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90 無意識の洗脳



 「まぁ、普段のミミについては大公夫妻に相談するとして」


 「ゼウス様ぁ。後生ですぅ」



 いつものミミだ。

 心からの嘆願が実に『らしい』。



 「そもそもマリアの言は正しい。本来ならありえない事だ。お前たちはもちろん。この城で働くものであれば誰であろうと、そう簡単には干渉できない筈だ。それも、ミミの様子からこれは薬品でも、心理操作でもない。間違いなく魔力による精神干渉、いやもっと高位の精神汚染だろう」


 「でしょうね。・・それも魔術ではなく、魔法に近いような、古い業」



 グレースはそう呟き、ミミを見つめて考えに沈んだ。

 この家。つまりはレオンハートの人間さえ今まで気づけなかったのだ。そこには、恐らく、不自然な魔力の歪などの目に見えるような異変はないだろう。


 それでも、ゼウスは魔力によるものだと断言した。

 つまりはそれを確証する何かがあるという事。


 ミミはフィリアの魅了におそらく・・たぶん・・きっと、かかっていた。

 かかっていたのだ。


 とにかく、精神干渉、更には魔力による干渉に対して絶対の自信があるはずの『レオンハート大公家の侍女』が、その被害にあったという事。


 それは何よりも看過出来ない問題だった。



 「ミミは、フィーへ盛られた毒を代わりに飲んだ事があったよな」



 ゼウスが語るのは可能性。

 だが、確信めいて真実味を纏った可能性。


 フィリアが初めて食事をする祝いの席での事件。

 その犯人は、捕らえられ、処断も終わっている。

 しかし、黒幕として捕らえた先にも、まだ疑念が残っているのも事実。



 「あの日、盛られた毒は、さほど強い毒ではなかった」


 「はい・・。しかし――」


 「魔力を乱す薬効があった」


 「・・はい」



 ゼウスの言葉に、ミミは静かに頷く。

 そして、そこまで聞けばゼウスが何を言いたいか皆、理解した。



 「ミミは毒味も任されるだけ、耐性の方もあるはずだ。それなのに致死毒でもないのにその場で意識を失い、数日間熱に魘された。ともなれば何かしらの免疫低下効果も併発させる効果があった筈だ。だが、そんな即効性のある免疫低下など魔力への干渉以外ありえない」


 「魔力干渉の毒薬・・それって」


 「あぁ。直ぐに思いつくのは魔女の秘薬が一つだろうな。マーリンも調べていたし間違いないだろう。だが、その話はまた後でだ。話を戻そう」



 眉間に皺を寄せたグレースの呟きに返し、ゼウスはフィリアの頭へ手を置いた。



 「レオンハートにとって魔力の乱れは致命傷。ましてや、フィーは幼く、身体も弱い。魔力制御も本来なら、出来なくて当たり前。・・おそらく、弱毒性のものであったとしてもフィーであれば致死量だったろうな」


 「・・では、その時に」



 マリアの悔しげな表情。マリアは、ミミが倒れた時も率先して看護していた。

 それ故、守りきれなかった不甲斐なさが滲んだものなのだろう。



 「犯人はそんなフィーの特異性を知らない人間。つまりは外部犯の犯行。だからこそ、ミミの功績は確かだし。恩人として感謝も尽きない」



 ゼウスの心からの想い。

 そして、フィリアもまた・・。


 フィリアにとってミミは特別なのだ。


 下唇を噛んで、あの時の情景を押しとどめるが、それ以上にあの日、抱きついたミミの匂いが、フィリアを堪えさせている。



 フィリアへの毒殺未遂。それを未然に防ぎ、代わりに服毒したミミ。

 毒自体はあまり強いものではなかったが、それに含まれていただろうもうひとつの効果こそが問題だった。

 魔力へ何らかの作用があるもの。

 本来ミミであれば不調をきたしたとしても一晩で元に戻るような症状程度で済んだはず。しかし実際は、その場で意識を失い、更には数日間も寝込んだ。

 その原因は、魔力の乱れか弱化かによる、免疫や対抗の低下。


 つまりは、侍女の鉄壁が崩れ無防備であった瞬間が出来たという事。



 ミミの瞳が揺れ、動揺が溢れている。

 そして、自身への恐怖。

 何処までが、自身の思考なのかも信じれなくなる恐怖。


 背筋が凍え、細かく指が震えだした。



 その様子はその場の全員が目に留めた。

 その中でも特にマリアとフィリアの苦悩は強く。二人の握られた手は白くなっていた。



 「・・だが、さっきも言った通り、ミミへ使われたのは精神干渉の上位である精神汚染。それもかなり高度で古いもの。・・弱っていても、レオンハートの側近。その耐性は生半可なものではなかったのだろうな。それだけ強力なものでなければ効果が無かったのだろう」


