1月25日(月曜日)うわさ
月曜日。俺はいつも通り通勤電車で会社に向かっていた。
二月十一日から十四日まで開催されるバレンタインイベントの準備も滞りなく進み、すべてが順調だ。
そして今朝も彼女は俺に挨拶をしてくれる。
「おはよ。お兄さん」
「よぉ、結衣花」
俺の隣に立った結衣花は、さっそく土曜日のことを聞いてきた。
「旅行どうだった?」
「ああ、まぁまぁだな」
今回の茨城県旅行で俺と楓坂の関係は前進することができた。
明確な言葉で確かめ合ってはいないが、俺としてはもう付き合っているようなものと考えている。
とはいえ、楓坂ははっきりと付き合うという形を示そうとしなかった。
彼女は言った。
『次のバレンタインイベントが……怖いの』『自信が持てない……』
どうも何かを悩んでいるみたいだが……、彼女の様子を見ていると深く聞くことができなかった。
そんなことを考えていると、結衣花が俺の腕に優しく触れた。
「そっか。……元気出して。いつかお兄さんにもいい人が現れるよ」
「おい、なにフラれたみたいに言ってんだ」
「いいんだよ。大人もたまには泣いても」
「だからなんで慈愛に満ちた目で見てくるんだよ」
こいつ……。俺のシリアスなシーンをぶっ壊しやがったぞ。
なんという女子高生だ。
変な誤解をされるのも嫌だし、いちおう簡単な報告だけはしておくか。
「まだお互いに距離を測ってるところはあるけど、いちおう少しは進展ありって感じだ」
「そっか、よかったね。奇跡の存在を知ることができて、私も嬉しいよ」
「遠回しにバカにするの、やめてくれませんか」
このやろぉ~。さては最初からうまく行ったことを知っていて、わざとおちょくってきたな。
結衣花は勘が鋭いが、どうも使い方を間違っているように思う。
「つーか、そっちはどうなんだよ」
「なにが?」
「……ほら。……夏目君」
夏目君は去年結衣花に告白をした男子だ。
土曜日に偶然会ったのだが、これがなかなかのイケメンだった。
彼の態度はまさに未練タラタラ。
きっと何かすると男の勘がささやいていた。
「気にしてるの? お兄さんの分際で?」
「そうだよ。俺の分際で気になってんだよ」
「んー。どうしようっかなぁー」
「もったいぶるなよ。減るもんじゃあるまいし」
「そんなふうに言うなら教えない」
「どうか教えてください。結衣花様」
すると結衣花は両手でカバンのショルダーベルトを持ち、足で電車の床をいじった。
「んっと……。また……付き合わない? って言われた」
「二回目の告白か。夏目君やるなぁ……」
一度フラれて、再度告るとかなかなかできることじゃない。
あいつ、意外と度胸があるじゃないか。
しかし結衣花の反応は冷ややかだった。
「でも、雑談している時に楓坂さんのことを悪く言ったからバイバイした」
「え? 夏目君が楓坂のことを?」
「悪くって言うと語弊があるけど、昔の噂話を持ち出してきたんだよね。それでなんか合わないなぁ~っと思って」
楓坂の昔の噂?
それを聞いた時、俺は楓坂が悩んでいる姿を思い出した。
俺は楓坂のことを知らない。
全てを掘り起こすつもりはもちろんない。
だが、彼女が悩んでいるのなら手助けしてやりたいと思った。
「……なぁ、結衣花。楓坂は何かを悩んでいるみたいなんだ。もしかしてその噂話と関係があるのか?」
「う~ん。私もその噂話はあんまり話したくないんだけど……。お兄さんは知っておいた方がいいかもね……」
結衣花は一度言葉を切って、言いづらそうに話を始めた。
「楓坂さんって、高校一年生の時にケガをして絵が描けなくなったのは知ってる?」
「ああ。確か交通事故で入院した話だろ。少しだけだが聞いてる」
楓坂は元々右利きだったが、事故が原因で左利きの生活に変えたらしい。
それが原因で絵を描くことを諦めたと聞いている。
彼女が包丁を使うのが下手だったのも、初めて壁ドンをした時に左手だったのもこれらが原因だ。
「それで噂って言うのは、楓坂さんは『週末の災い』っていう都市伝説の被害者じゃないかって話なの」
「……なんだそれ?」
「都市伝説を見つけてしまった人は、毎週土曜日に不幸が訪れるって言うわけのわかんない話。で、その不幸を回避するためには都市伝説の正体を暴かないといけないの」
都市伝説の正体を暴く?
そういえば旅行中、楓坂は都市伝説を科学的に分解した内容を動画サイトにアップしているとか言っていたっけ。
つまり、それって……、
「じゃあ、楓坂がVtuberになったきっかけって……」
「うん。たぶんだけど週末の災いが理由かも」
気になる内容だ。
わざわざ動画を作り続けているなら、楓坂は今も気にしているという事だ。
「だが都市伝説だし、内容が内容だから楓坂に聞きづらいな……」
「……そんなに悩んでるの?」
「ああ。やけにバレンタインイベントのことを心配してるんだ」
「そういえば今回のイベントって、ちょうど土曜日が重なってるもんね」
そういうことか。そう言えば以前コミケでトラブルが起きたのも土曜日だったし……。
いや、こんなのは偶然だ。都市伝説なんてあるわけがない。
「私がこっちに引っ越して来る前の出来事だから詳しく知らないけど、お母さんなら知ってるかもしれないよ。聞いてみようか?」
「……いいのか?」
「うん。楓坂さんのことは私も心配だし」
「よし。俺達二人でアイツの不安を取り除こう」
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