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91 天使と謳う黒馬



 翼の数で天使の階位が分かれるとは、何に描かれた知識だっただろうか。

 ちなみに翼の大きさは関係あるのだろうか。


 それを踏まえたうえで、対翼合わせて十二の翼で、コロッセオのような場いっぱいに広がる大翼。

 怪物、聖獣、そして精霊の称号さえ得ている、この規格外幼女はどの階位でしょうか。


 すでに堕天はしているとは思いますが、遠くないうちに褒め言葉の比喩とは別に、称号を得ると思いますので、昇華した際にはよろしくお願いします。



 「天使・・」



 ほら。早速得ました。



 漆黒の天蓋に煌く星星から注がれた光は霞のように柔らかなものとなり幻想的な演出を生み。

 その光を纏う天使の儚くも荘厳な雰囲気を助長している。


 軽やかに舞い踊る羽は、雪のように優しく降り積もっていく。

 自由に舞った先で触れてしまえば、溶けるように解け、名残だけを残し消えゆく。


 そして、その中心。


 繊細で美しい刺繍が更に映えるように広がり、空気を多分に含んで揺れるドレス。

 リボンや髪もふわりと揺れ、艶やかに煌き、霞のような光と溶け合う。

 絹のような肌とドレスは、金の煌きを瞬せ、現世との隔離を助長させる。


 六対の大翼は、真珠のような乳白色で、揺れるたびに虹色に輝く。

 大きく動くことは無いが、その僅かな揺れが余計に慎ましくも優美で、神秘さを演出する。



 人形のように整った容姿に、普段着であるが故に華美ではなく慎まやかなドレス。

 金糸の髪は美しく、白磁の肌は滑らか。洗練された所作は、指先にまで行き渡り。



 その頭上には天輪が煌々と冠座する。



 その姿は、この世のものとは思えぬ、至宝。



 唯、本来ならば、その中にあっても比類なき宝玉である筈の、深蒼の瞳だけが、主人の感情に寄り添い、その幼さを体現している。

 その為、表情だけは、神々しさなどなく、年相応の幼いもの。

 不機嫌に歪められた、幼い子供。


 それが余計、アンバランスな魅力を生み出してはいるのだが、同時に慣れ親しんだ彼女なのだと安堵する想い方が強く勝る。


 なにせ、このままでは、天上から鐘の音すら響いてきそうだもの・・。



 「・・日常的に、浮かんでいるとは聞いていたけど、これがそうなのね」



 いえ、普段はもっと質素ですよ。


 いつもの様子を常識的と説くのは不本意だが、少なくともこんな非常識ではない。

 日常的に神威溢れる天使様が闊歩しているなどたまったもんではない。



 「・・姫さまは、遂に精霊様を超え、天使様になられましたかぁ」


 「みみ?その『てんし』には、『かいぶつ』と、おなじようないみあいを、かんじるのだけど。きのせいよね?ね?いけいのねんをこめてとかよね?・・・・・なんでなにもいわないの?ねぇっ!?」