 「とうぜんです。・・みみは、わたくしの、じじょですから」



 フィリア真剣な表情で胸を張って答えた。

 マリアもまた深く頷き肯定した。



 「あぁ。素晴らしい侍女だな。それだけ強力な精神汚染でも、自我を奪わせたりなんかしなかったのだからな」



 フィリアの頭に置かれた手に優しく撫でられる。


 ミミは催眠にかかったような状態。

 だが、自身の意思は確かに持ち、思考もしっかりしている。



 「・・それ故に、小さな効果を長期に持続させ、手のかかる事をしたのだろうな。皆の話を聞き、ミミの話を聞いて、何となくあたりがついたよ」



 一人得心したように頷きながらゼウスはミミへ声をかけた。

 ミミは未だ動揺から脱っせてはいないが、ゼウスの声には向き直れている。



 「お前は、誰から、間諜がフィリアの側近にいると聞いた?」


 「え・・誰、から・・・」


 「情報が漏れていると、何処で、知った?」


 「・・・皆が・・。いやっ、皆が知るわけないっ。・・・何処で・・誰が・・・」



 頭を抱えるように混乱しだしたミミ。

 焦燥した様子は、おそらく今しがた自身の思考を信じられなくなった弊害もあってのことだろう。



 「そうか。・・選択的注意」


 「そう。さすがはグレース教授」


 「教授はやめて」



 二人で談笑しだしたが、周りは首をかしげる。



 「・・サークルパーティー」



 その中、一人混乱の中にいたはずのミミが呟いた言葉に、スチュアートが「なるほど!」と手を打った。

 更にそれに続きゼウスとグレースもミミの呟きを肯定した。



 「・・申し訳ありません。『サークルパーティー』とはなんでしょうか?」


 「無意識的に情報を認識してしまう現象の事よ」



 全くわからない。

 マリアも更に重ねて問うような事はするべきではないと弁えながらも、流石に眉を諌めてしまう。



 「マリア。お前は妊娠した時と、その前では見える景色が変わらなかったか?」


 「景色、ですか?」


 「例えば・・。思ったより世間には妊婦が多いなとか、子供服や玩具が目にとまったりとか」


 「・・・ありました」



 心当たりが多くある。

 そして、その例えは他の者たちにも伝わったようで、皆がゼウスの説明に注目する。



 「そういった、自身の事や意識した事に関連したものが、目に付いたり、耳聡く拾ったりしてしまったりしてしまう心理現象の一種だな」


 「・・・からーばす、こうか・・」


 「ん?フィー?」


 「いえ。なんでもないです」



 まだ完全に理解できたわけではないが、一同は一先ずの納得を見せた。

 

 フィリアの前世では『カラーバス効果』と呼ばれた脳の認識、その一つの現象。

 そして、フィリアの前世、伸之にとっては非常に慣れ親しんだ心理学の一つ。


 営業職とは言えど、始まりは小さな出版社。正直仕事内容の分担など有って無いようなものだった。お茶汲みや事務職、企画の立案なんかもやってきた。


 そうなれば、知っていて当たり前の現象。


 だからこそ、ミミに起きた事を容易に想像できてしまった。


 その現象の『活用法』をよく知っているから。



 「おそらくミミには、その現象を利用した暗示のようなものがかけられていたのだろう。ある特定の言葉やイメージに関連するものを意識してしまうように。そうすれば後は、勝手に思考して、操られているという意識もないままに、動く」



 フィリアはこの現象をよく知る。

 人の目に止まるため、意識に残すため。


 商売戦略の一つとして。


 だが、それは同時にいくらでも悪用出来てしまう。



 「ミミの場合も、例えば・・。『お城には隠された抜け道がある』だとか『間諜は懐近くまで潜り込むもんだ』とか、何処にでもよくあるような市井の噂話でさえ、さも重要であるかのように聞こえたのではないか?」



 こんなの・・・洗脳と誘導ではないか。



 「・・はい。今のゼウス様の例え話でさえ、大きく聞こえてし合いました・・。



 フィリアの奥歯が鳴った。

 拳はそれ以上握り込めず、余剰となった力が腕を細かく震わす。



 ――俺の

 「わたくしの」



 風もないのに髪の毛と服がふわりと浮き上がる。


 本来なら視認できない魔力が金の粒子となって、陽炎のようにフィリアの体から溢れ漏れだした。



 「「「「っ!?」」」」



 皆が一斉に息を呑み、フィリアの名を叫んでいるが、その声に反応することはない。

 焦ったように声をかけても意味がない。



 ――ミミに

 「みみに」



 静かにゆっくりと足が地面を離れる。

 傍にいたはずのゼウスも魔力の奔流に阻まれるように触れることができない。

 慌てて周囲がフィリアの傍に駆け寄るがゼウス同様近づくことすら難しい。

 アンネやグレースは魔術と魔法でどうにかしようとしているが、これもまたフィリアから溢れる魔力に弾かれ届かない。



 「天蓋のせいだ!!先に天蓋を壊せ!!」


 「無茶言わないで!只ですら結界術は壊すのに時間がかかるのに無理よ!!」



 周囲の喧騒の中、唯一人、静かに浮き上がるフィリア。

 その上昇が止まると同時に魔力が形を持ったように広がった。


 蛹から生まれた蝶の羽。それが広がるような光景。


 だが、羽は蝶のものではなく天使のような翼。


 溢れた魔力もまた、抜け落ちた羽ののように舞い落ちていく。



 神の降臨や天使の降臨とはこうなのかと、息を呑む光景。


 美しく、荘厳で、心が昂ぶるような神々しさ。


 誰もが息を呑み、目を奪われる光景。

 思わず膝を折りたくなるような。





 ――何してくれてんじゃぁぁぁーーーー!!!!

 「なにをしてくれたのかしらぁぁぁーーーー!!!!」



 ただ、本人の残念さだけはどうにもならないようだが。


 それにしても、フィリアの翻訳性能高くなりましたね。




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