12月23日(水曜日)【結衣花視点】結衣花と旺飼
私は事情を聴くため、旺飼さんの自宅に来ていた。
応接室に通された私達はソファに掛けて、旺飼さんの電話が終わるのを待っている。
するとお母さんが話し掛けてきた。
「結衣花……。本当にこれでいいの?」
「うん。だって、楓坂さんとお兄さんは一緒にいた方がいいと思うし」
私がやろうとしていること……。
それは楓坂さんをお兄さんのところへ返してあげようというものだった。
今までのことから考えると、楓坂さんとお兄さんは付き合うことになるだろう。
だけど黒ヶ崎という人が言っていた通り、そうなったら私の居場所はなくなるような気がする。
きっと二人は付き合ったとしても私のことを邪魔者扱いはしない。
でもやっぱり、私は二人のそばに居続ける自信がなかった。
もうすぐお兄さんと電車で会う毎日が終わるんだ……。
「ごめんね。わがままを言って……」
そうつぶやくと、お母さんは優しく微笑んで私の手を握った。
「良質な失恋はいい女になる条件よ。結衣花の居場所はここにもあることを忘れないで」
「うん」
詳しい話は聞いていないけど、お母さんも高校生の時に大失恋をしたことがあるらしい。
お兄さんのことを知った時も反対しなかったのは、そういったことがあるからだと思う。
ガチャリとドアが開いて、旺飼さんが入ってきた。
「やあ、待たせたね」
旺飼さんは私達の前にある一人掛けのソファに座ると、苦笑いをしながらお母さんの方を見た。
「ゆかりがひさしぶりに訪ねてきたと思ったら、まさか舞を連れ戻すため結衣花君に協力して欲しいとはね……。」
「頼りになるのは幼馴染ということかしら」
すると旺飼さんはフッと笑う。
「幼馴染か……。子供の頃、ゆかりがケンカをするたびに僕が仲裁をしていたね。いやはや、なつかしい……」
「旺飼君がいじめられていた時、私が助けてあげたこともあったわ。本当になつかしいわね」
「君……、記憶のねつ造はやめたまえ」
「同じセリフを返してあげる」
二人の仲がいいことはわかったよ……。
元々この地域に住んでいたお母さんは旺飼さんと幼馴染らしい。
私がここへ引っ越してきた時も最初に挨拶に来たのは旺飼さんの家だった。
でもそういう縁があったからこそ、私と楓坂さんは出会うことができた。
人と人の繋がりって不思議だと思う。
「それで旺飼さん。私は楓坂さんを取り戻したいんです。相手の方と話し合いできる機会を作ってもらえないでしょうか」
私が楓坂さんを取り戻すためにできることは話し合いくらいだ。
だけど旺飼さんは顔をしかめて腕を組む。
「……気持ちはわかるが、舞を取り戻すとなると黒ヶ崎とやり合うことになる。奴は厄介だ」
「いえ、話合うのは楓坂さんのお爺さん。……ゴルド社の社長・幻十郎さんです」
私の言葉を聞いて、旺飼さんは驚いて立ち上がった。
「バカな!? 結衣花君、なにを言っているのかわかっているのか!?」
「はい。学校には適当な理由を付けて休みを頂きました」
続けてお母さんが言う。
「私も同行するから大丈夫よ。さすがに娘を一人で海外に送り出すわけにはいかないものね」
聞いている話では、幻十郎さんはアメリカに住んでいるらしい。
もう楓坂さんも向かっているかもしれないけど、今からすぐに追えば政略結婚を止めることができる。
そう考えていたけど、旺飼さんは否定的な反応をした。
「そうじゃない! 今の楓坂幻十郎は黒ヶ崎のいいなりだ! 他人の……、ましてや高校生の言葉に耳を貸すはずがない! 無駄だ!」
「でも黒ヶ崎さんとまともな話合いはできないと思います。それならトップを狙えば……と思ったんですけど……」
「しかしだな……」
席に座り直した旺飼さんは普段見せたことのない表情で困っている。
その時、応接室のドアが再び開いた。
「旺飼専務! ただいま戻りました!」
入ってきたのは、スーツを着た男女が四人。
見た目は二十代なので、若手社員と言ったところだろう。
あれ? よく見ると見覚えがある。
たしかコミケや企画対決の時、お兄さんの近くにいた人達だ。
その中のひと際元気のいい男性が、ハキハキと報告をする。
「旺飼専務に言われたとおり、楓坂さんを乗せた車を尾行してきました」
「ありがとう。それでどうだった?」
「昨日はホテルに泊まったんですけど、今朝になってこの住所の屋敷に入って行きました」
若手社員の男性はスマホにマップを表示して、旺飼さんに見せる。
「ふむ……、ここは楓坂家の別宅だな。ここを使っているということは……幻十郎も戻ってきているということか……」
その言葉を聞いて、私はすかさず訊ねた。
「話し合いのチャンスがあるということですか?」
「……海外に行かなくてもいいというだけで、話合いが困難なことに変わりはない」
「お願いします。少しだけ話をする機会を作ってください。ここで何もできないと……私は……」
私は必死に頭を下げた。
無理なことを言っているのはわかっている。
きっと旺飼さんもなんとかしようとしているのだ。
そして私を心配しているから反対していることもわかる。
でも、どうしても……、私は自分自身の体を使って行動したかった。
すると旺飼さんは負けを認めたような表情で肩をすくめた。
「……わかった。だが、僕もついて行くよ。なにが起きるかわからないからね」
「旺飼さん! ありがとうございます!」
「結衣花君は……、笹宮君に似ているね」
「私が……ですか?」
「ああ、がむしゃらに真っすぐなところとか特にね」
それは私がお兄さんに初めて抱いた印象だった。
あの時お兄さんは、駅のホームで後輩さんを引き止めようとしていた。
変わっていて、カッコ悪くて、憧れた。
あれから半年以上が過ぎた。
普通の日常だと思っていたけど、私は少しだけお兄さんに近づけたのかもしれない。
こうして私達は楓坂さんをかくまっている幻十郎さんの別宅へ向かった。
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