 捕らえられ、拘束されたままのミミは神々しい天使を仰ぎ見て感嘆を溢すが、それに耳聡く反応した天使様から御声がかかる。・・・だがその問には黙秘権を行使した。



 「ヒメきれいですー。てんしさまですー」


 「くっ・・」



 そして、ティーファの無邪気で純粋な賞賛こそがトドメだ。


 天使様こと、フィリアにはこれ以上ないダメージ。

 もはや、呻きしか出ない。


 ・・だから、普段から自重していればいいのに。






 「とりあえず、理性は失っていないようだな」


 「おじさままでっ!!それでは、まるでわたくしが、けものかなにかにのようではありませんか!?」



 自意識過剰の被害妄想。・・だが、あながち間違っていないかも。


 ゼウスが安堵したように力を抜き、それに共なるように皆も臨戦態勢を解いた。

 そこには目に見えて安堵が溢れ、緊張感も緩和した。


 とは言え、目の前にあるのは、天使降臨さながらのとんでも事象。

 完全に力が抜けるものでもない。だから、ほんの少しだけ。



 「それで、フィー。『それ』は消せるかい?」


 「ふぇ?・・・ふぁー。なんですか、これ」



 ゼウスはフィリアを超えてその背中を指さした。

 それを追って、首だけを動かせば、そこには真珠色の大翼。更に見上げれば王冠のような天輪が頭上に浮かぶ。

 フィリアは驚きに声を上げるが、何処か緊張感に欠けたもの。それどころか少々目が輝きを増していくようにさえ見える。


 少しでいいから、焦りとか覚えてくれないだろうか。

 そして、とりあえず、一度でいいから我が身を振り返ってくれないだろうか。



 「・・まぁ、いいや」



 好奇心に輝く目と、紅潮する頬。

 ゼウスの要望は届いていないんだろうなと、苦笑と同時に悟って諦めた。



 「フィー。取り敢えずそのまま術を使いなさい」


 「はい!!」



 なんだかいつもより力が入った、というか、やる気に満ちた様子が不安しか煽らないが、大丈夫だろうか。

 事実、ゼウスだけは満足気に頷いたが、マリアたち側近は口元があからさまに引き攣っている。

 その中でも特に、その対象となる本人、ミミは、必死で勢いよく首を横に振っている。

 ・・完全に涙目で、怯えている。


 当然だ。やる気に満ち溢れたフィリア・・・不安以外何一つない。



 「では、みみ!!」



 はしゃぐようなハイテンションでフィリアは腰から抜いた黒杖をミミに向けた。

 鼻息荒く、限界まで開かれた眼。恍惚といってもいい程の様子。


 ミミの首は勢いを増して、このままでは取れてしまうのではと心配になるほどだ。



 「かくご!!」



 怖いよ!

 この状況でその言葉は命を取る気満々に聞こえる。


 優しく微笑みかけるフィリア。

 だがその表情が余計に恐怖を増長させる。


 遂には、ミミの表情は青褪め細かく震えて、首を振ることさえぎこちなくしか出来なくなった。




 フィリアは静かに目を閉じ、深く息を吸った。

 すると自然と背筋が伸び、そんな主に沿うように翼もまた大きく伸びる。


 瞬間。視認できるほどの魔力が動き出す。

 舞い散ったはずの羽を掬い、拐い、巻き込んで、巨大な生き物のように動き始める。


 そんな魔力の奔流にありながら、翼も天輪も揺るがず、寧ろ輝きを増していく。



 『謳う英雄(セーマ)



 漆黒の天蓋に煌く星星が一層輝き出す。

 その勢いは終息せず、星星一つ一つが一等星を超えた輝きを放っても収まらない。

 


 「・・すごい・・・」



 誰が呟いたのか、そんな小さな声が全ての感情を溢れさせ、何よりも雄弁な言葉となって響いた。


 フィリアは、瞼を閉じたまま、何かを迎え入れるように腕を広げた。

 その瞬間。フィリアの親指から金色の光が芽吹いた。


 芽吹いた金色の光は、筆で描くような曲線の蔓を伸ばしていく。

 親指を起点とした金色の曲線は、無造作に。しかし、華美に広がり、伸びていく。


 そして、伸びた先に大きな金色の太陽。

 大輪の向日葵を描き、咲かせた。


 それは、フィリアの指に刻まれた『花紋』の現界化。


 黄金の向日葵。


 美しく、息を呑むような事象。

 それがまたひとつ増えた。



 『至宝を奪われ、全てを失った――』



 瞼を閉じたフィリアは、黄金の向日葵に気づかず、唄うように詠唱を紡ぐ。

 美しく、透き通った歌声。詰まることもなく、綺麗な発音。


 そんなフィリアの詠唱に呼応するかのように、輝き増し続ける星星が助長し、勢いを増す。

 あまりに眩い輝き。だが、フィリアの詠唱が紡がれるに連れて様子が変わる。


 強く輝きを増した星星は、不自然な軌跡を描き消え始めた。いや、飲み込まれていった。


 一つ。また一つと。目が痛いほどに輝きを増した光が流星の軌跡を残して他の星に飲み込まれる。

 それは、フィリアの詠唱が進むにつれ数を増やし、勢いを増して軌跡を描く。


 流星群。


 その群れは、不自然な軌跡を描き、中心の星星に飲み込まれていく。

 

 そして・・。

 遂には、眩いほどだった天蓋は深い漆黒に支配された。


 唯一残った星星は少なく。その中でも特に大きなのものは五つ程度しかない。

 それも、煌々と輝いていたさっきまでの星星とは異なり。

 青白く。内包するような、慎ましやかな煌き。


 漆黒の天蓋にその光が滲んだようなぼやけた輪郭。

 だが、その中でも一層強い光を持つ星は、不気味な程の力を感じさせる。



 『――蒼き輝きを紅く染めこの地に降り駆け給え。』



 深い夜空に影響されたように静かな空間。

 そこに鈴のような詠唱が響く。


 そして詠唱が終わった瞬間。

 明かりを落とした様に、一瞬で暗闇が支配した。



 フィリアはそこでようやく瞼を開いた。

 ゆっくりと・・。



 天上の青白い星。

 それ以上の蒼い瞳が暗闇の中に淡く光る。



 『隠匿の雌馬(ヒペルス)


