11月12日(木曜日)結衣花争奪戦
出勤してすぐ、俺に声を掛けてきたのはウルフカットが特長の先輩・紺野さんだった。
「いよぉ、笹宮! 驚いたぜ! ザニー社と合同で作った特別チームのリーダーだって?」
「はい。でもこの会社を裏切るとかではないので」
「わーってるよ!」
昨日決まった話だというのに、特別チームのことを紺野さんは知っていた。
もしかして社内の人間はみんな知っているのだろうか。
紺野さんはこちらの疑問には気づかず、俺の肩を抱いて別の話を切り出してきた。
「ところで……だ。ザニー社に出入りする笹宮に聞きたいことがあるんだが……」
「はい、なんでしょうか?」
「ザニー社の受付の女の子、すっげぇ美人じゃん? オレが訪問した時にあつぅ~い視線を送ってくるわけよ」
「……そうなんですか」
「なんかさー、オレって今モテキが来てるみたいなんだよ。でも体は一つだし、ど~したらいいかなぁ~なんて」
ちょうどその時、受付の女子社員が部屋に入ってきた。
彼女が席に座るや否や、紺野さんはダッシュで近寄る。
「あおいちゃ~ん! おはよぉ~ん!」
「チッ! おはようございます。目が汚れたので洗ってきますね」
せっかく自分の席についたのに、受付のあおいさんはまた部屋を出て行った。
すげぇ……。舌打ちされて、ゴミを見るような目で見下されてたぞ。
そんな彼女をみて紺野さんは「モテる男は辛いぜ」と呟いている。
俺の鈍感さも大概だが、紺野さんは別の意味でヤバいな……。
ふと紺野さんは何かを思い出したように顔を上げた。
「そういえば社長に笹宮が来たら一緒に部屋へ来てくれって言われてんだ。行こうぜ」
「はい」
そう……。今日俺は社長と話をするために、代休を潰して出社していた。
本当なら明日まで待ってもよかったのだろうが、一刻も早く詳しい説明を社長から聞きたかったのだ。
ドアを開いて社長室に入ると、白髪に白髭の社長は俺達二人を見た。
「それで笹宮。お前のことだ。プロジェクトのコンペに参加したいのだろう?」
「はい。ただ会社にご迷惑が掛からないか心配で……」
すると社長は頬杖をついて、「くっくっく……」と笑う。
「わかっておる。笹宮と紺野、どっちが勝っても我が社の利益になるように調整しておるから気にせんでいい」
特別チームのリーダーになることで一番心配していたことは、俺の行動が会社に不利益を与えないかについてだ。
社長曰く、その心配はまったくないらしい。
イベント業務の収益はこちらに入り、デジタルコンテンツの収益はザニー社へ。
それ以外は半々と、お金に関してはすでに話が決まっていた。
つまり、特別チームで商業施設のプロジェクトのコンペに勝っても会社に迷惑を掛けることはないということだ。
社長は腕を組んで目をつむった。
「二人ともよく聞け……。ネットと効率が重視される現代で、ワシらイベント会社が生き残るのは至難だ……。そこでお前達に目を付けた」
立ち上がった社長は俺と紺野さんを交互に見た後、威厳溢れる声で言い放つ。
「新分野の開拓は紺野チーム、そして新しい仕事の形を笹宮の特別チームが模索しろ。失敗は許す、対立も結構……。だが挑戦しないことは許さん!」
◆
社長室を出た俺と紺野さんは休憩室へ来ていた。
いつものことだが、社長の常時戦闘態勢の雰囲気は苦手だ。
とはいえ、やる気を奮い立たせるというのなら社長のような人がいいのだろう。
立ったままコーヒーを飲む紺野さんは、リラックスした表情をしている。
「まぁよ。こんなことになっちまったが、お互い頑張ろうや」
そう言った紺野さんは握手を求めてきた。
今まで紺野さんが握手をしたことなんてない。
きっと、プロジェクトのコンペで正々堂々戦おうという意思表示なのだ。
「はい、精一杯やらせて頂きます」
しかし握手すると同時に、紺野さんはその手に力を入れた。
声のトーンを低くし、勝負を挑むように俺を見る。
「だがよ……、結衣花は渡せねぇ。この仕事はマジでやらせてもらうぜ」
「はい、俺も負けるつもりはありません」
「けっ! いっちょ前になりやがって。けど……、そんな笹宮だから面白いんだけどな!」
紺野さんは笑っていた。
きっと結衣花を渡したくないというのは本心だろう。
だが、俺と勝負ができることを楽しんでもいるのだ。
コーヒーを飲み終えた紺野さんはそのまま仕事に戻っていった。
社長と話していた時間が長かったこともあり、時間はすでに午前十時半を過ぎている。
さて、俺もそろそろ帰るか。
いちおう今日は代休だしな。
……と、ここで休憩室に女子社員がやってきた。
彼女は俺を見て、かわいらしく笑う。
「笹宮さん、おはようございます」
「音水……。おはよう」
俺の後輩であり、今は紺野さんの右腕を担っている音水遙だ。
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次回、音水が笹宮に大胆なアプローチを!?
投稿は、朝・夜の7時15分ごろ。
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