、何を探していたんだ?」

「んっとね。イベント限定のスマホケースを買いに来たんだけど、まだ残ってる?」

「ああ、アレな。ちょっと待ってろ」


 ベレー帽の幼女が探しているのは結衣花がデザインしたスマホケースの事だろう。

 今回のバレンタイングッズの中でも特に人気があり、SNSでも話題になった商品だ。


 俺は腰に備えていたレシーバーを使って音水と連絡を取って在庫を確認する。


「今日の分はまだ残ってるそうだ。イベントスペースの特設売り場で売ってるぞ」

「よかったぁ~」

「案内してやるよ」

「ううん、大丈夫っ! もう売り切れたかもしれないと思って慌ててたけど、それを聞いて安心しちゃった。お兄さん、ありがとうねっ! えへへっ」


 幼女はその場でフワリと一回転してペコリと頭を下げる。

 なかなかかわいらしい。


 ところが白いベレー帽が落ちそうになって慌てて手で支える。


 それを見てわずかに笑った俺に気づいた幼女は恥ずかしそうに「はぅ~」と体を揺すった後、もう一度頭を下げて特設売り場ん方へ走って行った。


「しかし、あんな小さな子にも人気が出ていたんだな」


 今回結衣花がデザインを任せてもらえたのは実力だけでなく、女子高生アーティストというインパクトが欲しいというスポンサーの狙いもあったそうだ。


 結衣花にとっては初めての仕事。きっと彼女が抱えていた負担は大きかっただろう。


 だが結衣花は期待以上の結果を出した。

 クリエーターとしては最高のデビューと言える。


 帰ったらおもいっきり甘やかしてやらないといけないな。


 ニヤニヤとしながらそんなことを考えていた時だった。「てやっ」という掛け声と共に、俺のほっぺをつっつく女子大生が現れる。


「なにニヤついているんですか? 不審者みたいですよ」

「楓坂か。……ったく、大切な隣人にこの仕打ちはひどいだろ」

「大切だということは認めますが、私の所有物としてという点を抜きに語られては困りますね」


 楓坂は人差し指を左右に振り、ちっちっち~っと得意げに言う。


「彼氏としてとは言わないんだな」

「そっ! それは……、そういっちゃうと……恥ずかしいっていうか……。ごにょごにょ……」


 ついさっきまで上から目線で偉そうにしていたのに、今は子猫のように小さくなってしまった。

 楓坂の恥ずかしがり屋なところは治っていないようだ。

 

 だが今まで彼女に感じていた不安定な部分が消えたように感じる。

 きっと張星にビンタをしたことが、彼女の中でけじめをつけるきっかけになったのだろう。


「なんか雰囲気変わったよな」

「私がですか?」

「ああ。うまく例えられないが、大人の女性になったみたいだ」

「……? 私、前から大人でしたよ?」


 なんか似たようなことを俺も言われたことがある。

 去年の六月頃、カエル顔の部長を撃退した時に結衣花から言われたんだよな。


 その時はわけがわからなかったが、なるほど。こういうことだったのか。


「ねぇ、笹宮さん……」

「ん?」

「今すぐ甘えたい」

「ストレートだな」

「私だってそう言う時がありますよ」


 壁際に立っている俺の横に立った楓坂は指で背中をクニクニし始めた。


「あのなぁ、仕事中だぞ」

「私も笹宮さんも休憩中ですよね?」

「休憩中も仕事中だ」

「そう言う堅物なところ、変わりませんね……。もう……、ばか……」


 あ、ヤバい。

 今の声の出し方はいじける前兆だ。

 仕方ないなぁ。


 ポケットから手を出した俺は人差し指だけ彼女の手に触れた。

 すると彼女のヒヤリとした細い指が、楽しそうに絡んできた。


「うふふ。誰かにバレるかもしれない状況でこんなことをするのって背徳感がありますよね」

「まぁ、これだけなら防犯カメラにも映らないだろ」


 楓坂って恥ずかしがるくせに、こういうことは積極的なんだよな。

 ……と、楓坂はふいに声のトーンを変えた。


「笹宮さん、実は考えていることがあるんです」

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

☆評価・ブクマ、とても励みになっています。


次回、バレンタイン編ラスト!!

楓坂が考えていることとは?


投稿は朝7時15分。

よろしくお願いします。(*’ワ’*)

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― 新着の感想 ―
[一言] そうですね、バレンタインも終わり。 バレンタインはクリスマスからの続きでしたから、完全に一区切りがつく、という感じですか。 なんだか、大詰めに来ているような気もしています。 楓坂さんは何を…
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