 

 刹那。光が溢れた。


 真珠の翼。金の天輪。黄金の向日葵。


 天上からは光の柱が降り注ぎ、その空間全てを神秘的な光で満たした。


 そして、その光の先。

 そこには一匹の子馬。


 前に見た姿とは全く違う姿。


 夜空に溶けるような黒色。

 だが、艶やかな黒毛は決して紛れることがない。


 体躯は小さく、細い。

 だが、その体には華美な装飾で飾られ、脆弱には決して見えない。



 そんな黒馬が、鬣を靡かせ駆け降りてくる。

 力強さは無いのに、その一歩一歩には息を呑むほどの重厚さがあった。



 そして何より違うのは、『唄』だった。



 揺れる鬣は、繊細で儚い主旋律を奏。

 華美な装飾は擦れあうたびに、荘厳で壮大なオーケストラとなる。

 

 馬蹄は、低く響き、心揺さぶるコーラスとなり。

 息遣いは、天上の唄。



 遥かなる調べと旋律。

 それは、そんな風に聴こえる。などという比喩ではなく、確かな『唄』


 至高とも言えるその『唄』は、黒馬の全てから生まれていた。



 その調べは、駆けるたびに響きを増してゆく。

 そしてその『唄』は唯の『唄』ではない。『呪歌』だ。


 その証拠に、皆が、その荘厳さに目を奪われている中、ミミの体からは赤紫の靄が溢れ出たそばから霧散していっている。




 前回同様。召喚された子馬は真っ直ぐ、フィリアの傍に駆け下りていった。


 天上から降り注ぐ光。神秘的で美しい調べ。

 そして、天輪と大翼。


 どう見ても神話に描かれるような天使の降臨の一幕。


 誰もが息を呑む光景。


 傍に寄った黒馬にフィリアは手を伸ばし優しく撫でる。

 それに満足した黒馬は、迷いなく歩みをミミに向ける。


 ミミはその体を覆う程の赤紫の靄を生んでいたが、黒馬が一歩近づく度に風が吹くように晴れていく。


 目の前まで来た黒馬に息を呑み、声も出ない程に強張るミミ。

 そんなミミと見つめ合った黒馬は少し動きを止めた。それと同時に『唄』も止み、静寂が生まれた。


 しばし見つめ合った後、黒馬にゆっくり顔を寄せ、瞼を閉じた。


 そしてミミと黒馬の額が触れ合った瞬間。



 ミミから何かが追い出される様に弾け飛んだ。



 同時にミミは意識を手放し、前かがみに落ちていった。

 地面にぶつかる前に、見慣れたクッションが空中でその身体を受け止め、ミミの身体をも浮かべた。


 ミミの体から弾き出された何かは、弾き出されると同時に掻き消えたが、それは靄程度ではなくもっと濃いものだった。

 そんなものがいきなり弾き出されたのだ。ミミへの衝撃も皆無ではなかったのだろう。


 だが、その効果は確かにあったのだろう。

 例え、ミミが意識を失い、確認が出来なくとも、目に見えたものは、確実に望んだものだと確信出来る。



 しかし、そんな役目を終えたはずの黒馬は、前回のように去ることも、消えることも無い。

 未だ、荘厳な威厳を放ったまま、そこに居た。


 黒馬は周りを見渡し嘶いた。

 フィリアもまた同様に視線を巡らせ、黒馬と同時に声を張り上げた。



 『馬頭琴(キタルファ)



 煌く星の中でもっとも強い光を放つ星が、決壊したかのように光を溢れさせ。

 黒馬は前足を跳ね上げ、天高く鳴く。その声は強く弾くような弦の音。

 そして、フィリアは声と共に黄金の向日葵を吹き散らした。


 青白い光は波紋のように広がり、弦の音にその波紋が強さを増す。

 更に、その青白い光に、金色の花弁が混じり浮かぶ。



 フィリアたちが見たのは、天上の奏でによって滲み出た赤紫の靄。

 それは、ミミだけではなく、フィリアの他の側近たちからも溢れていた。



 光の波は全てを飲み込んでゆく。


 星屑の洪水。水面には金色の花弁。

 それが通り過ぎる度に赤紫の光が吹き消されてゆく。



 この短い時間で何度目だろうか。

 目の前の美しい光景に、言葉もなく、只々魅了され息を呑むのは。



 黒馬は、それを見届け、役目を終えたと言わんばかりに、光の粒子となって消えていった。・・美しい旋律を残しながら。




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