9月11日(金曜日)楓坂と同じ部屋で
楓坂が厚焼き玉子を作ってくれた夜。
食器を洗い終えた俺がリビングに戻ると、楓坂がカバンを開いて「あっ!」と声を上げた。
「どうした?」
「鍵……。部屋の中に忘れてきました……」
「あー、やっちまったか」
このマンションはオートロック式で、ドアを閉めると勝手に鍵が閉まる。
そのため鍵を忘れて部屋を出ると、中に入れなくなるのだ。
実を言うと、俺も何度か同じ失敗をしていた。
「待ってろ。管理人に電話してみる」
スマホを取り出した俺は、登録されている管理人の番号に電話をかけた。
だがすでに時刻は午後十時。
しばらく待ってみたが、管理人さんは電話には出なかった。
「……ダメだ。……もう遅いから、明日の朝じゃないと連絡が取れない」
「困りましたね」
楓坂なら一人でもなんとかしてしまいそうだが、さすがに放っておくわけにはいかないな。
「楓坂がよければ、この部屋に泊まるか?」
「……いいんですか?」
「俺は別に構わないが」
「では……お言葉に甘えて……」
◆
自分の部屋に入れなくなった楓坂を泊めることになったのだが、その彼女は今……、風呂に入っている。
「家族以外の人間を部屋に泊めるのは初めてだ。緊張するな……」
自分が使っている時には気にならないが、意外とシャワーの音って聞こえるんだよな。
ちなみに楓坂の生活用品は、すぐ近くにあるコンビニで購入した。
「お風呂、上がりました」
リビングに楓坂が戻ってきた。
湯上りという事もあり、今はメガネを掛けていない。
「意外とお風呂をキレイにしているんですね」
「意外ってなんだよ」
「男の人って、掃除をしないイメージがありますので」
そういって楓坂は子供のように笑った。
俺の部屋に泊まるのが嬉しいのだろうか。
「俺のパジャマだと、さすがにブカブカだな」
「寝れればそれでいいわ。貸してくれてありがとうございます」
……と、ここで彼女は得意の女神スマイルをした。
「でもエロ宮さんのことだから、朝になるとこのパジャマがはだけているのよね。とってもとっても、こわーい」
「しねーよ」
調子に乗るとすぐこれだ。
どうせ楓坂のことだから、いざとなったら小動物化してしまうくせに。
ふと楓坂は、リビングの端にあるベッドを見た。
「ソファを倒してベッドにしていたんですね」
「ああ、隣の部屋は書斎にしているからな。俺の布団だが新しいシーツにしてある。これを使ってくれ」
「笹宮さんは?」
「俺は書斎で寝袋を使って寝るよ。妹がここで泊まる時はいつもそうしてるんだ」
さて、これで楓坂は大丈夫だ。
俺も風呂に入ろう。
今日は本当に疲れた。
湯舟に浸かるのも面倒だし、シャワーだけで済ませるか。
リビングに楓坂がいるという緊張感も手伝って、俺は手早くシャワーを終わらせた。
だがその直後、事件が起きる。
「じゃあ、俺も寝るか……。……ん?」
風呂から出た俺がリビングに戻ると、楓坂が布団にくるまってはしゃいでいたのだ。
「きゃーっ! 笹宮さんのお布団! どうしよう! どうしよう! きゃーっ!」
うーん……。見てはいけないものを見たような気がする。
「えーっと、……楓坂?」
「はっ!?」
楓坂はゆっくりとベッドに座り、長い髪を手で払って堂々と言う。
「ど……どうしたのかしら!」
「ここでふんぞり返れるお前がすごいよ」
恥ずかしさを我慢しきれなくなった楓坂は、布団で顔を半分隠す。
「だって……しかたないじゃない。私、いちおうはあなたのこと……アレだし……」
じっ……と見つめる楓坂の瞳は、恥ずかしさも相まって潤んでいた。
気が向いたらというフワッとしたものとはいえ、告白されているんだ。
俺だって楓坂の気持ちはわかってる。
いつもならはぐらかしてしまうところだが、一度ちゃんと言っておいた方がいいか。
俺は楓坂の隣に座って、ゆっくりと話すことにした。
「正直なところ、最初はお前のことを苦手だと思っていた」
「私は最初、大っ嫌いでした」
「知ってる。今、大事な話をしてるから聞いてくれないか」
「はい」
出鼻をくじかれそうになったがなんとか立て直し、俺は話を続ける。
「で……、まぁ……。いろいろあって、少しずつお前のいいところもわかってきているつもりだ。一緒に飯を食うのも、実は楽しかったりする。ちゃんと返事するから、もう少し気持ちの整理をする時間をくれ」
これは俺の正直な気持ちだ。
過去のことが引っかかっていないと言えばウソになる。
だがそれ以上に、彼女の魅力にも気づいている。
まだ答えは出せないが、誠実に向き合いたいと考えていた。
だが、楓坂の次の一言は……、
「キスしたい」
「さては俺の話を聞いてなかったな?」
待ってくれって言ったのに、なんでいきなりゴールまで飛んでんだよ。
「聞いてましたけど、素直に欲求を打ち明けただけです」
「話の展開がおかしいだろ」
「私の脳内変換を甘く見ないでください」
「それは確かに考慮に入れてなかったな……」
もちろんこの夜も特別なことはなく、次の日になった。
こんなんで、いつか告白する日がくるのだろうか?
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次回、結衣花がテーマパークに行く!?
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